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第05話
しおりを挟む仕事にも余裕が生まれ、屋敷の手入れも無事に終えた昼下がり。
ロッティはシエラと一緒に庭園でお茶を飲んでいた。
「ロッティ様は令嬢なのに屋敷の手入れまでできるのですね。それに家事も。このリンゴのパイだってあなたが作ってくれたんでしょう?」
「ええ。お口に合うかは分かりませんけれど」
「いえ、ロッティ様が作ってくださったものはどれも美味しいです。家庭的な優しい味は食べていて幸せな気持ちになります」
シエラは目を細めるとフォークに差したパイを口に運ぶ。
ロッティは顔に熱が集中するのを感じた。シエラの和やかな笑みはどこかセリオットと重なる部分がある。
単に彼が同じ種族で同じ髪と瞳の色だからなのかもしれないが、それによって自分がセリオット不足に陥っていることを思い知らされる。
少し気恥ずかしくなって顔を伏せた。
「そんなに褒めないでくださいませ。私はただセリオット様にふさわしい婚約者に、番になりたかったのです。少しでも彼の隣に立てるようになりたくて。だからいろいろと学びましたの」
ロッティの中でセリオットは完璧な存在だった。早く彼の背中に追いつきたい。同じ目線で世界を見られるようになりたい。
ただその一心でここまでひたすらに努力を重ねてきたのだ。
すると、カップをソーサーの上に置いたシエラがうーんと考える素振りをみせる。
「ロッティ様の中でセリオット様が変に崇拝されているように思います。もっと力を抜いて大丈夫ですよ。セリオット様も魔力が最強ってだけでただの竜です。机の角に足の小指をぶつけて悶絶はしますし、うっかり大事な書類にお茶をぶちまけて宰相に怒られて半泣きになりながら作り直します」
「なんておっちょこちょい!? って、そんな話聞きたくなかったですわよ?」
ロッティが頭を抱えて半ば叫ぶと、シエラはくすくすと笑う。
「私は事実を、あなたの知らない陛下を話しているだけですよ。この世に完璧な者はいません。……ロッティ様はそれでもセリオット様が好きですか?」
「へっ!? あ、えっ!?」
突然好きか尋ねられて困惑した。
(な、なんで突然そんな質問を!?)
どこか表情に影を落とすシエラ。きっとそんなセリオットでも、ロッティが受け止めてくれるのか心配しているのだろう。彼のセリオットへの想いは十分に伝わってくる。
ロッティは小さく咳払いをし、背筋を伸ばすとはっきりと答えた。
「――はい、とっても好きですわ」
「……なんだか嬉しいのでもう一回仰ってください」
ぱっと顔を輝かせたシエラはロッティの手を両手で握り締めてきた。嬉しくて思わずといった様子だが、セリオット同様に顔の良い美少年に至近距離で迫られてはたまったものではない。
「はいっ!?」
ロッティの顔はさらに熱が集中する。別に本人に告白したわけではないが、セリオットのことを知っている人に告白を聞かれるのは大変気恥ずかしい。
「も、もうっ! シエラ様ったら意地悪ですのね!! そんなですと番に嫌われますよ?」
口を尖らせてそっぽを向くと、シエラはくすくすと笑いながらロッティから離れた。
「大丈夫です。私の番は私のことが大好きですので」
「そ、そうなんですの?」
なんとも凄い自信だ。
シエラは自分の番を思い出しているのか大層うっとりとした表情でお茶を啜っている。彼もまた、番を大切に想っているようだ。
(それにしても、子供のシエラ様にはもう番がいらっしゃるのね。番に出会える確率がゼロに近いと言われているのに。彼の方がセリオット様よりよっぽど果報者では?)
ロッティは幸せそうな彼を眺めながらぽつりと呟いた。
◇
シエラがここへ来てから数週間が過ぎた。
「今日は雨が降りそうだわ」
朝早く起きたロッティはショールを羽織り、自室のバルコニーから空を見上げていた。灰色の雲が空一面を覆っていて、今にも降り出してきそうだ。
洗濯物は明日にした方がよさそうだ、などと頭の隅で判断していると頬に雫が落ちた。とうとう降り始めたのだ。
雨は瞬く間に激しくなり、ロッティは慌てて自室に戻って扉を閉める。
「雨で悪路になるから、アレクおじ様は来ないわよね。今日はいつもよりゆっくり過ごせそう」
ロッティは身支度を調えるとお茶を淹れに厨房へ足を運んだ。ハーブティーが飲みたい気分なので厨房の勝手口すぐの裏庭に傘を差して向かう。裏庭には多種多様なハーブが自生しているので料理の味付けの際は大変助かっている。
新鮮なミントとレモンバームを摘んで籠に入れていると、目端に黒い塊が映った。
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