ジャック・イン・東京

文月獅狼

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第十三話 父と母

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 兄貴が行ってからはこれと言って特別なことは何もなかった。
 まず昼食をとった。今日の昼食はサンドイッチだった。正直僕は休日のお昼にご飯を食べるのは少し苦手で、今日みたいにパンだとありがたい。サンドイッチの中身は卵、ハム、レタスなどなどだった。
 その後は宅配便が来たが、あったことはそれくらいだった。宅配便はおばあちゃんからだった。中にはお菓子だったり服だったりが入っていた。父さんと母さんが死んでからおばあちゃんは定期的にこうやっていろいろ送ってくれるようになった。服を送ってくれるのはまれだが。
 おそらくおばあちゃんは、父母がいない僕たちが食べ物や服を買えないほどお金に困っていると思っているのだろう。前に兄貴に、「おばあちゃんに申し訳ないから大丈夫だよって伝えたほうがいいんじゃない」と言った。すると兄貴は、「認知症予防にもなるからいいんじゃない」と笑いながら言った。そんなことで認知症予防になるのだろうか。
 おばあちゃんから荷物が送られてくるたびに父さんと母さんが亡くなった時のことを思い出す。





 僕が小学二年生の冬。僕らは九州のおばあちゃんの家に行くために飛行機に乗った。なかなか休みが取れずに旅行に連れていけなくてすまんといつも言っていた父さんが行こうと言い出した時はとてもうれしかった。おばあちゃんの家は田舎のほうにあるから山、川、広い公園などの遊べるところがたくさんある。遊び盛りだった僕は何をして遊ぶかを考えて心をときめかせていた。今になって考えたら冬だったから外では遊べなかったかも。
僕は冬休み序盤だったから飛行機の中で宿題を全部終わらせようと意気込んでいた。あの頃は宿題は嫌じゃなかった。むしろ楽しかった。
 飛行機は離陸したときは机を出してはいけない。だから僕は机を出してもいいようになるまで待った。離陸から2、3分後、許可が出た。僕はカバンから宿題を取り出し、黙々とやり始めた。
十分ほどたったころ、事故は起きた。
 右側から振動が伝わり、飛行機が揺れ始めた。何事かと思ったとき、客室乗務員が言った。

「緊急事態が発生しました。不時着します。頭をかがめてください」

 その言葉と同時に上から酸素を供給するものが下りてきた。母さんが僕に、父さんが兄貴にそれをつけていると……。
 目の前が一瞬真白になり、すぐに真逆の真黒になった。
 どのくらい黒いままだっただろうか。下のほうから次第に色が戻ってきた。すべてに色が戻った時、僕が初めに見たのは血だらけの母さんだった。口にはおりてきた物体がついていなかった。そして目の前には母さん。母さんは最後の最後に自分を守るために僕を抱いたらしい。
 子供の僕でさえ死んでいることが分かった。しかしそれを認めたくなくて僕は母さんの体を揺さぶり、「母さん!」と呼び続けた。
しばらくそれを続けていると肩に何かが触れた。僕が振り返ると、そこには兄貴がいた。触れたものは兄貴の手だった。
 兄貴も無傷ではなかった。しかし軽傷ばかりだった。
  
「悲しいけど、二人はもう死んじゃったんだよ」

 兄貴はそう口にした。現実を突きつけられた僕は泣き出してしまった。兄貴はそんな僕を優しく抱き寄せた。





 後から聞いたことなのだが、父さんも兄貴に母さんと同じことをしたらしい。だから軽傷ばかりだったのだ。
 もしかしたらおばあちゃんは自分のせいで二人が死んだと思っているのかもしれない。
 これも後から聞いたことである。
 当時おばあちゃんは階段を踏み外してしまい、落ちてしまったという連絡を父さんはおじいちゃんから受けたらしい。当時はおじいちゃんはまだ生きていた。それで父さんは心配になり、無理に連休を取って九州に行こうとしたらしい。兄貴はそれを聞いていた。しかし僕は聞いていなかった。たぶんおばあちゃんの家に行くということだけが頭に残っていたのだろう。
 だから罪滅ぼしとしておばあちゃんはこうやって物資を送ってくれているのかもしれない。やはりおばあちゃんと話したほうがいいのかも。
 そう思いながら中のものを出していると一通の手紙が入っていた。中を見てみると丁寧な字でこう書いてあった。

朧夜くん、満月くん、元気にしてますか。私は元気です。今回は服も入れといたからぜひ着てみてください。
突然で申し訳ないけど、近々二人のいとこの美由ちゃんがそっちに行くかもしれません。本当に申し訳ないけどお世話してあげてください。お礼はいつか必ず致します。
                             美由の母、沙苗より

「……ま?」
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