「おまえの牙にかかるなら、本望だぜ。」

火威

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第二幕

「おまえの牙にかかるなら、本望だぜ。」

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第二幕

 ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴ると、教室は活気に満ちたざわめきに包まれた。
「やっべー、今日、オレ、鍵開け当番だった!先行くなっ!」
「おー、後でなー。」
 足早に部活動に向かう者。
「なー、帰り、カラオケ寄ってこーぜ!オレ、駅前にオープンした店のクーポン持ってんだ。」
「お、いーね。あそこ、新機種入れてんだろ?」
 遊びの計画に盛り上がる者。
叢雨むらさめ、おまえもどーだ?」
と、誘われて、
「あー、悪い。オレ、今日バイトでさあ。」
 顔の前に片手を立てたのは、屈託のない笑顔の、コミュニケーション能力の高そうな少年だった。
 栗色の髪と鳶色の瞳。明るい色彩が、彼の表情をさらに快活に見せている。
 飾らない、砕けた表情のせいか、整った顔立ちをしていても親しみやすい印象だ。
 クラスでも人気者なのだろう。
「えー、叢雨、おまえ最近付き合い悪くねえ?」
「そーだよ、昨日もバイトつって、断ったじゃん。」
「あ、そーか、バイト、不定期だったよな。」
 次々と、声がかけられる。自然と、輪の中心になる。
「わりーな、最近、急に忙しくなってさあ。時給いいんだけど、その分、いろいろと融通きかねーんだわ。」
 と、叢雨白雪しらゆきは、苦笑する。
「まあ、そーゆーことなら、しょーがねーか。」
「ヒマになったら付き合えよ。」
「おう。また今度誘ってくれよなっ!」
と、答えたその後ろを、すらりとした長身の少年が、すたすたと行き過ぎる。
 一目見たら目に焼きつくほどの美貌だった。
 ただし、甘さは一切無い。ただそこにいるだけで、周囲を威圧する。
 切れ長の漆黒の双眸から、鋭利な刃物の光を放っている。
 絹の光沢をまとう、艶やかな漆黒の髪と、純白の肌が、強烈なコントラストをなす。
 彼が廊下を進む先では、人の波が割れる。
 嫌われている、というより、怖れられている。
 多感な時期の少年少女たちは、本能で察するのかもしれない。彼が、自分たちとは世界を異にする存在なのだと。冗談交じりにではあるが、「火叢ほむらって、人殺したこととかありそう。」とささやかれたことさえある。
こう、ちょっと待った!置いてくなよ、目的地同じなんだから!」
 白雪が、慌てて、火叢紅夜こうやの後を追う。
「わりーな、んじゃ、また明日な!」
 と、背中で言いながら、ばたばたと廊下を走る。追いついた紅夜の腕をつかみながら
「だーもー、ちょっとくらい待っててくれてもいーだろー。どんだけ仕事好きなんだよー。」
 ぶーぶーと気安く文句を言っている。それに対して、紅夜は
「離せ。」
と、冷淡に言い捨てて、腕をふりほどく。
 畏怖さえ漂わせる美形に、ここまで冷酷にされたら恐れおののきそうなものだが、白雪は平然としている。
「べつにいーだろ、減るもんじゃねーのに。」
と、紅夜の横にならんで歩き出す。
 その頃、教室に残されたクラスメートたちは。
「叢雨と火叢ってさー、全然接点なさそーだけど、どーゆー関係なわけ?」
「え?だからバイト仲間なんだろ?」
「幼馴染らしーぜ、あいつら。この前、すげえガキの頃の話とかしてるの聞いた。」
「え?火叢って話とかすんの?」
「いや、しゃべってたの、ほとんど叢雨だけど。」
「んーでも、納得。火叢が叢雨、本気で追い払わないのは、そーゆーわけか。」
「んじゃ、そろそろ行こうぜ。あんまり遅くなると混むだろ。」
「だなー。急ごうぜ。」
 しばらく二人の話をしていたが、すぐに興味の向かう先は変わり、足早に教室を出て行く。高校生の自由時間は短い。彼らの日常は目まぐるしく過ぎて行く。

 1年でいちばん日の短い季節。
 紅夜と白雪がバイト先に着いた頃には、日本刀のような細い月が輝き出していた。
 西の空は、残照に赤く染まり、東の空は深い藍に沈む。
 薄闇の帳が世界を覆い、物の色が、輪郭が、境界が曖昧になっていく時間。
 すれ違う人の顔も見えず、かつては「誰そ彼。」と呟かれた黄昏時。
 その、顔の見えない誰かこそ、異形かもしれぬ。それゆえの、逢魔の時。
 夕闇の中、制服にコートを羽織った少年が二人。
 紅夜は、漆黒の瞳を、研ぎ澄まされた刃のように光らせ、一点を見据えている。
 人通りの少ない、路地裏。もともと車がすれ違えないほどの細い道だが、店の裏口からはみ出すように段ボール箱やビール瓶のケースなどが置かれ、さらに通りにくくなっている。好んで通る者などいない、ごみごみとした、都会の死角。
 紅夜が見ているのは、そこにわだかまる闇だ。
 ふだんから迫力のある少年だが、今は見た者の背筋を寒くさせる凄みがある。
 黒絹の髪を乱す突風は、骨に沁みるほど凍てついているが、眉一つ動かさない。
 しかし、その張り詰めた空気を。
「さっみー。超寒い、スーパー寒い、ウルトラ寒い、グレート寒い、アルティメット寒い!温暖化とかゆーけど、冬は普通に寒いよなあっ。」
 隣に立つ白雪がぶち壊す。
 紅夜は、うっとうしそうに、ちらりと視線を流すが、相手をするのが面倒なのか黙殺する。
 白雪は、構ってもらえないのは寂しいのか
「なんか言えよー、紅。平気そーな顔してるけど、おまえも寒いよな!」
と、正面から顔をのぞきこむ。
 鼻先が触れそうな距離に詰め寄られ、紅は、
「うっとうしい。」
と、白雪の両肩をつかんで引きはがす。
「うっとうしいってひどくねぇ?傷つくー。」
「事実だ。」
と、紅夜がすげなく答えた直後。
 二人の少年は、電流が流されたように、ハッと瞳を揺らす。全く同時に、まとう空気を変えた。
 闇が、突然その濃さを深くした。
 満ちていくのは、胸が悪くなるような、淀んだ気配。どす黒い霧が、周囲を覆っていくのが、紅夜と白雪の目には映っている。
 瘴気、と呼ばれるものが。
「おいでなすったな。」
 白雪が、口調は軽いままだが、声音には緊張感を孕ませて言う。
 路地の片隅。日が射しこまず、もともと昼間でも薄暗い場所。わだかまった闇の中。濃度を増したその影から。
 のっそりと姿を現したのは。
 顔は猿。胴体は狸。手足は虎。尾は蛇。
 様々な獣の一部を、無理やり繋ぎ合わせた不気味な姿。恐怖とともにこみ上げるのは、吐き気がするほどの嫌悪。醜悪だと感じるのは、有り得ないと、理性がその存在を否定したがるせいか。
 しかし、彼は…彼らは確かに存在しているのだ。
ぬえか~。和風合成獣キマイラって感じだなあ。どーするよ、紅。結構な大物のお出ましだぜ?」
 白雪が、ぐるりと周囲を見回し、つけ加えた。
「しかも、団体様ご一行。」
 路地裏のあちこちから、鵺は湧き出してくる。ぱっと見、二十は超えているだろう。大きさは、大型犬ほどのものから、熊よりも巨大なものまで、様々だ。
 そのうちの一体、猿の顔の口が。
 肩のあたりで切り取られた、人の腕をくわえている。
 爪には、ラインストーンを使ったネイルを施し、ゴールドの指輪をはめた女の。
 ばきり、ばきり、ぐしゃ、ぐしゃ。
 骨を砕き、肉を咀嚼する音。
 人に近い猿の顔が、人の腕を喰らっていく。
 気の弱い者なら卒倒しかねない、おぞましい光景。しかし。
 紅夜は、にい、と唇に鮮やかな笑みを飾る。
 周囲の闇よりもさらに濃い、底なしの漆黒の瞳を、好戦的に輝かせて。
「…面白い。」
 隣でその声を聞く白雪の肌が粟立つほどに、危険で艶めいた声音。
(うれしそうなカオしちゃって、まあ。ホント、昔っから、おまえが夢中になるのって、コレだけだよな。)
 白雪が、笑いをかみ殺しながら、紅夜と背中合わせになる。
 子どもの頃から、勉強も運動も遊びも、何だって抜きんでていた紅夜。けれど、簡単にこなせるせいなのか、何をしていてもつまらなそうだった。紅夜が唯一、目の色を変えたことが…。
 鵺は、高位の妖怪だ。けして、油断していい敵ではない。それなのに、白雪は、状況も忘れて紅夜の笑みに見惚れそうになる。感じなければいけない恐怖が麻痺する。
 白雪の思いに気づいているのか否か。
 紅夜の、長い指が、制服の内ポケットから取り出したのは、一枚のカード。
 ゲームに使われる、トレーディングカードだろうか。しかし、カードには、文字も数字も記号も一切無い。ただ、炎でできた蝶の絵が描かれている。燃え立つ翅ではばたく蝶が、無数に。
 紅夜が、カードを人差し指と中指の間に挟み、叫んだ。
「無限火蝶召喚、急急如律令!」
 カードが眩く発光した。
 一瞬だが、真昼の明るさで周囲を照らす。
 そして、カードは、炎の蝶と化してはばたく。
 燃える翅で一斉に飛び立つ様は、壮観だった。
 鱗粉の代わりに、火の粉をまき散らし、赤々と闇を照らす。
 四方八方に飛んだ蝶が、鵺に襲い掛かる。
 鵺が、虎の足で蝶を押さえ、蛇の尾で払いのけるが、無数の蝶はあっという間にその体を埋め尽くす。
 断末魔の絶叫。
 身の毛もよだつ叫び声を放ち、数体の鵺が、どう、どう、とアスファルトにくずれ落ちた。
 しかし、流石に高位の妖怪だった。
 炎の蝶にその身を焼かれながらも、全身から、どす黒い気を放つ。
 瘴気、だ。
 もともとこの場に満ちていたものとは、桁違いの濃度。
 瘴気に触れて、炎の蝶が闇に喰らわれていく。
 瘴気が、そのまま紅夜に向かう。
 炎の蝶が、主を守ろうと、瘴気を追うが、間に合わない。
 紅夜が新しいカードを取り出すよりも、先に準備していた白雪が叫ぶ方が早かった。
「吹雪童子召喚、急急如律令!」
 白雪のカードは、十歳ほどの少年に変化した。
 積もった雪のような、薄い青を帯びた銀色の髪を、肩につかないくらいに伸ばしている。瞳も同じ銀青色。にこ、と唇をつり上げる様は、愛らしく、同時にひどく冷たい。雪は美しいが、荒れ狂う吹雪は、人の息の根を止める。自然の残酷さを象徴する式神。
 吹雪童子は、紅夜の前に飛び出し、彼をその背に庇う。
 小さな掌から、嵐を放つ。雪をまとった、極寒の烈風。
 一瞬で、瘴気を凍てつかせる。それを放った鵺ごと。
 紅夜は、背中合わせの白雪に視線を流す。
 感謝している目ではない。よけいなことを、と言いたげだ。しかし、白雪は、わかってるって、と言う代わりに片目を閉じて見せる。
 紅夜は、すぐに前を向き、再び叫ぶ。
大八咫烏おおやたがらず召喚、急急如律令!!」
 新たなカードが変化したのは、三本足のカラス。太陽に住むという伝説の霊鳥。
 翼を広げれば、ゆうに3メートルを超す、巨大な鴉は、その翼で風を起こす。
 起こされた風が、炎と化した。
 爆風に乗る、火の波。
 途中で枝分かれし、鵺を一体ずつ直撃していく。
 炎に包まれた鵺は、一瞬で焼け落ちる。
 八咫烏に跳びかかる鵺もいるが、上空に逃れる八咫烏には、虎の爪の先もかすらない。
 鵺は、地面に下りたところを、炎に巻かれる。
 勝負あったな、と白雪が軽く息をついた時。
 紅夜に突き飛ばされる。まるで、背後が見えているかのように、迷いなく。
「っ!?」
 たった今まで立っていたアスファルトが、抉られていた。
 虎の爪によって。
 猿の目が、狂おしい殺意に燃え上がっている。
 白雪は、冷たい汗が背中を流れるのを感じる。
 この鵺は、おそらく群れの長。
 体つきが他よりも一回り大きいが、それよりも、その目が証明している。
 知恵がある。
 もっとも賢く、用心深い。
 見極めていた。自分たちの真の敵を。式神ではなく、それを操る陰陽師を殺すべきだと。
 紅夜が、一歩前に出た。
「狙いはいい。褒めてやろう。」
 他の獣よりは人に近い、猿の顔は、やはり人に似ていて、表情が読み取れる。憤怒と憎悪と…絶望。
 敵わぬと、即ち、これで終わりだと。
 紅夜は、つ、と両目を眇めた。
 白雪は、地面に手をついたまま、紅夜を見上げて息を止める。
「だが、この程度ではつまらん。」
 この上なく冷酷で、それゆえに艶やかな。
「大八咫烏!」
 主の声に応え、三本足の鴉が羽ばたいた。
 ゴウッ!!
 放たれた炎が、最後の鵺を焼き尽くした。
 炎の照り返しを受けて佇む紅夜を、白雪はじっと見つめていた。

 式神から戻ったカードが、それぞれの主のもとへ下りてくる。紅夜と白雪は、それをパシリと取って、制服の内ポケットにしまう。
 鵺が焼け落ちると、瘴気が薄れて行く。
 白雪は、コートを払いながら立ち上がる。どうせ、紅夜は手を貸してくれないとわかっているので。
「いやー、びっくりしたわ。助かったぜ。ありがとな、紅。」
 紅夜は、白雪に、冷ややかな視線を向ける。
「足手まといはいらん。」
「結構マジでヘコむんですけどっ!ここはさあ、気にするな、とか、そーゆー言葉をかけてくれるとこじゃねーの?」
 白雪は、言葉とは裏腹に、傷ついている様子は微塵もない。紅夜の言動をいちいち気にしていたら、身が持たない。
 白雪は、紅夜の肩をぱんぱん叩きながら言う。
「あー、わかってる、わかってる。おまえ、そーいうの、照れるから言えないんだよな!」
 紅夜は、無言で白雪を払いのける。
 どうしてそこまで、自分に都合よく解釈する、と言いたいが、どうせ、またその手の言葉が倍になって返ってくることはわかりきっている。代わりに、必要なことだけを告げた。
「報告しろ。」
「あ、そーだった!」
 白雪は、スマートファンを取り出した。回線はすぐにつながる。
「あ、りょうサン、任務終了でーす。はい、紅もオレも怪我とか一切ナシ。無事解決ってことで。」
「ご苦労様。こちらのモニターでも確認しました。結界の解除を始めます。報酬はいつもの口座に。それと、もう一件、仕事を依頼します。詳細はメールで送りましたので、確認を。」
 頼みもしないのに、スピーカーフォンにしているので、相手の声が紅夜にも届く。
 まだ若い男の声だが、落ち着いた物言いや、命令し慣れた者に特有の響きが、クレバーな印象を与える。いかにもエリート然としている。実際、出世を約束されたキャリア組の警視だ。出会ったときは、警部だったのだが。
 そんな相手に、クラスメートに接するのと変わりない気安さで口をきける白雪は、ある意味大物かもしれない。一応敬語は使っているが。
「りょーかいです。臨時収入あるのは大歓迎なんですが、最近多いっすね、仕事。」
「この時期は毎年、そうですよ~。去年も、その前も、大忙しだったでしょう?もう忘れたんですか?ボケるにはまだ早いでしょう、叢雨むらさめくん?」
 急に、陵が軽薄で砕けた口調になる。どちらが素なのだろう。
「うわー、きっつー。あ、でも、陵サンの言う通りっすね。この時期、何かあるんですか?異形も年末年始気にするとか?」
「冬至の前後は、陰の気が強まる。」
 答えは、スマートフォンの向こうからではなく、すぐ隣からもたらされた。絶句した陵に変わって言った紅夜は、そんなことも知らないのか、という馬鹿にした目で白雪を見ている。
「へ?答辞?卒業式にゃまだはえーじゃん?」
「冬の方ですよ、叢雨くん。」
 復活した陵がくすくす笑う。
「日照時間が短くなることで、陽の気が。」
と、説明しだしたところで、
「土御門警視、池袋豊島区で、B級クラスの怨霊の出現を確認しました!」
 スマートフォンの向こうから、緊張感を孕んだオペレーターの声。
「わかりました。火叢ほむらくん、叢雨くん、ではまた。」
 ぶつっと、通話が断ち切られる音。
「忙しいのはホントみたいだなー。」
と、白雪がスマートフォンをしまいつつ、紅夜に言った。
「では、続きは我が解説してやろう!火の玉小僧は、言葉が足らぬからな!ありがたく思うがよい!」
 ぽんっという、シャンパンの栓を景気よく抜くような音。
 それにかぶせるように、幼い少年の声が響く。
 何も無い空中に、突然現れ、くるりんと宙返りをして下りて来たのは、十かそこらに見える少年だった。
 十人見たら、十人がコスプレ少年だと思うだろう。
 腰までのまっすぐな髪は、まばゆい黄金。弓型の眉も、長いまつ毛も、その下に生き生きと輝く瞳も、混じり気のない純金だ。
 まとうのは、平安時代から抜け出して来たかのような、童狩衣。
 その狩衣の袴からは、ふさふさの金色の尻尾。頭には、これまた長い獣毛に包まれた三角の耳が、ぴんと立っている。その尻尾と耳は狐のもの。
 コスプレ少年に見えて、実はそうではないことを示すのは、その耳がぴこぴこと、尻尾もぱたぱたと自在に動いていることだ。
「あ、黄金こがねじゃん。やっぱり、おまえ、いたんだなー。」
 突然現れた狐耳と尻尾の少年を、黄金と呼んで、白雪はにこっと笑いかける。紅夜は、ほとんど視線さえ向けない。黄金に対する態度は真逆だが、共通するのは、二人とも全く驚いていないということだ。
 黄金は、胸を張って頷く。
「もちろんだ。我は、おまえたちのお目付け役だからな。24時間365日見守っているぞ。ありがたく思うがよい!」
「オレたちにプライバシーってねーの?つーか、陵サン、人遣い荒い。労働基準法に違反しまくってるなあ。」
「式神にそんなものあるか。」
 紅夜がぼそっと口を挟む。
「で、何の用だ?」
と黄金に聞いたのは、白雪と黄金に任せていると、いつまでたっても話が終わらないせいだ。
「ああ、そうそう。だから、冬至の前後は太陽の力が弱まるという話だ。陽の気が弱まれば、陰の気が強まるのは必須。鬼も妖怪も怨霊も、全て陰に属する者。それゆえに、やつらの力が増幅する。毎年のことだ。だが。」
と、黄金は陽気でにぎやかな彼には珍しく、大きな金の瞳を翳らせた。
「今年は、陰の気が例年より強い。…何百年かに一度、このような年がある。」
 愛らしく整った、可憐で無垢な顔立ち。思わず頭を撫でてやりたくなる、かわいらしい面差しに、ふいに大人びた表情がよぎる。
「疫神が暴れ回って、流行り病で人がばたばたと死んだり、大きな天災が起きたりする年が。御霊や大妖怪の封印が弱まらねばよいが。…まあ、陵がその辺りは抜かりなく押さえておるだろうが。」
と、偉そうな腕組み。幼い外見には生意気にも映る。紅夜と白雪を見上げ、その調子で言う。
「おまえたちは、陰陽道全盛の時代の陰陽師にも引けを取らぬ力を持っているが、過信は禁物だ。特に、火の玉小僧。」
と、紅夜を指し、忠告を寄越す。
「修羅道に堕ちるなよ。」
「余計な世話だ。」
 紅夜がきっぱりと切り捨てると、黄金はぷう、と頬を膨らませた。尻尾がふわあっと大きく広がっている。
「せっかく忠告してやっておるのに!!これだから、今時の若いものは!!」
 と、憤慨した様子で、いきなり姿を消す。
 現れたときと同じく、唐突な退場だ。常に見守っているということだから、穏行しただけだろうが、
「今時の若いものって、あいつ一体いくつなんだろうなあ?」
 と、白雪は首をひねり、まあいいか、と話題を変える。切り変えの速さは彼の特技であり長所であり、時に短所でもある。
「ところでさあ、紅。」
 にーと邪気なく笑う。
「今日外で食ってかねー?臨時収入入ったんだし、ぱーっとさ。」
 紅夜が、棘のある声で返す。
「食事を作りたくないだけだろう。」
「お見通しかよ~。」
 白雪が情けない顔になったが、すぐに笑みを取り戻してねだる。
「なあ、いいじゃん。オレ、この近所の焼肉屋のクーポンもらったんだ。そこ、ライスおかわり無料なんだぜ~。」
 白雪が腕にまとわりついてくるのを、適当に払いのけながら、紅夜は歩き出す。なんだかんだ言っているが、今夜は外で済ますことになるのだろうと思いながら。

 陰陽師の少年たちが立ち去った路地裏。
 とっぷりと日が暮れている。完全な夜闇の中、再び瘴気が満ちて行く。紅夜たちがいたなら、顔色を変えただろう。鵺とは比べものにならない瘴気。
 国家そのものに害を為すレベル。御霊なら、崇徳上皇や平将門クラスの、妖怪であれば、酒呑童子や玉藻の前に匹敵する大物だ。
 くすくすと、愉しげな笑い声。
 夜にこだまし、染み渡っていく。
「大物が出てきたものだ。」
 ただ人に聞くことはできないのが惜しまれる、官能的で甘い声。
「白狐の姫の仔に、赤の王祖の末裔。これはおもしろい。」
 さて、と思案しながら、首をかしげる。長い髪が、さらあっ、と流れる。
「どうしてくれよう。数百年ぶりに目覚めたのだ。せいぜい愉しませてもらわねば、な。」
 つい、と動かされた指。爪は鋭く尖り、人の肉など簡単に引き裂く肉食獣のそれだ。
 その指のひとふりで、数多あまたの異形が、人に牙をむく。
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