ソメイヨシノなあなたを愛してる

赤山 弾

文字の大きさ
上 下
15 / 23
第2話

*桜木はるの回想2*

しおりを挟む

 先生との特訓の後、すぐに受験はやってきた。
 そして、合格発表の日も…。

 結論から発表する。

 僕は不合格だった!


 と思ったら、繰り上げ合格になった。

 AO入試でもそんなことあるんだ…。
 私立だからかなぁ。

 実は、不合格になってからも「まだなんか事件が起こって合格になれ!」って念じてた。
 先生の言ってた、メンタルってやつ。
 合格発表後に不合格って書いてあっても落ち込まずに「一般入試じゃ無理なんで、AOで繰り上げ合格する」って念じてた。


 それで、本当に合格しちゃったわけだ。

 自分でも笑っちゃうよ。

 先生に「繰り上げ合格しました!」って報告した。

「そんなの嘘ね。」と先生は僕を信じていなかったみたいだけど、事実だ。

 合格が嬉しくて有頂天の僕は、すぐに理科教員室に向かって、先生に大声で合格の自慢をしたのだった。


「先生。僕、大学合格したんでご褒美もらってもいいですか?」

「ご褒美?まぁ、考えてやらなくもないけど、今すぐは無理よ。一般入試が終わるまで忙しいの。」

 確かに、僕は暇になるけど、これから先生は忙しくなると思う。
 ちょっと寂しいものの、ここは、面倒な子どもだと思われたくないので潔く引くことにした。

「別にいつでもいいんで、お願いします!」



 珍しく、理科教員室に先生1人しかいなかったので本当はこの場に入り浸りたかったのだけれど、先生の周りにはあらゆる書類と荷物が散乱していた。

 多分、相当忙しいのだと思う。

 ちょっと先生、ドライ対応だったし。

 僕は、放課後で人がいない生物室に向かった。

 教室の1番後ろの席に座る。

 今はともかく喜びが大きく、踊り出したい気分である。
 その一方で、大きな不安もある。

 例えば、先生との関係について。

 卒業まで残り何日あるのだろう?
 先生と、学校で会えるのは後何日くらいかな?
 卒業して会えなくなった、僕たちの関係はどうなるのだろうか。



 嬉しさが今は大きいものの、先々のことを考えると、不安になる。
 このままでいたい。

 けれど、時間は止めることができない。

(もう、このままの暮らしのままでいいのに…)

 今まで、特に先生のことを好きになってからは早く卒業したくて、大人になりたくて堪らなかった。だから、時間が早く進めばいいと思っていた。
 それなのに、今は時間が止まって欲しいと思っている。

(僕ってわがままだな…)

 まだ、離れ離れになると決まったわけじゃないのに、先生との別れの事を考えて涙が一粒だけ溢れる。

 センチメンタルな気持ちのまま、僕は生物室に居るともっとセンチメンタルになった。
 だって、ここは、先生とたくさんの時間を過ごした場所だから。

 この場所で、僕は先生を好きになったんだと思う。

 先生とまだ付き合う前のことを、今になってから思い返すと恥ずかしいな。

 一生懸命に、先生に好きアピールをしてた。ちょっと女々しかったかなぁ。
 けれど、先生は僕より想いにこたえてくれた。



 今も充分に子供だけれど、その頃は今よりももっと子供だった。





「だいすき…。」



 呟いてみる。

 誰もいない教室に、僕の小さい声が反響した。


 外は生徒達の声で賑やかだ。

 ただ、この生物室だけが静まり返っている。






「なんか言った?」



「うわぁぁぁっ!」

 突然の声に僕は驚く。

「なんか声が聞こえたんだけど。」

 先生が、教室のドアの隙間からひょっこり顔を覗かせて僕を見ている。


「な、何も言ってないです!」

 本当は言ったけど、僕はシラを切ることにした。なぜなら、恥ずかしいから。


「大好きとかなんとか言ってたよね?」


「聞こえてたんですか…。」

 ちゃんと聞かれていたのか…。

「はい…。言いましたよ。」

「ふーん。」

「興味ないなら聞かないでください。」

「あるよ、もちろん。だって君、目が腫れているし。気になるに決まってるわ。」

 さっきちょっと泣いちゃったから目が腫れていたのかもしれない。

「ちょっと感傷に浸ってたんです。」

「君もそんなことするの?意外すぎるわ。」

「失礼ですね。僕だっておセンチな気分の日もあります!」

「んで、誰のことが好きなわけ?」

 そんなの決まってる…。

 先生は、目をキラキラさせながら僕を見てくる。


「ほら、言ってみてごらん。誰のことかなぁ?」

 先生は、僕を見てニヤニヤしながら生物室に入って来た。

(もう逃げられない…。)

「先生ですよ…。」

 僕が観念して答えると、先生はパッと笑顔になった。
 とても可愛らしいと思った。
 先生はいつもちょっとドライでクールな事が多いから。

「あら、どうも。それで、泣いてたのは?」


 僕は知っている。先生はちょっとしつこい。
 多分、僕が泣いていた理由を知りたがるはず。


「先生とずっと一緒にいたいんです。でも、卒業したら一緒に居られなくなるかもしれないです。端的に言えば、それが不安です。」

「誰も離れるなんて言ってないよね?」

「はい…。でも、不安なんです。先生は忙しいし。何より僕は子供だから。」

「そんな事で泣いたの?本当に子供ね。」

 先生は呆れたように言った。

「大丈夫よ…。」

 先生は、僕が座っている席の前に座って僕の方を向いた。

「絶対に離れないですか?一緒にいられますか?」

「もちろん。」

 微笑む先生が、僕の頭に手を伸ばす。
 優しく頭を撫でてくれる。





「大丈夫。私も君の事が好きだから。」


 先生は、僕にだけ聞こえる小さな声でつぶやいた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

元妻

Rollman
恋愛
元妻との画像が見つかり、そして元妻とまた出会うことに。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

夫から「用済み」と言われ追い出されましたけれども

神々廻
恋愛
2人でいつも通り朝食をとっていたら、「お前はもう用済みだ。門の前に最低限の荷物をまとめさせた。朝食をとったら出ていけ」 と言われてしまいました。夫とは恋愛結婚だと思っていたのですが違ったようです。 大人しく出ていきますが、後悔しないで下さいね。 文字数が少ないのでサクッと読めます。お気に入り登録、コメントください!

処理中です...