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42話
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人目が気になった私は急かすようにして皆を店の中に入れた。
店の扉には営業中の札が出ていなかったから今日は休み。サンおばさんは出掛けていていない。
奥へと進んでアンスさんと少年を居間のソファに座らせる。次に台所へ移動するとシンティオにお茶の準備をお願いした。私は腕を捲ると彼の隣でアンスさんの捻挫に効く湿布作りに取り掛かった。
捻挫にはニワトコの葉と花を煎じたものでもいいけれど、それだと完成までに少し時間が掛かる。だからすぐにできる生姜の湿布を作ることにした。
生姜はすりおろして清潔な綿に包むとそれを紐で縛り、沸騰する手前で竈から下ろした鍋のお湯を盥に移す。その中に綿で包んだ生姜を入れ、棒で軽くつく。あとは湿布用の布を浸せば完成だ。
盥と布を持って居間に戻るとアンスさんと少年は間を詰めて、小声で真剣に話していた。
聞かれたくない話かもしれないので、傍に行って良いものか躊躇してしまう。
すると、私に気づいた少年が話を切り上げて立ち上がった。彼は私に近づくと視線を盥へと落とした。
「湿布、作ってくれたんですよね。少しでも役に立てればと、貼っていたものを剥がしました。あと足も拭いて清潔にしてます」
少年の言う通り、オットマンの上に置かれたアンスさんの足は湿布が剥がされて、汚れもなく綺麗になっていた。私は彼に礼を言うと、アンスさんの側に寄り、膝をついて持っていた盥を床に置いた。生姜湯をたっぷりと染みこませた布を腫れの部分に貼る。
湿布がじんわりと温かいようで、アンスさんは気持ち良さそうに溜息を吐いた。
「昨日より腫れは引いていますね。でも無理な運動は禁物です」
「ありがとう。もう身体はクタクタで動きたくないよ。こういう疲れが溜まった時こそ……熱いお茶に限るねえ」
物音がして後ろを向けば、シンティオと少年がお茶をテーブルに置いていた。湿布の貼り替えが終わると、私はアンスさんの正面にあるソファに腰掛ける。隣にシンティオも座り、皆で淹れたてのお茶を飲み始めた。
ふと、テーブルの真ん中に朝買ってもらったオレンジマフィンがこれでもかと皿に盛られている。
何気なく、ちらりと少年を見ると、彼はオレンジマフィンを眺めて顔を引きつらせていた。
私は慌てて少年に自己紹介をした。シンティオも続いて挨拶する。すると彼は居住まいを正した。
「初めまして。僕はニコラです。この領を治める領主様のお屋敷で働いています……が、わけあって今はこの町にいます」
領主様のお屋敷はここからだと馬を飛ばして二日ほど掛かる。まだ子供である少年がお使いを頼まれても、そういうのはお屋敷周辺の町に限られる。
こんな遠方まで来るなんておかしいし、何より訊きたいことがある。
「其方、屋敷勤めならば何故ルナの店の前で掃除をしていたのだ?」
そう、そこ! しかも掃除用具の場所とか家の間取り把握してるってことは絶対サンおばさんに雇われてるし、住んでるよね?
ニコラは此方の訊きたいことを心得ているようで、私が口を開こうとすると手で制した。
「ややこしいことになっているので追って説明します。そもそも僕は隣にいるアンス? 様の秘書なんです。それなのにある日『竜を見つけるまで帰りません』なんてとち狂った書き置きだけ残していなくなってしまって。……方々探したんですよ?」
ニコラがアンスさんに鋭い視線を向ける。けれど、彼は何食わぬ顔で美味しそうにお茶を啜った。
「まあまあ。そんなに怒らなくてもいいじゃないか。仕事は全部片付けてあったろう?」
たまらずニコラが「仕事は毎日やってくるんですよ!」と叱咤した。
今まで必死に探して漸く見つけたと思ったら、悪びれた様子もなくさっきの発言。うん、私も絶対キレると思う。
「アンス様がいなくなってからの仕事は補佐さんがやってくれています。……でも補佐さんは自分の仕事と掛け持ちでストレスフルっぽいし。日を追うごとに彼のてっぺんハゲの面積は激しく悪化する一方だし。僕はどうやって彼を励ましていいのか全く見当もつかないし。……四十も半ばにして髭も髪もふっさふさなアンス様を見た日には彼は発狂して毛を毟り取りに来ますね。寧ろ毛根諸共引っこ抜かれてください」
「ニコラ、話が脱線している。あと遠回しに補佐さんのハゲを悪く言うのはやめなさい。あれは彼の個性だ」
いや、個性云々よりもその補佐さんの頭をそんな目に遭わせた原因はあなただよアンスさん。というか二人とも補佐さんの頭についていじりすぎではないだろうか。
……可哀想だからそっとしておいてあげて。
私が咳払いをして話の続きを促すとニコラは話を本題に戻した。
「アンス様を見つけるべく、領内の目ぼしい場所を回りに回って最後にこの町に辿り着きました。でも数日経った頃に路銀を使い果たしてしまって。商業組合へ行って仕事の紹介をお願いしたんですけど、何故か若すぎるという理由で突っぱねられて紹介状を書いてもらえなかったんです。途方に暮れていたところ、手を差し伸べてくれたのがサンドラさんです」
私は眉を顰めた。ニコラは小柄だけど身体がしっかりしているし、彼くらいの年頃ならどこの店でも引く手あまたのはず。紹介状を書いてもらえないなんて明らかにおかしい。
口元に手をあてて考え込んでいると、シンティオに服の袖を引っ張られた。どうしたのか視線で問えば、小声で尋ねられる。
「ルナ、我にはよく分からんのだが、その紹介状というものはそんなに大事なものなのか?」
「紹介状がないとこの領内でまともな仕事に就くことは難しい。あれは仕事の紹介だけじゃなくてその人の身分も保証するものだから。それがないと元囚人とか犯罪者じゃないかって疑われて雇ってもらえないの」
なるほど、とシンティオが納得したところで、黙り込んでいたニコラが再び口を開いた。
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