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30話
しおりを挟むこの短期間で目覚ましい進歩を遂げているんじゃないか。
月長石の指輪を首に下げて、私は今シンティオにお姫様抱っこをされ、空を飛んでいる。こんなに至近距離で幾何学模様の鱗を見ても、私の心は平常心を保っていた。敢えて言えば、自分の成長にめちゃくちゃ感動している。
高揚感を抑えながら、胸辺りの鱗に私は徐に手を伸ばした。触れてみれば、硬くてひんやりとした感覚が指先に伝わる。次に手全体を使って鱗にぴったりとくっつけてみる。
凄い、触っても全然吐き気がしないし、鳥肌も立たない!!
本当に克服したのか確かめるように何度も手を放してはくっつけを繰り返していると、シンティオが身じろいだ。
「そんなに何度も触るでない。こそばゆくて其方を落としかねん」
「ごめんごめん。鱗に触れられるようになったみたいで嬉しくて、つい」
「む、言われてみればそうなのだ! ルナ、漸く我を受け入れられるようになったのだな!」
何故か無駄に息が荒くなっているシンティオ。興奮しているのは気のせいだろうか。
お姫様抱っこされているこの位置からではシンティオの表情は見えないけれど、私の顔を撫でる風とは違う生温かいものが頻繁に触れる。
「……ということは、ルナと正式なマーキングができるようになる。そう正式な、マーキング!!」
正式なマーキングとは前に言っていた竜の姿のシンティオに身体を擦りつけられるってやつか。
……それは嫌だ遠慮する。
本能的に身の危険を感じたので私はもう少し慣れたらね、とやんわり断った。
巣に戻った私とシンティオは早速、黄金のリンゴの薬づくりに取り掛かった。
竜の姿ではシンティオが洞窟住居へ行けないため、洞窟に近い野原の隅で作業を始めることにした。
辺りに転がっている大きめの石を拾い集めて円を作り、真ん中に薪を置いて火をつけ、その上に水の入った鍋を置く。その周りに材料や必要な器具を並べると、私は地面に腰を下ろした。
シンティオは初代竜王の本に書かれていた薬の作り方を覚えているらしく、用意した材料がどういった手順で処理するのかこと細かに説明をしてくれた。
「良いか、沸騰したお湯にトカゲの尻尾を入れて暫く煮だす。その間に干しイラクサとカノコソウの蕾を刻んですり潰すのだ」
材料をすり鉢に入れてすり潰すと、そこに煎じたヨモギと三日月鳥の卵の殻を混ぜたものを少しずつ加える。それを鍋に入れてかき混ぜると、徐々に色が変わってきた。地面に置いている木椀にガーゼを被せると、火からあげた鍋の中身を流し込む。
熱いから火傷しないようガーゼを取り除けば、木椀には薄緑の半透明の液体が溜まっていた。それを見たシンティオが良い出来だと褒めてくれてちょっと嬉しい。
「最後に我が一仕事するのだ。ルナ、消毒したナイフを貸してくれ」
私は頷くと、アルコール消毒したナイフをシンティオに渡した。
シンティオはナイフを受け取ると掌にナイフをあて、それを素早く滑らせた。硬い鱗で覆われていない掌はあっさりと裂け、傷口から赤い血が指先を伝って木椀へと流れ落ちる。
その光景を眺めながら、私は表情を曇らせた。いくら黄金のリンゴのためとはいえ、故意に自傷させるのは胸が痛い。
あとで傷を手当てしなければ、と頭の隅で呟いていると、不思議なことが起こり始めた。
木椀に落ちた竜の血は液体の中で広がって溶けて消えていく。すると、薄緑の半透明が一瞬強く光ると、蜂蜜のように透き通った黄金色に変化した。
魔法のようなできごとに私は驚いて口を半開きにした。
「うむ、これで完成だ。あとは冷めてからリンゴの木の根元にかけると良い。四、五日すれば白きリンゴも黄金色に染まるであろう」
シンティオの言葉を聞いて、間抜けな面で固まっていた私はぱっと表情を綻ばせた。
「手伝ってくれてありがとう。傷が痛いんだよね? 手当てをするから掌を見せて」
すると、むっとした表情でシンティオが言った。
「何を言うかと思えば。ルナよ、我は竜だぞ? これしきのこと大事ない。痛くないし舐めておけばすぐに治る」
「そう言う割にはさっきから喉がゴロゴロ鳴ってるんですけど?」
言葉に説得力がないので胡乱な目でシンティオを見れば、尻尾をピンと上げている。やがて、萎れた植物のようにその尻尾がだらんと地面に横たわった。
「……実は深く切りすぎて、ちょっと痛いのだ」
しゅんとしょげているシンティオを見て私は小さく笑い、薬箱から必要なものを取り出した。
「こっちに手を出して。この前みたいに痛くしないから」
差し出された手の傷口は綺麗な布で覆って止血すると、次に雑菌が入らないようにアルコールを含ませた布を優しくあてた。それをそっと剥がして、作っておいたアロエ軟膏を塗り、最後に綺麗な布で巻くと取れないように強めに結ぶ。
「はい、おしまい」
「ありがとう。ところで指輪は返してもらえるか?」
「それはいいけど、どうするの?」
「月長石は清めれば再びもとの力を使うことができる。池の水で暫し浄化し、太陽光を浴びせて力を蓄えたいのだ」
「分かった」
首に下げていた指輪を返すと、大事そうにそれを持ってシンティオは池へと向かっていった。
私は薬を冷ましてから池とは反対方向にあるリンゴの木へと向かった。木の根に満遍なく薬が行き届くよう木椀から噴霧器に移し替える。
まさかこんなものまで用意してくれていたなんて。サンおばさん準備が良すぎるよ!
相変わらず先読みしているサンおばさんに脱帽しつつ、私は散布を始めた。
木の周りを一周して薬の散布をし終えると、心なしかリンゴの木の輝きが増したような気がする。黄金色の葉を掻き分けてリンゴの実を確認すると、ほんのわずかだけ果梗付近の色が淡い金色に変わっている。
あと少しで黄金のリンゴが完成する。
期待を胸に膨らませると、私は足取り軽く洞窟の方へと戻った。
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