婚約者の使いは、大人になりたい幼い竜

小蔦あおい

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第03話

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「ロッティも薄々気づいてるんだろ? 迎えにこないのはおまえが番ではなかったということだ。夢を見るのはやめて現実と向き合え」

 核心をつかれたロッティはアレクから視線を逸らす――が、それがいけなかった。アレクはロッティが視線を逸らした瞬間に間合いを詰めると、さっと長剣を奪い取り彼女の細い手首を掴んで無理矢理引きずった。

「……離してくださいっ! いきなりレディに触れるなんて不躾ですわよ!!」
「おまえが我が儘ばかり言うからだ。優しいおじさんは金のないロッティのために式の準備をすべてしてある。ほら、行くぞ」

 抵抗したところで男の力に敵うはずもなく、ロッティはずるずるとアレクが乗ってきた馬車まで引きずられていく。

(いや、約束を破りたくない。……助けて、セリオット様!!)

 心の中でセリオットの名前を強く叫んだその時だ。
 突然きつく掴まれていた腕の圧迫感がなくなり、目の前からアレクが姿を消した。
 一瞬何が起きたのか困惑したロッティだったが、頭上から悲鳴が聞こえて頭を動かした。なんとアレクが宙にふわふわと浮いている。

「ロッティ、往生際が悪いぞ! 早く下ろせ!」
「私は何も……」

 ロッティがあたふたしていると、弧を描くようにアレクは数メートル先の大木まで吹き飛ばされてしまった。
 顔面から地面に落下する様子は見ているこちらが痛くなりそうで、ロッティは堪らず目を瞑る。アレクの「ぎゃっ!」という悲鳴が聞こえたのは同時だった。



「もうっ。大の大人が女の人に無理強いなんて見苦しいですよ?」

 不意に今まで聞いたことのない少年の声が背後から響く。
 振り返ると、そこに立っているのは十二、三歳くらいの可愛らしくも美しい少年だった。

 セリオットを彷彿とさせる青みがかった銀の髪はおかっぱで、春を思わせる明るい緑の瞳はくりくりとしている。
 共通点が多いせいかロッティはセリオットを思い出して胸を焦がした。

「……どなた、ですの?」

 堪らず尋ねるとそこでアレクが唸った。

「おい、おまえ! 俺に魔法を使ったな!?」

 吹っ飛ばされたアレクは青筋を立てて少年に詰め寄った。唾を飛ばす勢いで罵詈雑言を浴びせるが、少年は手を振りながら「風で煽られただけでしょうに」とうそぶく。

「俺は未来のマクライエン子爵だ。小間使い風情が貴族の人間に手を出すとはいい度胸だな? おまえの飼い主は誰だ?」
「これは失礼を。私の名前はシエラです。スウェルデ国が君主、セリオット陛下の使いのものですよ」
 少年は慇懃に腰を折って説明を付け加える。
「使い? セリオット様の?」

 ロッティは息を呑み、高鳴る胸を手で押さえた。
(やっと、やっと来てくださったのね。迎えがセリオット様ではないけれど……とても嬉しい)
 ロッティが歓喜の表情を浮かべる一方でアレクは顔を顰めた。

「使いだあ? 今さらのこのこやって来て。義兄夫婦の葬儀にも来ない薄情な君主にロッティをやれるか!!」
「それならおじ様も葬儀には来ませんでしたわ!! いったい、どの口がほざいてらっしゃるの?」

 ロッティは半眼になってアレクに反論した。
 父はアレクにとって長年連れ添った義兄だ。祖父に勘当されてからも父は心配して手紙を出し、生活を支援していた。そんな支えになってくれた義兄が死んだとなれば、葬儀に現れるが筋ではないか。
 ロッティが許せないのは死を悼まずどこまでも身勝手なアレクの態度だ。

 痛いところを突かれてアレクはぐうの音もない様子でこちらを睨む。と、眉尻を下げたシエラが謝ってきた。

「その件は陛下も大変心を痛めておりました。私からお詫び申し上げます。陛下は諸事情でどうしても国を離れることができなかったのです」
「ふん、どうせ来られない間は国中の美女たちと宴でも開いてキャッキャウフフしてたんだろうよ。彼女たちと比べたら辺境田舎娘のロッティなんて興醒めする」

 ロッティはアレクを睨んだ。
 その興醒めする辺境田舎娘についさっき求婚したのはどこのどいつだとツッコんでやりたい。一番許せないのはセリオットの悪口を言ったことだ。

(竜族の習性やセリオット様のこと、何も知らないくせに……!!)
 自分のことはなんと言われようと構わない。しかし、セリオットを悪く言われるのは我慢できなかった。

 ロッティが口を開きかけると、話を聞いていたシエラが「そうですか」と平淡な声で言った。次に彼はにこにこと微笑を浮かべた。しかし、瞳はちっとも笑っていなかった。

「あなたの想像力が非常に長けていることは理解しました。陛下がこちらに来られなかった理由も分かったことですし、もう十分でしょう。どうぞお引き取りください」

 言うが早いかシエラは人差し指を立ててスッと横に動かした。
 その仕草が魔法であったと気づいたのはアレクがくるりと背を向けたからだった。

「なっ、なんだこれ? 身体が勝手に動くぞ!?」

 アレクの意思に反して身体は馬車へと乗り込んだ。ぱたんと扉がひとりでに閉まると馬車が緩やかに走り始める。
 窓を拳で叩いて怒り狂うアレクの姿が、あれよあれよという間に小さくなっていった。

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