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第1話
再会を願う花─3
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「桜花、なの……?」
僅かに震える口から出た言葉は、当然震えていた。
襟付きの白い花柄の長袖ワンピース。
襟元を通すようにして、桜の花びらの形をした桜色のペンダントをつけている。
黒い細紐のポシェットを左肩から斜めにかけ、靴は白のスニーカーを履いていた。
かわいらしい顔つきと服装も相まって、幼さを感じさせ、昔ここで見た少女と姿が重なる。
長い黒髪の先端を指でくるくると巻いて、照れ隠しをする懐かしいしぐさに、僕の胸が熱くなるのを感じる。
「うん。久しぶり……はる君。またこうして会えるなんて、夢みたい……」
彼女の大きな瞳から、一滴の涙がこぼれ、桜色の頬を伝う。
その姿を見て、泣く術を失くしていた僕の涙腺ビーカーは割れ、生暖かい雫が次々と流れていく。
「夢じゃ……ないよな」
これは、動揺している自分に投げかけた言葉だった。
夢と現実の境目がわからなくなり、自分の頬をつねってみたけれど、思いのほか力が入ってしまい、「ひてっ」と、間抜けな小さな声を上げた。
泣きながら頬をつねる今の僕の姿は、何とも滑稽だったことだろう。
それを見て、彼女は潤んだ瞳を大きくして、自分の頬をつねり、「痛いから夢じゃないね」と、無邪気な笑顔で笑った。
その笑顔は、何度も繰り返し思い出してきた記憶の中にあったもので、改めて桜花に再会したのだと、強く実感する。
本当に、桜花と……会えたんだ……
この10年間、この日が来るのをずっと待っていた──いや、内心ではもう諦めていたことだった。
でも、確かに今、再会を約束した人が僕の目の前にいる。
彼女は鞄から、青色のハンカチを取り出し、涙を拭う。
僕もズボンの右ポケットからネイビーのハンカチを取り出し、涙を拭った。
しばらく沈黙の時間が流れ、その間、僕の頭の中では、嬉しさと驚きに感情が激しく揺れ動いていた。
この日が来た時のために、脳内で何度も重ねてきた会話シミュレーションが功を奏することはなく、何を話せばいいかわからない状態だ。
正直、動揺を隠すのが、精一杯。
そんな格好の悪い僕を心の中で、激しく責めるよりも先に、彼女が口を開く。
「ずっと……会いたいって思ってた。それなのに、私……。本当にごめんなさい……」
下げる必要のない頭を、彼女は深々と下げる。
僕の耳に届いた桜花の声は、緊張した時に出るような、震えを混ぜたものだった。
「え? ああ、い、いや、そんな。顔を上げてよ。そ、そもそも、じゅ、10年も前の話なんだから、無理ないしさ」
ゆっくりと顔を上げた彼女のしおらしい様子を見て、少しでも桜花が自分を責めなくて良いように、僕は作り笑顔を浮かべる。
面接や接客、これまでの人生で身に着け、洗練されてできた作り笑顔は、自負するほどに、自然さを偽装できる。
しかし、桜花は首を横に数回振る。
「忘れてたわけじゃないの。本当、だよ? ずっと……覚えてた。はる君とした大事な約束のこと」
桜花は右手の小指を握り、言葉を続ける。
「忘れられるわけ、ない。私にとって、はる君と過ごした時間は、とても大切な思い出だったから」
言葉だけを受け取ったのなら、僕はどれだけ嬉しかったことだろう。
いつか下を向きたくなった日が来た時に、僕を奮い立たせてくれるほどの、励みの言葉になるのだと思う。
だって、彼女と過ごした時間は僕にとっても、大切だったから。
けれど、徐々に曇りを増していく彼女の表情に、僕は素直に喜ぶことができなかった。
彼女は自分の後ろにある桜の木を一瞥して、切なさを詰め込んだような瞳で僕の目を見る。
「はる君……私、ね。本当は……」
段々と小さくなって行く彼女の声は今にも消えてしまいそうだった。僕は胸が締め付けられる感覚がして、唾を飲むと、喉元が小さく音を立て、少量の痛みを僕に与えた。
「私、ね……」
このまま黙っていれば、彼女はきっと僕には言いたくないことを伝えてくれるのだろうと思う。
できることなら、その言おうとしてくれていることを知りたいし、その気持ちを消すことはできない。
けれど、彼女の切なさを感じさせる表情が、瞳が、普段の僕なら絶対にしない行動をさせた。
「あ。たこ焼き」
「え?」
僕の何の脈絡もない突然の発言に、彼女は驚いた様子だ。
それもそのはずだ。
これは、彼女の言葉を遮るために、言ったものだから。
「た、たこ焼き、あるんだけどさ。もしよかったら、一緒に食べる?」
僕が行ったことは、彼女の覚悟を無下にする最低の行為だ。
僕の中で人の話を遮るという行為は、できることならしたくなかった。
なんとなく、会話とは呼べない気がするから。
率先してする人はそういないとは思うが、端から話を聞く気がない人や、話を予測して、最後まで話を聞かずに言葉を遮ってしまう人は、多少なりとも存在する。
そんな人たちに対して、僕は苦手意識を持っている。
けれど、伝える側に問題がある場合もあるため、非難する気はない。
話をするという行為には、頭の中で考えていることを取捨選択して、それを言葉にする工程や、人に話かけるという過程がある。
そうして選び抜かれ、口から発せられた言葉や声音。
その時の表情やしぐさから、言葉では表せなかった部分の感情が、伝わって来ることだってある。
それを遮るということは、その人の勇気や気持ちまでを無視する行為だと、僕は思う。
効率と感情の両立は、いつだって難しい。
けれど、ぞんざいな扱いをすることは、いつだって簡単だ。
「う、うん! いただいてもいいの?」
桜花の表情にまだ曇りは残っているけれど、笑顔が戻り、少し安心する。
それとともに、今度は僕の顔が曇りそうで、より一層、作り笑いを意識した。
「もちろんだよ。冷めないうちに食べないと、せっかく作ってくれたおじさんに、申し訳ないしさ」
そんなことでは、きっとおじさんは怒らないとは思うけれど、できれば温かいうちに食べたいというのは、本音だ。
去年までは、昼の時間になったら、たこ焼きを食べていた。
思い返してみると、温かい状態で食べるのは、初めて買った時以来だった。
心の中でおじさんに謝罪をし、ベンチの右端に置いていた、たこ焼きが入った袋を、真ん中辺りに移動させる。
「おじさんって、あの時はる君が話してた、たこ焼き屋さんの?」
「う、うん。よく覚えてるね」
彼女と僕がここで会った時も、おじさんのところで買った、たこ焼きを一緒に食べた。
その時、おじさんの話を少ししたけれど、まさかそれを覚えていたとは……素直に驚いてしまって、声がいつもより大きくなってしまった。
「凄く良い人でさ、毎年ここに来る前に寄ってるんだ」
再び桜花の表情を曇らせるわけにはいかないので、僕は言葉を続ける。
「あ。飲み物。ごめん、僕の分しか買ってなくて。すぐそこに自販があるから、買ってくるよ。お茶で平気かな?」
僕は北方向を指さして、言った。
「う、ううん! 大丈夫! 私、買ってくる!」
顔と手を横に振りながら、彼女は言った。
「え、でも……」という僕の言葉が、まるでスタートの合図だったかのように、彼女は「すぐ買ってくる~」と、走り出した。
「は、速い……」
風?
いや、流れ星かな?
それぐらい一瞬で、彼女が消えたように感じた。
ここで会って、大広場自然公園で遊んだ時も、桜花の運動神経は良かった記憶はあるけれど、まさかこれほどとは。
もしかすると、彼女はこの10年で、名の知れた陸上選手になっていたのかもしれない。
僅かに震える口から出た言葉は、当然震えていた。
襟付きの白い花柄の長袖ワンピース。
襟元を通すようにして、桜の花びらの形をした桜色のペンダントをつけている。
黒い細紐のポシェットを左肩から斜めにかけ、靴は白のスニーカーを履いていた。
かわいらしい顔つきと服装も相まって、幼さを感じさせ、昔ここで見た少女と姿が重なる。
長い黒髪の先端を指でくるくると巻いて、照れ隠しをする懐かしいしぐさに、僕の胸が熱くなるのを感じる。
「うん。久しぶり……はる君。またこうして会えるなんて、夢みたい……」
彼女の大きな瞳から、一滴の涙がこぼれ、桜色の頬を伝う。
その姿を見て、泣く術を失くしていた僕の涙腺ビーカーは割れ、生暖かい雫が次々と流れていく。
「夢じゃ……ないよな」
これは、動揺している自分に投げかけた言葉だった。
夢と現実の境目がわからなくなり、自分の頬をつねってみたけれど、思いのほか力が入ってしまい、「ひてっ」と、間抜けな小さな声を上げた。
泣きながら頬をつねる今の僕の姿は、何とも滑稽だったことだろう。
それを見て、彼女は潤んだ瞳を大きくして、自分の頬をつねり、「痛いから夢じゃないね」と、無邪気な笑顔で笑った。
その笑顔は、何度も繰り返し思い出してきた記憶の中にあったもので、改めて桜花に再会したのだと、強く実感する。
本当に、桜花と……会えたんだ……
この10年間、この日が来るのをずっと待っていた──いや、内心ではもう諦めていたことだった。
でも、確かに今、再会を約束した人が僕の目の前にいる。
彼女は鞄から、青色のハンカチを取り出し、涙を拭う。
僕もズボンの右ポケットからネイビーのハンカチを取り出し、涙を拭った。
しばらく沈黙の時間が流れ、その間、僕の頭の中では、嬉しさと驚きに感情が激しく揺れ動いていた。
この日が来た時のために、脳内で何度も重ねてきた会話シミュレーションが功を奏することはなく、何を話せばいいかわからない状態だ。
正直、動揺を隠すのが、精一杯。
そんな格好の悪い僕を心の中で、激しく責めるよりも先に、彼女が口を開く。
「ずっと……会いたいって思ってた。それなのに、私……。本当にごめんなさい……」
下げる必要のない頭を、彼女は深々と下げる。
僕の耳に届いた桜花の声は、緊張した時に出るような、震えを混ぜたものだった。
「え? ああ、い、いや、そんな。顔を上げてよ。そ、そもそも、じゅ、10年も前の話なんだから、無理ないしさ」
ゆっくりと顔を上げた彼女のしおらしい様子を見て、少しでも桜花が自分を責めなくて良いように、僕は作り笑顔を浮かべる。
面接や接客、これまでの人生で身に着け、洗練されてできた作り笑顔は、自負するほどに、自然さを偽装できる。
しかし、桜花は首を横に数回振る。
「忘れてたわけじゃないの。本当、だよ? ずっと……覚えてた。はる君とした大事な約束のこと」
桜花は右手の小指を握り、言葉を続ける。
「忘れられるわけ、ない。私にとって、はる君と過ごした時間は、とても大切な思い出だったから」
言葉だけを受け取ったのなら、僕はどれだけ嬉しかったことだろう。
いつか下を向きたくなった日が来た時に、僕を奮い立たせてくれるほどの、励みの言葉になるのだと思う。
だって、彼女と過ごした時間は僕にとっても、大切だったから。
けれど、徐々に曇りを増していく彼女の表情に、僕は素直に喜ぶことができなかった。
彼女は自分の後ろにある桜の木を一瞥して、切なさを詰め込んだような瞳で僕の目を見る。
「はる君……私、ね。本当は……」
段々と小さくなって行く彼女の声は今にも消えてしまいそうだった。僕は胸が締め付けられる感覚がして、唾を飲むと、喉元が小さく音を立て、少量の痛みを僕に与えた。
「私、ね……」
このまま黙っていれば、彼女はきっと僕には言いたくないことを伝えてくれるのだろうと思う。
できることなら、その言おうとしてくれていることを知りたいし、その気持ちを消すことはできない。
けれど、彼女の切なさを感じさせる表情が、瞳が、普段の僕なら絶対にしない行動をさせた。
「あ。たこ焼き」
「え?」
僕の何の脈絡もない突然の発言に、彼女は驚いた様子だ。
それもそのはずだ。
これは、彼女の言葉を遮るために、言ったものだから。
「た、たこ焼き、あるんだけどさ。もしよかったら、一緒に食べる?」
僕が行ったことは、彼女の覚悟を無下にする最低の行為だ。
僕の中で人の話を遮るという行為は、できることならしたくなかった。
なんとなく、会話とは呼べない気がするから。
率先してする人はそういないとは思うが、端から話を聞く気がない人や、話を予測して、最後まで話を聞かずに言葉を遮ってしまう人は、多少なりとも存在する。
そんな人たちに対して、僕は苦手意識を持っている。
けれど、伝える側に問題がある場合もあるため、非難する気はない。
話をするという行為には、頭の中で考えていることを取捨選択して、それを言葉にする工程や、人に話かけるという過程がある。
そうして選び抜かれ、口から発せられた言葉や声音。
その時の表情やしぐさから、言葉では表せなかった部分の感情が、伝わって来ることだってある。
それを遮るということは、その人の勇気や気持ちまでを無視する行為だと、僕は思う。
効率と感情の両立は、いつだって難しい。
けれど、ぞんざいな扱いをすることは、いつだって簡単だ。
「う、うん! いただいてもいいの?」
桜花の表情にまだ曇りは残っているけれど、笑顔が戻り、少し安心する。
それとともに、今度は僕の顔が曇りそうで、より一層、作り笑いを意識した。
「もちろんだよ。冷めないうちに食べないと、せっかく作ってくれたおじさんに、申し訳ないしさ」
そんなことでは、きっとおじさんは怒らないとは思うけれど、できれば温かいうちに食べたいというのは、本音だ。
去年までは、昼の時間になったら、たこ焼きを食べていた。
思い返してみると、温かい状態で食べるのは、初めて買った時以来だった。
心の中でおじさんに謝罪をし、ベンチの右端に置いていた、たこ焼きが入った袋を、真ん中辺りに移動させる。
「おじさんって、あの時はる君が話してた、たこ焼き屋さんの?」
「う、うん。よく覚えてるね」
彼女と僕がここで会った時も、おじさんのところで買った、たこ焼きを一緒に食べた。
その時、おじさんの話を少ししたけれど、まさかそれを覚えていたとは……素直に驚いてしまって、声がいつもより大きくなってしまった。
「凄く良い人でさ、毎年ここに来る前に寄ってるんだ」
再び桜花の表情を曇らせるわけにはいかないので、僕は言葉を続ける。
「あ。飲み物。ごめん、僕の分しか買ってなくて。すぐそこに自販があるから、買ってくるよ。お茶で平気かな?」
僕は北方向を指さして、言った。
「う、ううん! 大丈夫! 私、買ってくる!」
顔と手を横に振りながら、彼女は言った。
「え、でも……」という僕の言葉が、まるでスタートの合図だったかのように、彼女は「すぐ買ってくる~」と、走り出した。
「は、速い……」
風?
いや、流れ星かな?
それぐらい一瞬で、彼女が消えたように感じた。
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