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09話
しおりを挟む殿下と話し終えた後、私は急いで旦那さまのいる部屋へ案内してもらいました。足を踏み入れると、ベッドの上で横になっている旦那さまの姿があります。治癒魔法で傷は癒え、あとは体力が回復するのを待つだけのようです。
私はベッドに駆け寄ると、そのまま旦那さまの胸の中に飛び込みました。
いつもはこんな大胆な行動なんて恥ずかしくて取りません。でも、こうでもしないと旦那さまはまた私を遠ざけます。
案の定、旦那さまは私の行動に動揺して、目を白黒させていました。
「シェリっ……姫様!? いけません。すぐに俺から離れてください。こんなところを殿下に見られでもしたらっ!」
私は旦那さまの身体にしがみつき、嫌だという意志を込めて首を横に振りました。
エリクシスさま、と私は唇を動かして旦那さまの名前を呼びます。彼は私の唇の動きに反応して「はい!」と短く答えます。
私は彼をじっと見つめて、さらに唇を動かしました。
『エリクシスさま。私はあなたが好き。――大好きです』
旦那さまは今までにないくらい動揺して、耳の先まで真っ赤になっています。
殿下は私に秘密を教えてくれました。旦那さまは、私が言葉を話せなくなった日から読唇術を身につけた、と。
ずっと私の言葉は旦那さまには届かないと、勝手に思いこんでいました。だから彼の前ではほとんど口を開きませんでした。が、そうではなかったのです。これは私の過ちです。声がでなくても心の声を口にしていれば、きっと旦那さまとこじれることはなかったのです。
旦那さまは耐えられなくなったように顔を伏せると、頭を抱えます。
「シェリエーナ姫……どうして。俺は、あなたの幸せを望んでいるんです。ただそれだけなんです」
『その幸せにあなたが含まれていないのは私にとって不幸です。私はあなたの側にいたいです。主従関係でもかりそめでもない、本物の夫婦として私はあなたの側にいたいです』
「そん、な! 俺はもう殿下と約束をしたんです」
『エリクシスさま』
私は彼の目をまっすぐに見つめて、殿下と二人で決めたことを話します。
『救世主はあなただけじゃない。私もこの国の救世主で、そして私はあなたの主です。殿下には私のお願いを聞き入れていただきました』
「まさか……」
旦那さまは私の意図に気づいて目を見開き、息を呑みました。やがて泣き出しそうな顔を手で覆います。
殿下にお願いを聞き入れてもらった瞬間から、私はもうシェリエーナ姫ではありません。ただのシェリルです。あなたが浚ったのはただの女の子ですよ、旦那さま。
「そんなのずるい」と涙を流して反論する旦那さまの頬を、私は両手で優しく包み込みます。
そして私は幸せに満ちた表情で、旦那さまの「ずるい」という言葉を塞ぎました。
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