婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~

銀灰

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【六】

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 仕切られている、隔絶されていると確かに実感できる場所のあることの、なんと素晴らしいことか――。

「安心を手にしました……」

 木々をテント状に編み組ませた簡易的な家の中、羽毛のように柔らかな若草の寝床に横たわりながら、私は体中の空気が抜けるのではないかというほど深い安堵の吐息をついて、自身の労をねぎらうような気分に浸っていました。

 やっと野宿にも僅かばかりに慣れてきたところですが――日に日に近づく己の生命限界を、首も逸らせず直視させられるような極限の日々をもう味わわなくて済むというのは、そりゃあもう素直に嬉しいことでした。

 文明的生活、バンザイ。

 それに、土地の力をちょちょいと利用し作り上げた、この柔らかく温かみもある若草のベッド。
 柔らかいものの上に横になれることに、これほどの幸福を感じるとは……。
 これから先どんな人生を送るにせよ、私はこれからの一生、安眠を可能にする柔らかなものの上で眠るたび、その幸福に心からの感謝を捧げることでしょう。

「ミハクの毛も温かいし……もう言うことないなぁ」
「食料問題も解決されましたしね。やっと、余裕が出てきました。良いことです」

 ミハクの言う通り、家の隅のほうを見れば、そこには手製の箱に詰められた食料が。
 植物ばかりですが、元々お肉をあまり食べない私にとっては、何の問題もない些細です。

「祭日に少し頂くくらいでしたが……無きゃ無いで欲も出ません」
「……本当は、それはあまり良いとは言えぬ事情なのですが……こればかりは習慣と性質の問題、仕方ありませんね」
「…………?」

 その呟きに私は首を傾げましたが――さして気に留めることもなく、すぐに忘れてしまいました。

 それからの日々は、それまでの艱難辛苦を耐える生活から一変しました。
 ――と、いうわけには、残念ながらいきませんでした……。

 何故ですかね、せっかく余裕が出てきたというのに……今まで国でやってきた勤労のような苦労苦心をなにもしないことに対して、大変な焦りを覚えてくるのですよ……。

 心を蝕む焦りです。

 いやもう国を出た身であるというのに……夢の中でせっせと勤労に苦心する様を、もう何度も見ました。
 楽しくないんですよ? 夢の中でも辛い思いをしているんです。それなのに――起きたとき、もう何もしなくていいという安心と共に、……焦りを感じる。

 そんなもの感じたって仕方ないことは分かっているんですよ。
 でも焦るんです。

 そんな日々が長く続きました。
 身体しんたいの余裕が取り戻されれば、心の余裕もまた取り戻される。そう思っていたのですが、現実はその両方が充実しなければ、平穏は訪れないようです……。

 それでも余裕ある生活を続けるうちに、少しずつ、改善の方向に変化が表れてきました。

 夢を見る頻度が少しずつ減っていき――代わりに、夢を忘れるほど安眠できる夜が増えてきた。

 匂いを確かに感じることが多くなった。
 食物の匂い、川や砂地などの景色から香る匂い。
 そのうち、何気ない空気の匂いまで情緒が揺らされるほど確かに感じるようになりました。

 そうして、身も心も充実してきた頃になると――私は自身の世界を満たす沢山のに気付くようになりました。
 十数年生きてきて今更に、何気ない日々の中に溢れた、沢山の心を揺らす情緒に気付かされたのです。
 今までも日常の傍にあったはずの、多くの感動――。

 自らの身を苛める寒さから逃れれば――雨の降る前の匂いに、濃厚な生命の息吹が宿っていることに気付き、それに涙が溢れるほどの情緒を覚えました。

 また晴れ間の日の空がこんなにも高いことにも、初めて気付いた。
 抜けるような青空という言葉の意味を全身で知り、その果てしなさに、無限の未来を見出したりしました。

 食物への感謝。
 水が流れていることへの感謝。
 その度に感じる、不思議な心持ち――。

 夜の空気のえもいわれぬ生気も、朝焼けに映し出された儚さも、日が高くに昇っている安心も――。

 全てが、私の心を満たし、蘇らせ、再構築していく。

 新しい日々。

 私の心を、真綿で首を絞めるように縛り付け、ゆっくりと死なせる――そんな類いの不安は、この生活のどこにもない。

 そのうち私はすっかり心を取り戻し――やがてその健全なる生活は、私に一つのことを悟らせるまでに、私という個の存在を立ち直らせました。

 自由ある生活で得た悟り。
 それは――。


「――今から考えればぁ、聖女として祭り上げられて責任と苦心を背負わされる生活とか、ないわぁー。よーくもまああんな生活送ってたなァ、私。今じゃ考えられない、そんなん勝手にやっててくださいって感じっていうかぁー……」


 ――だーらだらと若草の上で横になりながら、私はミハクに何の気なしな独白を愚痴りました。

「…………」

 ミハクはため息をつくと、呆れた声色を漏らしました。

「……動物の命を頂くという行為に関わらなかった結果、悪い方向へ性根がヘタりましたね……。ことわりが道を敷く継承――“命を頂く”という確かな実感があれば、そのようにはならなかったと、私は思いますが……」

 情無き理の道に、自らの情を見出すことができれば――などとぶつくさ言うミハクを無視して、白い躯体に寄りかかり、私はぼへーんとした顔で言うのでした。

「ずっとこのままの生活でいたーい」
「……まあ、貴方がそれを選ぶのであれば、それはそれで良いとは思いますけれどね」

 いいです、このままで。

 嗚呼、神様―。
 もし貴方様が私を見つめているというのなら、どうかずっとこんな感じの生活を私に約束してくださいー。

 今までずっと頑張ってきたからとか関係無しに、それが私の心からの願いなのです。
 おねがーい。

「……しかしね、せめてその、いつも口を半開きにしている表情はどうにかしませんか?」
「ほへーん」
「――まったく」

 ミハクは諦めたように息を吐くと、私と一緒にゴロンと横になり、木漏れ日のように程よく温かい安堵に目を瞑り、微睡みの表情を浮かべました。

 神様ー。
 できるだけ長く、この生活を続けさせてくさだいー。できれば一生。
 もう働きたくないですー。
 
 
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