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■第三章 山水は流れず

第一話 絵心

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 ここは離宮と呼ばれる女達の園。
 男は立ち入ることを禁じられ、自由に出入りできるのは皇帝ただ一人――。
 
 柱に金銀の装飾を惜しみなく施した絢爛華麗な御殿は、水晶や黄玉で美しく光輝き、眺めているだけで心を奪われる。
 円卓では西方から仕入れたという香り豊かな紅茶に、モチモチした甘くて白い大福をお茶請けにして、私は賢妃様のお茶会に今日もお呼ばれしていた。

「あの時の芙蓉ふようの顔ったら無かったわね! フフ、顔を真っ青にして、唇をふるふるさせて目をまん丸にしてたわよ」

 春菊がしてやったりの顔でこの間の騒動のことを楽しそうに話す。あれから彼女は妙に私に親切になり、どうやら芙蓉の敵となった私を、生意気な新人から盟友へと格上げしてくれたらしい。

 芙蓉は私の大事なペンを奪おうとした相手なので、それなりの報いは受けてもらわないと困る。が、この世界では地位が上の相手と争うのは極めて危険である。だから、私としてはできれば事をこれ以上は荒立てたくないのだが……。

「ふふ、そうね。ところで玲鈴レイリン、今日はあなたに良いお話があるの」

 賢妃様が紅茶のカップを置くと、そんな話を切り出した。
 
「良いお話ですか?」
  
「ええ。あなたの描く絵ってとっても可愛らしくて独特でしょう? それに才能もあると思うの。だから、私から聖人先生にもお話しして、異例のことではあるけれど、あなたを他の才女とともに絵画の修練に参加できるよう、手配していただいたのよ」

 マンガ絵を褒められるのは嬉しいけれど、聖人先生って私が不審者扱いしたお爺さんのことだろう。私を見るなり機嫌悪そうだったし、本当なのかしら。
 
「わぁ、凄いじゃない! 良かったわね、玲鈴! 聖人先生のご指導を受けられるのはほんの一握りの才女だけよ。ましてや草色の側女そばめの身分で教わるなんて聞いたことがないわ」

「はぁ」

「あら、気が進まなかったかしら?」

「ちょっと、玲鈴、賢妃様にお礼を言いなさいよ」

「ああ、ありがとうございます。いえ、私の身分では恐れ多いことですし、また嫉妬で嫌がらせされても面倒かなと……」

 元はと言えば芙蓉が私に嫌がらせしてきたのは、賢妃様の似顔絵の件が彼女の耳に入ったからだという。

「あー……」

「大丈夫、それも考えてのことよ、玲鈴。彼女もあなたの実力を目の当たりにすれば、きっと納得することでしょう。それに、同じ師に付いて机を並べて学べば、仲良くなれるかもしれないわ」

「えぇ? 無理無理、絶対無理! 賢妃様、あの芙蓉はそんなタマじゃないですから」

 春菊が手を素早く振って否定するが。
 
「そう言わずに、試してごらんなさい。それでダメなら無理にとは言わないわ。ただ、玲鈴の絵の才能をこのまま埋もれさせておくにはもったいないじゃない」

「そうですね。掃除だけやらせる側女より、この子には絵を描かせておいたほうがいいかも」

 ふむ……おお! 聖人先生の授業を受ければ、私は掃除しなくていいのか!

「オホン、気が変わりました。そのお話、謹んでお受けします!」

「ふふ、やる気になってくれたようで嬉しいわ。では、さっそく明日からあなたは絵画教室に参加してね。春菊、あなたが色々と面倒を見てあげなさい」

「はい、賢妃様、お任せ下さい」



「へぇ、聖人先生の絵画教室かぁ。凄いね、玲鈴ちゃん」

 宿舎でその話をすると、パンダ頭のリリちゃんが目をキラキラさせて自分のことのように喜んでくれた。
 
「羨ましいわ。でも、玲鈴、あなた、いったいどこで絵を習ったの?」

 相部屋の子が聞いてくる。
 
「んー、まぁ、ほとんど独学、かな?」

 学校で美術の授業は受けたけれど、あまりマンガの役に立った覚えは無い。
 マンガ絵はマンガこそが教科書である。
 この子達にも、尊い百合漫画を布教してあげたいなぁ。
 
「ふん、いい気になってるのも今のうちだけよ。学もない農村の出の子が、才女様に交じってやれるわけないわ」

 もう一人の子は何が気に入らないのか、そんなことを言う。
 
「でも、玲鈴ちゃんは才女様のお茶会に呼ばれたり、賢妃様にもお会いして、褒美をもらうほど褒められてるんだよ? できると思うけどなぁ」

「無理よ。無理」

「できるもん!」

 言い争いが勃発してしまったので、苦笑してなだめる。

「まぁまぁ、二人とも、それはやってみれば分かるから」

 とにかく私としては掃除したくないだけ。働きたくないでござるよ。
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