51 / 64
51話
しおりを挟む「なんのために君はこんなことをしているんだい?」
「なんのため?」
男は首を傾げた。
そして口を大きく開けて笑う。
「ガハハハ! そんなもんない!」
「ない?」
「ああ、魔王様の命令で勇者を倒すよう言われたが、これはただのついでだな。で……」
男はクリスを睨み付ける。
「なんで魔族が人間を庇うんだ?」
クリスが助けた人間が、驚いた顔でクリスを見た。
「……ただの主義だよ。あと、焼死体なんて見たくないだけ」
「はっ!」
クリスの答えを、男は鼻で笑う。
「ずいぶん腑抜けた魔族だな。そんな甘ちゃんには教育が必要か?」
そう言って両手に高密度の魔力が宿った炎を作り出す。
そしてそれを左右から挟み撃ちするようにクリスに向けて放つ。
激しく燃える火球は、とんでもないスピードでクリスに迫る。
火球がクリスに当たる直前、クリスが作った障壁により霧散した。
「ほう、結構やるな!」
そう言うと、男は両手を前に突き出す。
「なら、これはどうだ!」
男の両手から、渦巻く炎が繰り出された。
先ほどの火球よりも早く、クリスを貫こうと迫る。
炎はクリスが作った障壁に阻まれる。
だが、ぶつかった炎は消えず、周囲に飛び散って近くの木や家を燃やす。
「ほらほら、いつまで耐えられるかな!」
男は馬鹿にしたように笑っている。
(さて、どうするか……)
クリスは周囲の被害が最小限になるように男を包み込む形の障壁を築きながら考えていた。
正直、このまま男の魔力が尽きるまで障壁を保つのも別に苦ではない。
男の炎の魔法はサーニャより強力ではあるが、クリスにとっては大したことなかった。
だが、いつまでもこのままだと消火活動に支障がでる。
それに、クリスは個人的にこの男を数発殴りたいという思いがあった。
殺さずに男を倒す方法はたくさんあるが、どれにしようかは決めかねていた。
とりあえず、後ろにいる人間の安否が心配だったので声をかける。
「君は無事かい?」
「ひぃっ!」
クリスが魔族だと知ったからか、人間は青い顔になって怖がる。
クリスはため息をつくと、ちょうど近くにいた勇者一行に目を向けた。
「悪いけど、怪我人とかの世話をしてくれない?」
魔族であるクリスが何かするより、同じ人間の方が安心だろう。
回復魔法が使えるらしいグレイは、すぐに火傷を負った人間の治療にかかる。
他の仲間もできる限りの介抱や無事を確かめるために動き出す。
そんな中、勇者だけはクリスに近寄った。
「なぁ……」
クリスが男をどうするか考えていると、勇者が声をかけてきた。
「なんだい?」
胡乱げにクリスは聞く。
「あの魔族、俺に任してくれないか?」
勇者の提案にクリスは目を見開いた。
「なぜだい?」
クリスの疑問に勇者は拳を固く握る。
「……俺がやる意味はないかもしれない。
けど、お前にだけ任せていたら、俺は本当にただの足手まといだ」
そして勇者はクリスをキッと睨んだ。
「仲間になりたいとか共に戦おうとかムシのいいことは言わない。
でも、役立たずや足手まといはごめんだ! お願いだ!やらせてくれ!」
真剣な眼差しでクリスを見つめる勇者に、クリスはため息をつく。
実のところ、クリスは勇者は嫌いだが、ヨハンという少年は嫌いじゃなかった。
しょっちゅう暴走するし思い込みが激しいが、その愚直なまでの真っ直ぐさは尊敬できるものがある。
それに彼は、国民に手を出していない。
何もしていない国民を傷つけたら、勝手に付いてきたとはいえ一緒に旅などしたくないが、そうでなかったからこそ黙認している。
だから、つい、クリスは言ってしまった。
「わかった。けど、いくつか条件がある」
まさか頼みを聞いてくれるとは思ってなかったのか、勇者――ヨハンは驚く。
「な、なんだよ」
クリスはヨハンを真剣に見据えた。
「1つはあの魔族を生かしたまま、捕らえること」
「は? なんでだよ」
「僕は生かしたまま、捕らえるつもりだから。殺していいなら簡単にできる。
それができないなら、僕がやる」
「……わかった」
納得していないようだが、ヨハンはしぶしぶ頷く。
「次に、元の世界に戻って王を倒しても、他の国民や配下に手を出さず、真っ直ぐ帰ること」
「へ?」
ヨハンは目をぱちくりした。
「……倒すのはいいのかよ」
「本当は良くないけど、国民に手を出すよりはましだしね。ま、簡単にはできないだろうけど」
ヨハンは少しムッとしたが、それを無視してクリスは続ける。
「最後に、これから僕がすることに文句を言わないこと。で、全部守れる?」
ヨハンは真剣に頷く。
「ああ、わかった」
クリスは淡く微笑んだ。
「じゃあ、がんばってね、ヨハン」
そう言ってクリスはヨハンの背中を強く押した。
初めてクリスが自分の名前を呼んだことに気づいた時、ヨハンはクリスによって、障壁の外の炎が渦巻く中に押し出されていた。
「なんのため?」
男は首を傾げた。
そして口を大きく開けて笑う。
「ガハハハ! そんなもんない!」
「ない?」
「ああ、魔王様の命令で勇者を倒すよう言われたが、これはただのついでだな。で……」
男はクリスを睨み付ける。
「なんで魔族が人間を庇うんだ?」
クリスが助けた人間が、驚いた顔でクリスを見た。
「……ただの主義だよ。あと、焼死体なんて見たくないだけ」
「はっ!」
クリスの答えを、男は鼻で笑う。
「ずいぶん腑抜けた魔族だな。そんな甘ちゃんには教育が必要か?」
そう言って両手に高密度の魔力が宿った炎を作り出す。
そしてそれを左右から挟み撃ちするようにクリスに向けて放つ。
激しく燃える火球は、とんでもないスピードでクリスに迫る。
火球がクリスに当たる直前、クリスが作った障壁により霧散した。
「ほう、結構やるな!」
そう言うと、男は両手を前に突き出す。
「なら、これはどうだ!」
男の両手から、渦巻く炎が繰り出された。
先ほどの火球よりも早く、クリスを貫こうと迫る。
炎はクリスが作った障壁に阻まれる。
だが、ぶつかった炎は消えず、周囲に飛び散って近くの木や家を燃やす。
「ほらほら、いつまで耐えられるかな!」
男は馬鹿にしたように笑っている。
(さて、どうするか……)
クリスは周囲の被害が最小限になるように男を包み込む形の障壁を築きながら考えていた。
正直、このまま男の魔力が尽きるまで障壁を保つのも別に苦ではない。
男の炎の魔法はサーニャより強力ではあるが、クリスにとっては大したことなかった。
だが、いつまでもこのままだと消火活動に支障がでる。
それに、クリスは個人的にこの男を数発殴りたいという思いがあった。
殺さずに男を倒す方法はたくさんあるが、どれにしようかは決めかねていた。
とりあえず、後ろにいる人間の安否が心配だったので声をかける。
「君は無事かい?」
「ひぃっ!」
クリスが魔族だと知ったからか、人間は青い顔になって怖がる。
クリスはため息をつくと、ちょうど近くにいた勇者一行に目を向けた。
「悪いけど、怪我人とかの世話をしてくれない?」
魔族であるクリスが何かするより、同じ人間の方が安心だろう。
回復魔法が使えるらしいグレイは、すぐに火傷を負った人間の治療にかかる。
他の仲間もできる限りの介抱や無事を確かめるために動き出す。
そんな中、勇者だけはクリスに近寄った。
「なぁ……」
クリスが男をどうするか考えていると、勇者が声をかけてきた。
「なんだい?」
胡乱げにクリスは聞く。
「あの魔族、俺に任してくれないか?」
勇者の提案にクリスは目を見開いた。
「なぜだい?」
クリスの疑問に勇者は拳を固く握る。
「……俺がやる意味はないかもしれない。
けど、お前にだけ任せていたら、俺は本当にただの足手まといだ」
そして勇者はクリスをキッと睨んだ。
「仲間になりたいとか共に戦おうとかムシのいいことは言わない。
でも、役立たずや足手まといはごめんだ! お願いだ!やらせてくれ!」
真剣な眼差しでクリスを見つめる勇者に、クリスはため息をつく。
実のところ、クリスは勇者は嫌いだが、ヨハンという少年は嫌いじゃなかった。
しょっちゅう暴走するし思い込みが激しいが、その愚直なまでの真っ直ぐさは尊敬できるものがある。
それに彼は、国民に手を出していない。
何もしていない国民を傷つけたら、勝手に付いてきたとはいえ一緒に旅などしたくないが、そうでなかったからこそ黙認している。
だから、つい、クリスは言ってしまった。
「わかった。けど、いくつか条件がある」
まさか頼みを聞いてくれるとは思ってなかったのか、勇者――ヨハンは驚く。
「な、なんだよ」
クリスはヨハンを真剣に見据えた。
「1つはあの魔族を生かしたまま、捕らえること」
「は? なんでだよ」
「僕は生かしたまま、捕らえるつもりだから。殺していいなら簡単にできる。
それができないなら、僕がやる」
「……わかった」
納得していないようだが、ヨハンはしぶしぶ頷く。
「次に、元の世界に戻って王を倒しても、他の国民や配下に手を出さず、真っ直ぐ帰ること」
「へ?」
ヨハンは目をぱちくりした。
「……倒すのはいいのかよ」
「本当は良くないけど、国民に手を出すよりはましだしね。ま、簡単にはできないだろうけど」
ヨハンは少しムッとしたが、それを無視してクリスは続ける。
「最後に、これから僕がすることに文句を言わないこと。で、全部守れる?」
ヨハンは真剣に頷く。
「ああ、わかった」
クリスは淡く微笑んだ。
「じゃあ、がんばってね、ヨハン」
そう言ってクリスはヨハンの背中を強く押した。
初めてクリスが自分の名前を呼んだことに気づいた時、ヨハンはクリスによって、障壁の外の炎が渦巻く中に押し出されていた。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる