ジャック・イン・東京

文月獅狼

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第十八話 コーヒーをプレゼント

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 廊下に出ると、コーヒー片手にこっちに歩いてくる銀髪の男性が目に入った。被害者の唯一の家族である兄の霧崎朧夜だ。彼は私に気づくと、さっきまで暗い顔をしていたのに無理に笑顔を作ってみせた。

「もう終わったんですか?」

「ああ、今終わったよ。君の言った通り何も覚えてないそうだ」

「そうですか」

「けど私は彼が何か隠しているように思う」

「それはなぜですか?」

 私は腰に手をあて、不審に思う点を指摘した。

「彼は何も覚えてないと言ったんだ。一見変なことはないように思えるが、この言葉にはおかしいところがあるんだ。何かわかるかい?」

 そう言うと、「彼は何が変なんだ?」とでも言いたそうな顔を右に傾けた。刑事ドラマでも見ていたらすぐに気づきそうなものだが、どうやら彼はそういうのには興味がないようだ。個人の好みにとやかく言うつもりはないが、少し寂しくなる。

「わからないようだから答えを言うぞ。彼は知らないと言ったのではなく、覚えてないと言ったんだ。頭を殴られたなら覚えてなくても不思議はないが、彼が殴られたのはお腹だ。今までいろんな事件にかかわってきたけどお腹を殴られて記憶をなくしたという被害者には、私の記憶が正しければ一度もあったことはない。まあ殴られて倒れたときの衝撃で記憶をなくしたなら話は別だが」

 「へぇ~、そんなものなのか。やっぱ刑事ってすごいなぁ」とでも思っているのだろうか、彼は目を輝かせて私のほうを見てくる。悪い気はしないが、残念ながらこのくらいのことはすぐに気づいてもいいのではないかという思いがどうしても出てくる。この子は天然なのだろうか?それともただ単純におバカちゃんなだけなのだろうか?

「そういうことだから私はまた彼に話を聞きに来るよ。明日にでも家にお邪魔しても大丈夫かな?」

「全然大丈夫ですよ。少し散らかってますが明日までに整理できるでしょうから」

「そう。部屋が汚いのなんて慣れてるからな」

「あ~なるほど。やっぱり刑事さんだからゴミ屋敷の中の犯人を引っ張り出すとかするんですか?」

「ま、まあそんなところだ」

 私は目をそらし、引きつった笑いを見せながら言った。そうじゃないんだよなぁ。私の家が散らかってるっていう意味だったんだけどなぁ。でもそんなことは口が裂けても言えない。ゴミ屋敷とまではいかないが、私が彼の考える犯人像の家のようなところに住んでるなんて絶対に言えない。いや言いたくない。ていうか彼はそんな犯人の姿をどこで知ったんだ?刑事ドラマとかやっぱり見てるのか?

「まあ弟を殴った犯人の逮捕、よろしくお願いします」

「もちろん。進展があったら教えるよ」

「ありがとうございます」

 正直こんな事件は他の人に任せてあの連続殺人のほうを進めたいんだけどなぁ。でもそういうわけにもいかないんだよね。

「……そういえば最近ニュースになってる連続殺人のほうはどんな感じなんですか?同じ東京にあんな人がいるなんて考えたら怖くて」

 ……この人もしかして私の頭の中を読めるのか?
まあそんなわけないよな。彼の弟もあの事件は気にしていたからな。やっぱり兄弟なんだなぁ。同じことを話題に持ってくる。私にも兄弟がいたらなぁ。

「君の弟も同じことを訊いてきたよ」

「そうなんですか?どうしてだろう?」

「君の兄弟だからじゃないのかい?」

「なるほど~」

「で、さっきの答えだけど、外部に情報を漏らすわけにはいかないんだ。市民を安心させたいという気持ちもあるんだけどこればっかりはな」

「そうですか……」

「でもこれだけは言える。必ず犯人を捕まえ、それ相応の罰を与えてみせる!」

 これは自分に対しての言葉でもあった。今以上に気を引き締めて捜査をしなければいけないという意味の。
 ガッツポーズのように腕を立てながらそう言いって決意を新たにすると、朧夜は手に持っていたコーヒーを差し出してきた。

「どうぞ。ミルク一つに角砂糖二つ入ってます。自分で飲もうかと思ってましたがあなたを見ているとあげたくなりました。まだ口をつけてないので大丈夫ですよ」

「……いいのか?

「もちろん。犯人逮捕、頑張ってください。応援してます」

「……じゃあ遠慮なく。ありがとう。それじゃあ今日はこれで。また明日」

「はい。ありがとうございました。また明日」

 そう言って手を振ると、一刻も早く犯人を逮捕するために早歩きになりながら駐車場へ向かった。
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