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12話
しおりを挟む「あああ、貴方誰!?」
何とか紡がれた言葉は動揺が隠し切れず上擦った。聞き覚えのある声と白い竜と同じ位置に立っていることからして目の前にいる青年がシンティオであることは間違いない。しかし、実際に確かめずにはいられなかった。
青年は心得顔で胸に手をあてると口を開く。
「我はルナが知る白き竜、シンティオ。其方が拾ってくれた月長石の力によって人の姿に戻ることができた」
手の薬指にはあの指輪がぴったりとはまっていて、埋め込まれた月長石は旅灯の火によってきらりと光っていた。
シンティオは自身の感触を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返している。それから自分の身体をじっくりと観察し、一息吐くと側頭部に手をあてた。
「ふう、久しぶりに人に戻れた。竜の姿は飛ぶには便利だが慣れているこの姿の方がずっと良い。その方が……其方も嬉しいであろう?」
柔和に微笑むシンティオに対し、瞠目する私は尋ねられたことにも気づかず、ただ茫然自失で彼を凝視していた。向けられたその微笑は、まるで教会に飾られている宗教絵画のように美しく神々しさを放っている。
シンティオの眉目秀麗な顔に私は完全に見惚れてしまっていた。男性に対して綺麗だという感情を抱いたのはこの時が初めてだ。
しかし、気が動転している私の視線はいつの間にかシンティオの顔からゆっくり下へ下へと移っていく。そして、彼の中心を捉えた瞬間、顔から火が出た。
実のところ男性経験は元恋人が初めてで、その元恋人ともキス以上のことはしていない。さらに言えば父は物心ついた時にはいなかったため、男の素っ裸を見たことは生まれてこの方皆無だった。
つまり、本日は私の記念すべき初体験なのである。
うわあああああ、ばっちり見てしまったあああ! いやこれは不可抗力であってですね、別に見たくて見たわけじゃないんだから!
それにしても、男性の一般的なサイズを知らないからアレが凄いのか大したことないのかは全く分からな……って何冷静に精査しようとしてるの私!!
「む、どうしたのだ? 何をそんなに見ておる?」
きょとんと首を傾げるシンティオの顔を見た途端、私の心は罪悪感と羞恥心でいっぱいになった。慌てて私は顔をシンティオから背けた。
「なっなな、何も……ナニも見ておりませんっ!! 大丈夫、無問題だから!」
その応えに対して、シンティオは声を弾ませた。
「そうか。それは良かった! だったらもっと我を見るのだ」
余程自分の身体に自信があるらしい。心なしか嬉しそうに聞こえたんですけど、シンティオは素っ裸を見られて興奮するタイプの人なのか? ……なんて性癖だよ。
思わず顔を顰めていると、ヒタヒタと歩く音が耳に入る。私が再びシンティオに目を向けると、彼は笑顔で両腕を広げて私に寄って来るではないか。
「ルナ、我は……我はこの時を待っていたのだ!」
この時って、まさか私を出しにして自分の性癖を満たす気?
いやあああああ、勘弁してえええええ! そして近づかないでえええええ!!
心の叫びは虚しく、いつの間にかシンティオとの距離は目と鼻の先にまで縮んでいた。次に視界が暗くなると、強く抱き締められていた。
訳が分からず、私の思考は停止する。触れる肌の温もりにシンティオの穏やかな心音が私の身体にも伝わって来る。ここで『性癖を満たす』というのは私の思い違いだったことに気づいた。
シンティオの腕はより一層力が込められ、私の身体は悲鳴を上げると共に息も苦しくなっていた。反論の言葉を口にしようとすると蚊の鳴くような声が耳元で聞こえてきた。
「……人の姿になれば、ルナに嫌われぬ。こうやって其方に触れられる。温もりを感じられる」
ぽつりと呟かれた痛切な言葉に私の心が大きく揺れた。胸の奥底から、何かが湧いて下から上へと突かれたような感覚に胸が苦しくなった。
竜に苦手意識を持っていた私に気を遣って、ずっと一定の距離を取っていてくれたことに漸く気づかされた。その過ぎる優しさに申し訳なさと感謝が綯い交ぜになる。
「シンティオ――」
私はそっとシンティオの背に腕を回す。
するとそこで可愛らしいくしゃみが洞窟内に響いた。
私は慌ててリュックの中から外套を引っ張り出すとそれをシンティオに渡した。
「これを着て。風邪ひいたら大変」
シンティオは鼻を鳴らしながら外套に袖を通す。
「ありがとう。この姿で何も着ないというのはやはり寒いな。…………そうか! この姿に戻れたのであればあそこへ行ける」
何か思い出したシンティオは私に荷物を纏めるように指示した。言われた通りリュックに纏めると、シンティオはそれを背負って旅灯を持つと、私の手を引いて野原の方へと歩き始めた。
洞窟を出て野原に行くのかと思えば、入り口の隅にはなんと人が辛うじて通れるくらいの小道があった。そこは今まで竜の姿のシンティオによって遮られていたので死角となっていた。気づかなかったのも無理はない。
細くて人ひとり通れるほどの道を進むと、突き当りにロープでできた梯子が固定されている。それを登れば、今度は人が二人通れる幅の道がある。
また暫く歩いていると綺麗な装飾が施された重厚な扉が現れた。
シンティオが躊躇うこともなく扉を押し開けて中に入ると、部屋の蝋燭に明かりを灯していく。
中の構造が灯りによって明らかになると、私は感嘆の声を上げた。そこはベッドやソファ、本棚など生活感のある一室だった。
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