ジャック・イン・東京

文月獅狼

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第二十三話 角待ちエルボ

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「いっけな~い遅刻遅刻~、ってやってる場合か」

 現在僕はパンを口にくわえながら学校に走るという漫画みたいなことをしている。しかし僕の知ってるのはたいてい女の子なんだよな。あとくわえるパンは焦げてないんだよな。
 パンを半分ほど食べたころ、十字路に差し掛かった。現在時刻と残り何分しか残っていないかを確認するため左腕を上げて腕時計を見ながら走っていると左側から人影が現れた。
 急ブレーキをかけようとしたが間に合わず、反射で目を閉じてしまい、そのまま人影と衝突——

「きゃっ!」

 ……おや?思ったより衝撃が小さいぞ?
 目を開けるとそこには尻もちをついてこれまた漫画のように目を×印にしている花美がいた。一方自分はというと、顔を両腕でガードした状態で立っている。どういうことだ?

「いたた。鼻折れたかも」

 風邪気味の時のような声で花美はそう言って鼻を抑えながら立ち上がり始めた。
 尻もちをついたのだから痛いのはお尻ではないか?
 ぶつかった時の姿勢で固まったままそんな疑問を抱えていると花美はなおも鼻を抑えながら完全に立ち上がった。そして謎は解けた。
 
「あれ?霧崎君じゃん。珍しいね、こんな時間にこの道にいるなんて。いつもはもっと早いのに。ていうかなんで肘なんて上げたまま走ってたの?はじめから私にエルボを食らわせようと思ってたの?」

 彼女の鼻の位置がちょうど自分の左腕の肘の位置と一致する。彼女の言った通り、僕は図らずも彼女にエルボを食らわせてしまったようだ。時間を確認するために腕を上げたまま走っていたため彼女の鼻と僕の肘が衝突したらしい。

「ごへん。きひをなぐほうほおほっへはわへひゃないんは」

「なんて?」

 こんな状況なのにまだ僕の口の中に苦いものが残っている。ぶつかったんだから衝撃で落ちるものではないのか?
 口から残り半分のトーストを引き抜き、さっき言ったことをもう一度口にする。

「ごめん。君を殴ろうと思ってたわけじゃないんだ。時計を見ながら走ってたんだよ」

「そういうこと。それなら仕方ないね。ていうかなんでパン食べてたの?」

「朝ごはん間に合わなくて」

「起きるの遅かったの?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

 たった今自分の行為で花美の鼻を痛めたのに僕はまた時計を見た。さっきはちゃんと見れなかった。
 午前八時十五分。走ったらあと八分くらいか。

「速く行かないと」

「この時間ならそんなに急がなくてもよくない?」

「……いつもこの時間なの?」

「そうだよ」

「……」

 まあ遅刻しないだけまだマシなのだろう。そう思い、花美の言うことを信じて歩き始めた。




 

 その結果がこれである。現在僕たちは閉ざされた門を呆然と見ている。いや、呆然としているのは僕だけだ。花美は頭の後ろに手を置いてあちゃ~という顔をしている。

「門閉まっちゃってるね」

「……もしかしてこうなること知ってた?」

「もしかしたらとは思ってた」

 まあ今回は自分にも非はある。いつもならおそらく間に合っていたのだろう、ぎりぎり。しかし僕とぶつかったことによって間に合わなかった。
 こう考えたら全面的に自分が悪いような気がしてきた。

「とりあえずチャイムならそうか」

「そうだね」

 花美が門の隣についている灰色の四角い物体の中の丸いものに触れる。たちまちピンポーンと、普段なら少しわくわくする音、しかし今の僕には絶望の音が鳴り響く。
 数秒間の沈黙。

「はい?」

 こもった声がインターホンから聞こえた。

「おはようございます。遅刻してしまった空島花美と霧崎満月です」

「花美ちゃん?最近はなくなったと思ってたのにまたやっちゃったの?ところで今日は初めて聞く名前があるはね」

「彼は初めてです」

「そう。とりあえずこれから行くから待ってて」

「ありがとうございます」

 プツンという音が鳴ると花美はインターホンから離れた。その彼女を僕は冷ややかな目で見つめる。

「何?」

「……前にも遅刻してたの?」

「うん」

 ……もしかして僕はとんでもない不良に恋をしてしまったのではないか?
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