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愛獣の章
風香黎明 ②
しおりを挟むステラには全く理解が出来ない考え方だ。ステラは子を産んだことは無いが、いつか子どもが出来たとしても、その命を危険に晒す行動を選ぶとは思えない。自分の子は他の何にも代えがたい宝だと思う。
「でも……確かに側妃ではあったけど、陛下は母をちゃんと愛してたんだ」
フェインがそっと零した言葉は、ひどく寂しげだった。フェインの母は多くを望むばかりに、向けられる愛情には気付けなかったのだろう。
「だから国王陛下は、ばかげた研究には反対している。生命の根源を捻じ曲げる非人道的なやり方だから、当たり前といえば当たり前だけど」
国王は大切な人を失うきっかけとなった人間の竜化、および獣化や精霊化の研究は全面的に禁止するよう命令を下した。同じ悲劇を二度と繰り返さないようにと強い規制を設けたのだ。幸いルドガーは国王陛下に見つかることはなく、処罰も免れたらしい。
そして禁止令の裏をつくように、ルドガーは再び動き出した。
非道な研究は、人間を獣化・精霊化・竜化する方針から、魔獣や精霊や竜を人間化する方針へと移り変わった。それならば禁止令には背いていないという屁理屈だろう。
しかしその実験もことごとく失敗してしまい、結局一度は凍結することとなった。失敗の背景にはアルシスの小さな抵抗――実験に使われていた魔法生物を逃したり、ルドガーの行動日程をわざとに狂わせたり――も関係していた。だがその事実に気付いているのは、恐らくフェインだけだろう。
理論が破綻したのならばもう研究が続けられることはない。アルシスは悪夢の終わりを信じ、叔父から離れ、自らが惚れ込んだ黒狼の魔獣ディアンと共にエルドミック王国を出た。その先にある自由な世界を求めて、冒険者として生きていく道を選んだ。
けれどルドガーの執念が、魔法生物の人化研究をいつのまにか再開させていた。
もちろん国王は今も非人道的な研究は望んでいない。だが研究場所として選ばれたのは、星織殿というエルドミア王城から遠く離れた場所で、普段は使用されない場所だった。だから国王も、アルシスから事の顛末を聞くまで研究の再開に気が付けなかったのだろう。
事実を知った国王は誓ってくれた。今回こそすべての悪事を暴き、関わった者たち全員にしかるべき罰を与え、生命を創造するという馬鹿げた研究は完全に終わらせる。もう二度と、人も魔獣も竜も精霊も、犠牲にはさせないと約束してくれた。
「気味が悪い異端の王子だって言われても、アルシスだけは友達でいてくれたんだ」
フェインがふと、アルシスへ視線を移した。一瞬目を見開いたアルシスが、ふはっ、と笑みを零して口元に指先を添えた。少し昔を思い出しているように。
「子どもの頃は、竜に変身できるフェインが本気で羨ましかったからな」
フェインが竜の姿に変身できるようになったのは彼が十四歳の頃、アルシスが十五歳の頃だった。幼い頃から魔獣や精霊や竜と言った魔法生物と友達になることが嬉しかったアルシスは、研究の犠牲になった友人を労わる一方で、彼の神々しい姿を本気で羨ましがったという。
その羨望の眼差しは、フェインを『ケダモノに成り下がった王子だ』と陰口を叩く周囲の者とは正反対だった。
望まない姿に変えられたフェインは、時折アルシスの前でのみ弱音を吐いた。だがアルシスはフェインの頬を小突いて『フェインはフェインのままだ』と励まし続けたという。
「命の重さが平等だって知ってるから、困っている人はどんな生き物でも放っておけない性格なんだよね。種族なんて関係ないって胸を張って言えるところが、アルシスのかっこいいところなんだ」
照れくさそうに笑う表情から、彼らの間にも強い絆があるのだと窺える。
フェインの言葉にはステラも強く頷ける。アルシスは貴族の生まれという高貴な身分であっても、生きとし生けるすべての命を平等に扱うことが出来る。ステラも彼のそんな優しさに惚れている。
「ステラも、本当にありがとう」
「いいえ……私は何も」
フェインのお礼の言葉に、ふるふると首を振る。ステラは何もしていない。アルシスの指示に従って行動していたにすぎない。
けれどフェインは笑顔を向けてくれる。アルシスのことを『かっこいい友達』と評するのと同じ瞳で。
「何もしていないなんて、寂しいことは言わないでよ。君のお陰で多くの魔獣や精霊が救われたんだ。僕としては『命に貴賤も優劣もない』って言ってくれたことが、本当に嬉しかったんだから」
はにかむフェインの表情を見て、ステラも素直に誉め言葉を受け取った。
フェインの笑顔は絵画に描かれた美青年のように美しく、所作は作法のお手本の先生のように優美だ。その様子をぼんやりと眺めて、今更ながらに彼がこの国の王子であることを思い知る。
王子であるフェインが証言をしてくれるのならば心強いだろう。茫然自失で魂が抜けた今のルドガーからは、抵抗の意思など感じられない。フェインが呼び寄せてくれているエルドミック軍直属の調査隊も直に到着すると思われる。もはやルドガーに逃げ道はないが、真実を隠蔽する可能性はある。
トルデリックも同様に裁かれる可能性が高いが、彼にはサーシャを誘拐したという別の罪もある。ステラ個人的にはトルデリックにもしっかりと制裁を加えたいところだ。
そんなステラの感情を先読みしていたのか、足元にいたサーシャがステラのお尻を鼻先でトンとつついてきた。振り返るステラの傍で、いつの間にか口に銜えて持って来てた茶色の塊をフェインの足元にポトリと落とす。
「フェイン。これプレゼントするわ」
「え……何これ?」
「トルデリックの隠し髪ね」
「ぶっ……!?」
隠し毛、というのは加齢とともに毛髪が抜け落ち、頭皮が露出するのを隠すための着け髪のことである。
「あなたトルデリックの手下に川へ落とされたんでしょ。私も後ろから急に捕まえられて、実は腹が立ってたの!」
プンプンと文句をいうサーシャは可愛い怒り方をしているが、内心は本当に腹立たしいと感じていたのだろう。
「『忘れものです』って添え紙して、王城の前にでも晒しておけばいいわ」
「サ、サーシャ……!?」
「出来れば社会的に制裁を受けてもらいたいわね。身体を傷付けるやり方なんてトルデリックと一緒だし……私、二番煎じは好きじゃないわ」
フフンと得意げに顔を上げ、尻尾と髭をピンと伸ばして胸を張る。自信満々の表情にステラは呆れてしまうが、男性三人にはウケたようだ。
もちろんステラも『そんなことをしちゃダメだよ』と言うつもりはない。ただ大人げがないので、もしフェインが細やかな逆襲を実行してくれるというのなら、王城の前ではなく彼の家の前ぐらいで許してあげて欲しいと思う。
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