私たちはケダモノだもの

紺乃 藍

文字の大きさ
上 下
43 / 50
愛獣の章

風香黎明 ②

しおりを挟む

 ステラには全く理解が出来ない考え方だ。ステラは子を産んだことは無いが、いつか子どもが出来たとしても、その命を危険に晒す行動を選ぶとは思えない。自分の子は他の何にも代えがたい宝だと思う。

「でも……確かに側妃ではあったけど、陛下は母をちゃんと愛してたんだ」

 フェインがそっと零した言葉は、ひどく寂しげだった。フェインの母は多くを望むばかりに、向けられる愛情には気付けなかったのだろう。

「だから国王陛下は、ばかげた研究には反対している。生命の根源を捻じ曲げる非人道的なやり方だから、当たり前といえば当たり前だけど」

 国王は大切な人を失うきっかけとなった人間の竜化、および獣化や精霊化の研究は全面的に禁止するよう命令を下した。同じ悲劇を二度と繰り返さないようにと強い規制を設けたのだ。幸いルドガーは国王陛下に見つかることはなく、処罰も免れたらしい。

 そして禁止令の裏をつくように、ルドガーは再び動き出した。

 非道な研究は、人間を獣化・精霊化・竜化する方針から、魔獣や精霊や竜を人間化する方針へと移り変わった。それならば禁止令には背いていないという屁理屈だろう。

 しかしその実験もことごとく失敗してしまい、結局一度は凍結することとなった。失敗の背景にはアルシスの小さな抵抗――実験に使われていた魔法生物を逃したり、ルドガーの行動日程をわざとに狂わせたり――も関係していた。だがその事実に気付いているのは、恐らくフェインだけだろう。

 理論が破綻したのならばもう研究が続けられることはない。アルシスは悪夢の終わりを信じ、叔父から離れ、自らが惚れ込んだ黒狼の魔獣ディアンと共にエルドミック王国を出た。その先にある自由な世界を求めて、冒険者として生きていく道を選んだ。

 けれどルドガーの執念が、魔法生物の人化研究をいつのまにか再開させていた。

 もちろん国王は今も非人道的な研究は望んでいない。だが研究場所として選ばれたのは、星織殿というエルドミア王城から遠く離れた場所で、普段は使用されない場所だった。だから国王も、アルシスから事の顛末を聞くまで研究の再開に気が付けなかったのだろう。

 事実を知った国王は誓ってくれた。今回こそすべての悪事を暴き、関わった者たち全員にしかるべき罰を与え、生命を創造するという馬鹿げた研究は完全に終わらせる。もう二度と、人も魔獣も竜も精霊も、犠牲にはさせないと約束してくれた。

「気味が悪い異端の王子だって言われても、アルシスだけは友達でいてくれたんだ」

 フェインがふと、アルシスへ視線を移した。一瞬目を見開いたアルシスが、ふはっ、と笑みを零して口元に指先を添えた。少し昔を思い出しているように。

「子どもの頃は、竜に変身できるフェインが本気で羨ましかったからな」

 フェインが竜の姿に変身できるようになったのは彼が十四歳の頃、アルシスが十五歳の頃だった。幼い頃から魔獣や精霊や竜と言った魔法生物と友達になることが嬉しかったアルシスは、研究の犠牲になった友人を労わる一方で、彼の神々しい姿を本気で羨ましがったという。

 その羨望の眼差しは、フェインを『ケダモノに成り下がった王子だ』と陰口を叩く周囲の者とは正反対だった。

 望まない姿に変えられたフェインは、時折アルシスの前でのみ弱音を吐いた。だがアルシスはフェインの頬を小突いて『フェインはフェインのままだ』と励まし続けたという。

「命の重さが平等だって知ってるから、困っている人はどんな生き物でも放っておけない性格なんだよね。種族なんて関係ないって胸を張って言えるところが、アルシスのかっこいいところなんだ」

 照れくさそうに笑う表情から、彼らの間にも強い絆があるのだと窺える。

 フェインの言葉にはステラも強く頷ける。アルシスは貴族の生まれという高貴な身分であっても、生きとし生けるすべての命を平等に扱うことが出来る。ステラも彼のそんな優しさに惚れている。

「ステラも、本当にありがとう」
「いいえ……私は何も」

 フェインのお礼の言葉に、ふるふると首を振る。ステラは何もしていない。アルシスの指示に従って行動していたにすぎない。

 けれどフェインは笑顔を向けてくれる。アルシスのことを『かっこいい友達』と評するのと同じ瞳で。

「何もしていないなんて、寂しいことは言わないでよ。君のお陰で多くの魔獣や精霊が救われたんだ。僕としては『命に貴賤も優劣もない』って言ってくれたことが、本当に嬉しかったんだから」

 はにかむフェインの表情を見て、ステラも素直に誉め言葉を受け取った。

 フェインの笑顔は絵画に描かれた美青年のように美しく、所作は作法のお手本の先生のように優美だ。その様子をぼんやりと眺めて、今更ながらに彼がこの国の王子であることを思い知る。

 王子であるフェインが証言をしてくれるのならば心強いだろう。茫然自失で魂が抜けた今のルドガーからは、抵抗の意思など感じられない。フェインが呼び寄せてくれているエルドミック軍直属の調査隊も直に到着すると思われる。もはやルドガーに逃げ道はないが、真実を隠蔽いんぺいする可能性はある。

 トルデリックも同様に裁かれる可能性が高いが、彼にはサーシャを誘拐したという別の罪もある。ステラ個人的にはトルデリックにもしっかりと制裁を加えたいところだ。

 そんなステラの感情を先読みしていたのか、足元にいたサーシャがステラのお尻を鼻先でトンとつついてきた。振り返るステラの傍で、いつの間にか口に銜えて持って来てた茶色の塊をフェインの足元にポトリと落とす。

「フェイン。これプレゼントするわ」
「え……何これ?」
「トルデリックの隠し髪ね」
「ぶっ……!?」

 隠し毛、というのは加齢とともに毛髪が抜け落ち、頭皮が露出するのを隠すための着け髪のことである。

「あなたトルデリックの手下に川へ落とされたんでしょ。私も後ろから急に捕まえられて、実は腹が立ってたの!」

 プンプンと文句をいうサーシャは可愛い怒り方をしているが、内心は本当に腹立たしいと感じていたのだろう。

「『忘れものです』って添え紙して、王城の前にでも晒しておけばいいわ」
「サ、サーシャ……!?」
「出来れば社会的に制裁を受けてもらいたいわね。身体を傷付けるやり方なんてトルデリックと一緒だし……私、二番煎じは好きじゃないわ」

 フフンと得意げに顔を上げ、尻尾と髭をピンと伸ばして胸を張る。自信満々の表情にステラは呆れてしまうが、男性三人にはウケたようだ。

 もちろんステラも『そんなことをしちゃダメだよ』と言うつもりはない。ただ大人げがないので、もしフェインが細やかな逆襲を実行してくれるというのなら、王城の前ではなく彼の家の前ぐらいで許してあげて欲しいと思う。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?

もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。 王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト 悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...