24 / 64
24話
しおりを挟むシンティオは二人組に追い打ちをかけるように静かに口を開いた。
「下手に動かぬ方が良い。そやつらは其方らがよく知っているように毒を有しておる。一匹に噛まれた毒が微量であってもそれだけの数とならば…………死ぬぞ」
二人組は蛇に睨まれたカエルよろしく滝のように油汗を滲ませて今にも卒倒しそうな勢いだ。一匹の蛇は平気でも数十匹ともなると恐ろしくなったのだろう。
今更敵である私に助けてくれと懇願の眼差しで必死に訴えてくるけれど、残念ながらあなたがたがよく知っているように蛇が嫌いな私にはどうにもできない。
やがて、取り囲んでいる蛇のうち一匹が勢いをつけて高く飛ぶと二人組へとダイブした。それを皮切りに残り全ての蛇も我先にと二人組めがけて高く飛ぶ。
怖くて見ていられなくなった私は咄嗟に顔を背けた。
情けない雄叫びが墓地に響き、程なくして辺りは静寂に包まれる。
絶対に見るまいと心に決めていたけれど、怖いもの見たさから横目で恐る恐る二人組を一瞥すると、蠢く蛇たちに埋もれて大の男が泡を吹いて気絶していた。
嗚呼、やっぱり見るんじゃなかったと後悔してももう遅い。
私にとってあまりに凄惨な光景はしっかりと焼きついていて、きつく目を閉じてもまぶたに浮かぶ。シンティオはよくあれだけの数の蛇を操ったものだ。
「……竜が爬虫類を使役できるなんて。やっぱり竜は爬虫類の頂点に君臨してるんだ」
「だから竜を爬虫類と一緒にするでない。竜は爬虫類を使役できぬ」
閉じていた目を開けると、いつの間にかシンティオが脇に立っていた。呆れた表情を浮かべていい加減、爬虫類と一緒にするなという様に半目で私を見つめている。
「あれだけの蛇を呼び寄せて襲わせるなんて蛇使いにもできないことだと思う」
私も対抗して胡乱な視線をシンティオに向けた。
「あれはサンドラが我に持たせてくれた蛇を誘い出し陶酔させる特性の魅了の薬だ。白霧山近辺の蛇は繁殖期になると臭いが変わる。それを利用して作ったのがこの薬だ」
私は驚いて目を見開いた。薬師としていろいろな薬を勉強してきたけれど、そんな物騒な薬があるなんて初耳だった。蛇用の魅了の薬を作った人はよっぽど蛇が大好きな頭の狂った変態なんだろう。
次は是非犬や猫の薬をお願いしたい。
因みにサンおばさんは他にもクモ用やネズミ用など変わったものを持たせてくれたらしい。寧ろそんな怪しい薬を作りだすサンおばさんこそ、変態なのかもしれない。
「墓地に着くと丁度ルナが蛇と対峙しているのを見て辺りに薬を撒いた。臭いに反応して蛇が退散してくれればと思ったのだ。だが、あまりに興奮していたから効果はなく、残りを自分の手に付けて蛇を鎮めたのだ」
「だから素手で蛇を鷲掴みしても平気だったんだ。助けてくれてありがとう。でも、それならどうして蛇たちはあの二人組に集まったの?」
「嗚呼、それは魅了の薬の材料が薬草と葡萄酒だからだ。あの二人組は日がな一日酒を飲んでいるのか酒臭かった。おかげで魅了の薬の葡萄酒の匂いと混ざり合って彼らに蛇が寄り集まったのだろう。あと、補足しておくが白霧山近辺の蛇は姿が有毒種に似ているが、実際は無毒種だから噛まれても死にはせぬ。もともと攻撃的な性格でもないからさっき二人組に言ったことは単なるはったりだ」
無毒種だと聞いて安心した途端、私は一気に身体の力が抜けてしまった。いくらあの二人組に嫌がらせを散々されたからといって毒にやられて死なれては後味が悪くて困る。
その場に崩れ落ちる寸でのところでシンティオの腕が腰に回されて優しく支えてくれる。
「ルナ、大丈夫か!?」
眉の間に深い皺を寄せてシンティオが真っ直ぐに私を見る。いつものように大丈夫だと言って、安心させようと試してみたけれど、気丈に振舞うことは無理だった。
緊張の糸が切れて腹底から様々な恐怖が沸々と湧いてくる。堪らず私は縋るようにシンティオの服を掴んで俯くと、胸の内を明かした。
「……もう無理怖い。死ぬかと思った」
シンティオは何も言わずにゆっくりと私を地面にぺたんと座らせると、手を私の頭の上に置いた。
怪訝な顔を上げれば少し待つようにと言われ、何処かへ歩いて行ってしまった。数分も掛からないうちに戻って来ると、その手には私が放り投げたトカゲの釣り道具が握られている。
「帰ろう。サンドラが待っている」
「でも、まだトカゲの尻尾を採れてないから」
帰れないよっと蚊の鳴くような声で言った。
情けないけれど、私のメンタルは限界に達していた。今からまたトカゲの尻尾を採る気力は残っていなかった。
シンティオは私の正面まで歩くとしゃがんで私と目線を合わせる。そして持っていた籠を差し出した。
「蓋を開けてみよ」
言われるがまま、そっと蓋を開けるとそこにはトカゲの尻尾が入っていた。
シンティオが採ってくれたのかと尋ねると、そうではないと口にした。
「我が拾った時には既に入っていたのだ。だからこれはルナが採ったのだ」
もしかしたら、身体についたトカゲを払い除けている時に運良く籠の中に尻尾が入ったのか。
奇跡に近いできごとに私は神様に心から感謝した。
「ルナはよく頑張ったのだ。だから今日はもう帰ってゆっくり休むと良い」
感謝に浸っていると優しくシンティオが微笑んだ。ふと手元を見ると、シンティオの手の先が少し泥で汚れている。それを見た私は目頭が熱くなった。
「……うん」
悟られないように顔を背けると、大きく頷いた。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です
仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。
自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい!
ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!!
という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑)
※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる