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第02話
しおりを挟む「慈悲? あなたの花嫁になることのどこが慈悲ですの? 結局私を嫁にすることで領地も爵位も、全てを手に入れようって算段でしょう? 生憎ですけれど私には婚約者がいると再三申し上げましたわ!!」
ぴしゃりとロッティは言い放った。
ロッティには婚約者で竜族のセリオットがいる。
彼は隣国スウェルデ国の君主であり、竜の中でも最強の力を持つと言われている。
スウェルデ国は竜族が治める魔法大国で、人の姿で暮らす竜や魔法が使える人間たちが共生している。ロッティの暮らす国は小国で魔法が使える人間の数は少ない。スウェルデ国から輸入される魔具で生活水準を上げているのでかなりの恩恵を受けていた。
君主の竜は五百年ごとに交代し、人間のような世襲君主制を採用していない。要するに竜の中で最も強い者が期限付きで国を治めるのだ。因みにセリオットの治世になってまだ五十年ほどしか経っていない。
『ロッティの結婚相手は竜王のセリオット様だ。十八歳になったらセリオット様が迎えにくるからそれまでに立派な淑女になるんだよ』
物心ついた時から両親に何度もそう言い聞かせられて育ってきたロッティは、刷り込みによって他の誰かと結婚するという選択肢がまったくない。そして血は繋がっていなくとも、おじであるアレクなど論外である。
いつもは大体ここで長剣を振り回せばアレクは引き下がるのに、今日はそうもいかなかった。
アレクがロッティを憐れむような目で見つめてきたからだ。
「十八もとうに過ぎてるっていうのに。迎えにこない奴をいつまで待つ? 一度も顔を合わせたことがないそうじゃないか。おまえは騙されているぞ」
「それは……」
ロッティは言い淀む。
アレクの言うとおり、五ヶ月前に十八歳になった。誕生日を迎えた日、セリオットはおろかスウェルデ国からの使者の姿もなかった。
(でもおじ様は一つ間違えているわ。だってセリオット様とは、もう何度も会っているもの)
ロッティには誰にも明かしていない秘密がある。それは十六歳の時、自室のバルコニーでセリオットと会っていたということ。夜になるとセリオットは姿を現し、話をしにきてくれた。
彼は二十代半ばで背は高くてすらりとしている。さらさらとした青みがかった銀髪に春を思わせるような明るい緑の瞳。人間離れした顔立ちは典麗で、あまりの美しさに初めて彼を見たロッティは危うく気絶しそうになったほどだ。
君主だからと威圧的な雰囲気はなく、全てを包み込むような慈愛に満ちている。だからこそロッティはこんな平凡でなんの取り柄もない自分が彼の婚約者でいいのだろうか、と最初は不安になった。
片や小国の辺境田舎娘、片や大国の君主。到底釣り合うはずがないと一度婚約解消を持ちかけたこともある。すると、セリオットは瞳に水膜を張って泣き出しそうになった。
『竜族にとって番と出会うことは悲願だ。一生のうちに出会える確率などゼロに近い。ロッティがどうしてもというならその意思を尊重する。他の竜のように無理強いはしたくないから……』
捨てられた子犬のように哀愁漂う姿は、まだ十五歳のロッティの庇護欲さえも存分にかき立てた。
当時は竜族の番の習性について中途半端な知識を持っていたため、彼の決断がどれだけ重く、自分のためを想っての発言だったのかは後から知った。
通常、竜族は番に執着する。もともと固体数が少なく番と出会える確率も低いので一生のうちに出会えたとなると雄はすぐにでも求愛するのだという。中には強引に連れ去ったり、逃げられないように閉じ込めたりととんでもない輩もいるらしい。
しかし、セリオットはどこまでも紳士的だ。番だと分かっても連れ去ることはせず、家族とも過ごせるように成人するまで待ってくれている。
不実な態度を取ってセリオットを悲しませたと分かったロッティは何度も謝った。自分の覚悟が足りないことにも気づき、番として相応しい人間になろうと決めてからは彼に教えを請い、スウェルデ国の文化や風習など必要な知識を教わった。
そんな日々が続いたある日、セリオットが少し申し訳なさそうに、けれど真剣な面持ちで話を切り出した。
『明日から誕生日まで会いに来られなくなる。でも、ロッティが十八歳になったら必ず迎えにくる。それまで毎日あなたを想って手紙を出すから……だから誰のものにならないで』
セリオットは悲痛を帯びた声で言うと、ロッティの両手を握り締める。
ロッティも堪らず彼の手を握り返した。
『誰のものにもなりません。待っています。セリオット様が迎えに来てくださるのをずっと――』
十八歳の誕生日まで会えなくなるのは寂しかった。
しかし彼はスウェルデ国の君主。忙しい中今まで時間を作ってきてくれていただろうし、これ以上仕事に支障が出ては申し訳ない。ロッティは寂しさを心の奥へ押し込んで、笑顔でセリオットを送り出した。
それからずっと彼が迎えに来るのを待ち続けている。
手紙は約束通り毎日欠かさず送られてきた。けれど、ある時を境にぱたりとやんでしまっている。
(……手紙も来なくなって、そのまま誕生日が過ぎてしまった。でも、約束したもの)
ロッティは無意識のうちに嘆息を漏らした。それを見逃さなかったアレクがすかさずつつく。
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