竜の巣に落ちました

小蔦あおい

文字の大きさ
上 下
25 / 64

25話

しおりを挟む
 

 押し寄せた涙を零さないように何度か瞬きをして深く息を吐く。鼻の奥はまだツンとしているけれど、徐々に涙は引いていった。

 シンティオは強引なところもあるけれど、私を気遣ってフォローしてくれるし、危険な目に遭うといつも助けてくれる。翼の怪我を治した恩返しにしてはもらいすぎだ。
 何よりもこんなに過剰に優しくされると私はこのまま甘えてダメになってしまいそうで、胸の奥がすっと怖くなった。気をつけないと、そのうちシンティオなしでは生きられなくなってしまいそうだ。あまり気を許しすぎない方が良い。

 様々な考えを巡らせていると、どうしたのだ? と心配そうにシンティオが尋ねてくる。
 慌てて立ち上がろうと足を動かして膝を三角に折る。それと同じタイミングで釣り道具一式をシンティオに押し付けられた。
 されるがままに道具を受け取ると、気づいた時には腰がふわりと浮いていた。三角に折った膝下にシンティオのほど良く締まった腕が通され、私を持ち上げている。

 これは以前の竜姿のシンティオと違って最高に絵になるお姫様抱っこ。
 しかし、顔の綺麗な人間のシンティオに対してヒロインが私では釣り合わない。よって前回同様、最高に残念なものになってしまった。
「ひぁっ! は、恥かしいから下ろして!!」
 ジタバタと暴れるも、シンティオは放すまいと私を支える手に力を込めた。
「この辺りはまだルナの苦手な爬虫類がうじゃうじゃいる。墓地の入り口まで運ぶから少しの間我慢してくれ」
 爬虫類がうじゃうじゃと言われては大人しくなるしかない。けれど、シンティオの顔が近すぎて目のやり場に大変困った。
 そろそろ慣れてもいいはずなのに、何故か赤面してしまう。視線を何度も泳がせて自分の膝を眺めるという落としどころを見つけると、シンティオがゆっくりと歩き始めた。


 墓地の入り口に辿り着くと言葉の通り、私は地面に下ろされる。ここは大通りに面している教会入り口の反対に位置しており、ひっそりとした場所にあった。
 故人を連れて最後に一緒に歩く道は、両サイドに樹木が植えられているだけで民家もなく、人は滅多に通らない。
 道を通るのはリスや野ウサギなどの小動物が多いようで、今もリスが地面に落ちた木の実を頬袋につめては忙しなく巣との往来を繰り返していた。

 私はシンティオに向き直ると顔を真っ直ぐに見て、改めて感謝の言葉を口にした。
 すると、シンティオは私が持っていた釣り道具を取り上げながら気まずそうに表情を歪める。
「いや、助けが遅れてしまった。もう少し早く着けばこんなことにはならなかった……」
 悔しそうに唇を噛み締めるシンティオに私は激しく首を横に振った。
「ううん、遅くなかったよ。寧ろあの時助けに来てもらえてなかったら蛇に噛まれてただろうし。……でもどうして私が危ない目に遭ってるって分かったの?」

 訊けば、マーキングは相手が数キロ離れていてもどこにいるか把握できるだけではなく、相手が危機的状況かどうかも分かるらしい。
「どうやって分かるの?」
「それはマーキングの匂いが劇的に変わるのだ」
 何それ凄い! と目を輝かせたが、すぐに私は声を上げた。
 とどのつまり繁殖期の蛇の体臭が変わる原理と同じということだ。それに気が付くと何とも言えない気持ちなった。

「今回の件は我の責任なのだ!! 山と違って町は安全だからと今朝はマーキングをちゃんとしていなかった。そのせいで匂いが薄く、辿るのに時間が掛かってしまった。だから……」
 真剣な眼差しのシンティオは空いている方の手を私の肩に乗せて力強く握る。この後何をしようとしているか分かった私は表情が引きつった。
 待て待て待て。いくら人通りがほぼゼロに等しいからってここであの執拗な頬擦りをするっていうの!? それだけは勘弁して欲しい!!

 手を前に突き出して必死に制止を求めると、顔を近づけてきたシンティオが至近距離のまま不思議そうに首を傾げる。
「そ、そいういうの、恥ずかしいから!」
「む? 頬擦りはルナにとって恥ずかしいことなのか? でもマーキングをしないと今度はもっと助けが遅れてしまう。一応、人の姿ならばもう一つだけ手早くできる方法もあるにはあるが……」
 え? あるならなんでもっと早く言ってくれなかったの?
 一刻も早くこの状況から解放されたい私は口早に言った。
「他の方法があるならそっちでお願い! とにかく、頬擦りは嫌!!」
「本当にそれで良いのか?」
 何故かもったいぶるように尋ねるシンティオに私は首を縦に振ると口を開いた。

「いいから早くして。というか、な……」
 何をするの? と尋ねようとした私の言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
 チュッという音とともに温かくて柔らかいものが唇に触れる。
 頭が真っ白になって茫然と立ち尽くしていると、私と対照的にシンティオは満足そうな笑みを浮かべた。
「人の姿だとこうやってルナの体内に我の体液を送り込むことができるのだ! 体外のマーキングよりも持続時間は長くなるし、一瞬で終わるし一石二ちょ……」
 私は自分の持てる力を振り絞り、得意気に力説するシンティオの頬に乾いた音を響かせた。
「この人でなしいいい!」
 いや、そもそもシンティオは竜だから人ではないんだった。

 こうして大事な私の唇はロマンティックの欠片もない教会墓地入り口で奪われたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

アリア

桜庭かなめ
恋愛
 10年前、中学生だった氷室智也は遊園地で迷子になっていた朝比奈美来のことを助ける。自分を助けてくれた智也のことが好きになった美来は智也にプロポーズをする。しかし、智也は美来が結婚できる年齢になったらまた考えようと答えた。  それ以来、2人は会っていなかったが、10年経ったある春の日、結婚できる年齢である16歳となった美来が突然現れ、智也は再びプロポーズをされる。そのことをきっかけに智也は週末を中心に美来と一緒の時間を過ごしていく。しかし、会社の1年先輩である月村有紗も智也のことが好きであると告白する。  様々なことが降りかかる中、智也、美来、有紗の三角関係はどうなっていくのか。2度のプロポーズから始まるラブストーリーシリーズ。  ※完結しました!(2020.9.24)

竜王の花嫁

桜月雪兎
恋愛
伯爵家の訳あり令嬢であるアリシア。 百年大戦終結時の盟約によりアリシアは隣国に嫁ぐことになった。 そこは竜王が治めると云う半獣人・亜人の住むドラグーン大国。 相手はその竜王であるルドワード。 二人の行く末は? ドタバタ結婚騒動物語。

あなたが私を選んだ理由に、断固異議あり!

ルカ(聖夜月ルカ)
恋愛
なんでも『普通』で、誇れるものが何ひとつない奈美は、あることから、憧れのベリーヒルズで働くことに。 だけど、それと同時に社長からとんでもないことを言われて…

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

処理中です...