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55話
しおりを挟む聴衆は行方不明である領主・アンソニー様が現れてどよめいた。
普段お目にかかることのできない彼に興味津々な人が半分、見つかって安堵する人が半分といったところだ。
ここを治める領主様は代々、領民想いの政策を打ち出してくれている。
前領主様は道路の修繕や橋の建設などのインフラ整備に力を入れていた。
アンソニー様も先代に続いて治水政策を行い、水路と陸路双方の流通網を築き上げた。
また、彼は権力が一極集中するのは良しとせず、商業組合に自治権を付与してくれた。
税が重くなる年もあったがそれでも他領よりは重くないし、全ては自分たちのためを想ってのこと。だから皆、アンソニー様に好意的であり、彼がどんな方なのか顔を拝みたいのだ。
そんな中司祭様だけは、周りの反応に動じず、アンソニー様へ恭しく礼をする。
「これはこれは領主さま。よくご無事で。私は毎日神にあなた様の無事を祈っておりました。それにしてもどうしてこのような行動を取ったのですか? 領民も私も心配で肝が冷えましたぞ」
事情を知っている私からすると、司祭の涙ぐむ姿は空々しく映った。顔には出ていないにせよ、腹の内では驚き焦っていると思う。
アンソニー様は私に身分を隠していた時と比べ、威厳に満ちていて近づきがたい雰囲気を醸し出している。
「全てはこの領に蔓延る膿を絞り出すための行動だった。司祭は心配などしていないだろう。その証拠がこれだ」
そう言って手を上げて合図すると、後方からお付きの者数人が沢山の麦束が積まれた荷車を引いてくる。
「こ、これはっ……!」
「おまえを広場に誘き出している隙に、シスターに頼んで教会地下を見せてもらった。ここにある悪魔の黒い爪の宿った麦束は、ほんの一部に過ぎない。商業組合経由で大量に集めていたようだな。おまけに組合から紹介状が貰えなかった者たちを集めて地下で粉を挽かせようとしていたとは。欲に溺れた司祭は神への信仰心を忘れ、悪魔に魂を売ってしまったらしい」
聴衆はアンソニー様の発言に困惑する。今まで信頼を寄せてきた司祭様が何故我々を裏切るのか。悪魔に魂を売ってしまったというアンソニー様の発言とその証拠である麦束を見て慄然する。
「そ、そんな、誤解ですぞ。神に仕える身の私が悪魔に魂を売るわけがありません! 何度も言いますが私は清廉潔白です!」
アンソニー様は、御託はいいと一蹴する。
「知りたいことはすべて知っている。件のことといい、普段から私腹を肥やしていたことといい――すべてだ。司祭の部屋からは金塊や宝石が宝物庫の如く出てきた。あれだけの財があれば、もっと教会を立派に改築できるのではないか? 領民に実害がなかったために目を瞑っていたが、もうその必要もない。今までのことも含めて大司教様に嘆願書を早馬で送ったら、すぐ対応してくれた」
ステージ上にいたはずのニコラがいつの間にかアンソニー様の横に並んでいる。
彼は一歩前に踏みでると手にしている羊皮紙を広げた。そして止めを刺すように、大司教様の名のもとに彼の司祭職剥奪並びに破門という内容を、この場にいる皆の耳に届くよう、大声で読み上げた。
司祭様は額に玉のような脂汗を噴き、青褪めていた。身体を震わせる彼は内容を聞き終わる頃には膝から崩れ落ちる。それと同時にアンソニー様のお付きの者たちによって捕らえられてしまった。
アンソニー様は魂の抜け殻みたいになった司祭様をしげしげと見下ろした。
「今のおまえには権力もない。助けてくれる後ろ盾もない。自分と向き合い、そして誰の領で罪を犯してしまったのか悔いるがいい。――連れて行け」
ドスの利いた低い声には、冷淡な響きがあった。連行されていく司祭様を流し目で見送ると、次に元恋人を捉えた。
「さて、残りは君だけだ」
アンソニー様はステージに上がると、捕縛されて転がっている元恋人に話しかける。
「やれやれ。本来なら自治権を返還してもらう必要はなかったんだよ。君の父上とは親しい間柄だし、私と同じ思想を持つ仲間だからね。司祭を捕えるために協力してもらっていた。でもねえ、彼がいない間にここまで利己主義に走られては見過ごせない。君にもあとできっちりと話を聞かせてもらう」
物腰は司祭様の時よりは柔らかいけれど、威圧的なオーラは相変わらずだ。現に元恋人は年甲斐もなくべそをかいている。
「というわけでルナ君、彼を連行する前に言いたいことがあるならしっかり言いなさい」
私は頷くと、補佐さんに無理矢理立たされた元恋人の真正面へと歩み寄った。
本来ならばここで「ざまあみろ、この能なしめっ!」って罵って、ゲス顔スマイルをキメて中指立てるところだけど……。
それじゃあ元恋人とやっていることは変わらない。
それに一番伝えたいのはそんなことじゃない。
私は腰に手を当てて、下を向く元恋人の顔を覗き込んだ。
「賭けは私の勝ちだから、お店はこのまま続けるから。あなたはお父さんを超えたくてこんなバカなことをしたんだろうけど。そのやり方じゃ一生超えられないし、囚われの身のままね」
「じゃあどうすりゃ良かったんだよ。おまえだって俺のことを親の七光りって言ってただろ」
おおう、随分根に持ってらっしゃる。ていうかそんな少年みたいに純粋な顔で泣くのはやめて? くっ、元恋人が私好みの顔だっていうの忘れてたわ! その顔は反則だから!!
これだと私が悪い人みたいじゃ……いえ、私が悪いです。焚きつけるためとはいえ、言い過ぎました。
「あの時はごめん。あなたとお父さんは別人なのに比べてしまって」
「言っていることが分からないな。皆、俺と親父を比べてるじゃないか」
「ううん、違う。だってあなたはお父さんじゃないし、お父さんはあなたじゃない。比べようがないもの。他人の目や評価ばかりを気にしていると、永遠に心は満たされない。だから自分の価値は自分で決めればいいんだよ。私もまだ気づけただけで何も変われてないけど。でもこのことを知ってしまえば、あとは行動するしかないと思うんだ」
「……婚約破棄した時は同類だと思ってたのに、俺より前に進んでる」
「うん?」
「何でもない。そうだな、俺も他人の評価に執着するのはやめる。これから親父や組合の人たちに謝って、今までしてきたことを償うさ。……いろいろ迷惑かけて悪かった」
顔を上げた元恋人はくるりと背を向け、振り向きざまに手元を見るように合図される。
下を見れば、縛られた縄から彼の手が僅かに伸びていた。
私は目を細めて、その手を取った。こうして、私と元恋人は完全に和解した。
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