婚約者の使いは、大人になりたい幼い竜

小蔦あおい

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第07話

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 風呂から上がったシエラは新しい衣服に身を包んで居間にやってきた。ロッティはお詫びも兼ねて彼の好きな食材で朝食を作って待っていた。

「シエラ様、先ほどは大変失礼しました」

 深く頭を下げると、面を上げるように声が降ってくる。

「種族が違えば、多少の誤解はつきものです。これからもこういうことはあると思いますし、その都度理解し合えばいいだけですよ」

 愛らしく美しい顔立ちのシエラの微笑みにロッティは息を呑む。

(この顔を見るとやっぱり可愛いって思ってしまうし、年下だって勘違いするわ!)
 なんとも解せない気持ちになっていると、シエラが向かいのソファに腰を下ろす。

「この話はこれで終わりにしましょう。折角ロッティ様が作った朝食が冷めてしまいます」
「そ、そうですわね」

 ロッティは気を取り直してナイフとフォークを手に取る。作ったのはパンケーキとベーコンエッグ、フルーツサラダ。そして摘み立てのミントとレモンバームのハーブティーだ。
 パンケーキを丁寧に切り分けてフォークで刺し、口へと運ぶ――と、外からもう嫌というほど耳にした馬の蹄鉄音と馬車の車輪の音が聞こえてきた。


「まさか……」

 互いに顔を見合わせると、慌てて玄関へと向かう。
 案の定、玄関先には馬車が停まっていて、中からアレクが下りてくるところだった。毎日返り討ちに遭っているというのになんとも律儀なことである。

「まあ、アレクおじ様。こんな悪路の中わざわざ来てくださらなくてもよろしかったのに」

 わざとらしく嫌味な言葉を投げかければ、アレクはにやりと片頬を吊り上げた。

「そうだな。だが今日でここにくるのも最後だ。そしてロッティが独身であることも今日で最後になる」
「寝言は寝てからにしてくださらない?」

 眉間の間を揉みながら、ロッティは呆れかえる。アレクはロッティを無視して懐から手榴弾のようなものを取り出した。ピンを引き抜き、素早くこちらに投げ入れる。

「きゃああっ!?」

 ロッティは喫驚して悲鳴をあげるが、それが爆発する気配はなかった。ただもくもくと白い煙を上げるだけ。

「……不発のようですね」

 腕を組んだシエラはそれに近づくと覗き込むようにじっと観察する。煙は辺りに充満したがすぐに消えてなくなってしまった。

「言っておくが、ただの煙じゃないぞ。それはスウェルデ国の魔具工房に作らせた魔法を無効にする煙だ。いくら竜族でも煙を吸ってしまえば暫く魔法は使えない」

 どうだ! とアレクは腰に手を当てて胸を張る。

「魔法がなければおまえなど非力な子供。これまでの礼はこの手でじっくりたっぷりとさせてもらうぞ。何せ今日の魔具はどれも改造してさらに威力が増してるからな!」

 アレクの手には魔具の拳銃や爆弾が握られている。

「な、なんて卑怯ですの! 上流階級の風上にもおけませんわ!!」
「欲しいものはどんな手を使っても手に入れるのが俺の性分だ。小僧がいたぶられるのを見たくなければ、大人しく結婚に承諾して書類にサインしろ」

 アレクは勝ち誇ったように一枚の書類を提示した。
 おじ様、シエラ様は小僧ではなく大人です! というツッコミが頭の中で浮かんだが今はそれどころではない。

 いくら彼が百歳の竜だといっても体格ではまだ人間の子供なのだ。魔法が使えない以上、分が悪い。

「シエラ様、逃げてください。ここは私がなんとかしますから」
「逃げる? そんなことをすればロッティ様があの男のものになってしまう」
「でも……」

 こんな状況を作ってしまったのは自分にも原因がある。シエラに頼りきりで、彼に万が一のことがあった時の対策がすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。

 自分の今後の立場を考えるとあまりにも愚かだ。ロッティはまっすぐシエラを見つめた。

「私、今とっても恥ずかしいんです。だって私の番はスウェルデ国の君主、セリオット様。シエラ様に守っていただくにしても、私は君主の番としてシエラ様の安全を考えるべきでした。それにあなたはもうすぐ成体になるんでしょう? ずっと待ち望んでいたんでしょう? こんなところでやられては、晴れ姿を番に見せられなくなってしまいますわよ! だから私に構わずシエラ様は逃げてください!!」

 その言葉を聞いてシエラは目を瞠った。暫くじっとロッティを見つめていた彼は、俯くと彼女の服の袖を掴んだ。

「シエラ様?」

 声を掛けると、シエラはロッティを守るようにアレクの前に立った。

「お心を砕いていただき感謝します。でも私の方がもっと恥ずかしい。小さなプライドのために寂しい想いをさせたし、危険な目に遭わせようとしている。でも、漸く全てを打ち明ける勇気が出ました。今から私が諸事情で国へ帰れなかった理由をお話ししようと思います」

 シエラは調子を取り戻すと淡々と説明を始める。

「少し前から我が国の市場に違法な改造型の魔具が流通し始めました。水面下で魔具を作っていた工房は摘発して検挙できたんですけど、肝心の出資元が国外の商会だったんです」

 シエラは一旦話を切ると懐から拳銃を取り出した。それはアレクがこれまで使っている魔具とよく似ている。

「アレク殿が使っていた魔具は全て違法に作られた改造型。しかも流通前の工房で没収したものばかり。足がつかなければ使っても問題ないと思っていませんか?」

 シエラは自分がスウェルデ国から持ってきた改造型魔具と、アレクの魔具の特徴が一致する部分を挙げていく。それは言い逃れできないものばかりだった。
 話を聞き終えたアレクは悪びれた様子もなくにやにやと笑っていた。

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