私たちはケダモノだもの

紺乃 藍

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愛獣の章

愛獣奪還 ②

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 危機的状況は免れたが、サーシャの豪胆さに呆れている場合でも、再会の感動に浸っている場合でもない。

「とりあえずここを出ようか。今は人の気配がないけど、長居する場所ではないからね」

 ズヴェリオの言葉に、全員で頷く。

 確かにサーシャを救出した以上、ここに留まる意味はない。むしろ早く脱出して立ち去ってしまうべきだ。出来れば自分たちだけではなく、捕えられている他の魔獣たちも。

「ズヴェリオさん。捕えられている他の魔獣さんや精霊さんの鍵も、開けられますか?」
「うん、もちろん」

 ステラの考えはズヴェリオと同じだったらしく、問いかけが終わる前に彼の鋭い爪は隣の檻へ引っ掛けられていた。

 ステラも眠っていた魔獣たちに声をかけて叩き起こし、ズヴェリオが放ってくれた檻から順番に彼らを誘導する。

 種族が様々な魔獣たちは、人間であるステラが自分たちを逃がそうとしていることに強い警戒心を示した。しかしステラが研究者や貴族の類ではないからか、同じように囚われていたサーシャと同じ匂いがするからか、すぐに納得してステラの導きに従ってくれた。

 全員を檻から救出すると、ステラたちも地下牢を後にする。

 上階へ上がって神殿の出口に向かう際、入ってきたときと同様に祭壇の近くを横切った。その奥にある謎の文字が刻まれた巨大な扉が気になって、ふとステラの足が止まる。

「あの扉……」
「ん?」

 ステラの呟きを聞いたズヴェリオが、広い空間でくるっと進路を変えてステラの傍まで戻って来てくれた。そしてすぐ傍でパタパタと羽ばたきながら、

「あの奥に魔獣や精霊はいないと思うよ。妙な気配はするけどね」

 と教えてくれた。その言葉に、ステラも無言で頷く。

 ステラはエルドミック王国の出身じゃないので、この神殿で執り行われる儀式や祭事については何もわからない。けれど何か違和感がある。ズヴェリオの言うように、扉の向こうから妙な気配―――全身が勝手に拒否してしまうような、嫌な胸騒ぎを感じる。

「あぁ、そうか」

 ステラの視線の先を一緒に見つめていたズヴェリオが、ふと納得したような声を零した。

「人化計画の研究施設、きっとあの扉の奥にあるんだ」
「っ……」

 ズヴェリオの言葉を聞いた瞬間、背筋に何か冷たいものが走った気がした。本能的に拒否反応が出る。得体の知れない不安と恐怖が背後から迫っているような、ぞわぞわと不気味な感覚を覚えてしまう。

 気味の悪さに表情を強張らせていると、気付いたズヴェリオが苦く笑った。

「厳密に施錠されていて、特別な許可がないと竜の力でも開けられないんだけどね」
「そ、そうなんですか?」
「まぁ、素体は解放したんだ。研究を進めようにも、どうせすぐには無理だろうから……とりあえず、今は捨ておこうか」
「……はい」

 ズヴェリオの言葉に同意すると、その場を後にして神殿を出た。

 石橋を渡り始める直前、再びステラの足が止まった。ステラはサーシャに、伝えなければいけないことがある。

「サーシャに、謝らなきゃいけないことが……」
「なあに?」

 振り返った相棒の身体が少し痩せていることに心を痛めながら、更に彼女を傷付けてしまうかもしれない事実を口にする。

 レゾナンス契約という特別な絆がある状況下で同調魔法を使えば、言葉にしなくても勝手に伝わるだろう。けれどステラは、自動的に伝わればいい、とは思えない。

 サーシャとの契約下にありながらディアンと同調魔法を使ってしまったことを、自分の口でちゃんと説明するべきだ。

「ここに来るとき、ディアンさんと同調魔法を使って来たの」
「あ、そうなの?」
「…………」
「…………え、それで?」
「えっ」

 サーシャに続きを促されるが、それ以上はどう説明すればいいのか分からない。これがステラにとって、最大にして最悪の過ちなのだ。

 しかしサーシャは不思議そうに首を傾げるばかり。先ほどのディアンの表情によく似た疑問の顔で、ステラの顔を見上げるだけだ。

 反応が薄いので、やっぱり怒らせてしまったのかもしれない。そう思ってその場にしゃがみ込み、顔を近付けてサーシャとしっかり視線を合わせる。

「わ、私、サーシャとレゾナンス契約してるんだよ? なのにサーシャ以外の魔獣さんと同調魔法を使ったから……っ」
「ふふ……ふふふっ」

 サーシャを救うため、一刻も早く会うためとはいえ、彼女との契約を軽く扱うような選択をしてしまった。嫌われても仕方がない。

 そう思ってまた泣きそうになったのに、しゃがんだステラの肩に顎を乗せて頬擦りをするサーシャは何故かむしろ機嫌が良かった。

「ステラはそんな事、気にしてたの?」
「するに決まってるでしょ」
「人間ってほんと良くわからないよなー」
「そうね。別に気にしないのに」
「私はするもん!」

 何でもないことのように呟くサーシャと、再び不思議そうな声を出すディアンに、思いきり叫んでしまう。

 二対一では……否、何も言わないズヴェリオが同じ意見だとしたら、三対一では、分が悪い。

 それでもステラの罪悪感は変わらない。レゾナンス契約という深くて強くて固い絆は、変身同調魔法の使い手にとっては最も大切で神聖なもの。アルシスもきっと、ステラと同じ意見なのだと思う。

 それでも魔獣の二人や竜のズヴェリオは笑うだけだ。

 まるで些細なことを気にして一喜一憂する人間の感情を、微笑ましいものを見つめるような目で。

「誰と交わっても怒らないわ。ステラはステラの思うままに生きればいい。ステラが感じるまま、自分の道を駆けたらいいのよ」

 サーシャの言葉は、彼女に嫌われるかもしれないと思っていったステラの心にじわりと染み渡った。

 ひどい選択をしたステラには何の罪もない、むしろ自分の価値観を捻じ曲げてまで駆け付けてくれたことを喜んでいるようにさえ聞こえた。

 思うままに。感じるままに―――それが許されるなら、ステラはまたサーシャと夜の森を駆けたい。自分の心に素直に、どこまでも自由に、彼女とこの世界を走り抜けたい。

 こんな事なんてもう二度と起こらないから。もう二度とサーシャ以外と同調魔法なんて使わない。自分自身が、その決意を揺るがせないから。

「その一緒に駆ける相手として私に選んでくれたのは……確かに幸福なことね」

 サーシャにも強い感情が伝わったのだろう。何せ二人は、レゾナンス契約という特別な関係で結ばれているのだ。

 立ち上がって右手を振る。黄金の粒子が二人の身体を包み込む。心音と心音が響き合って奏で合う。境界線が溶け合って、ふたつがひとつになる。感覚を共有する。感情が同調する。繋がって、融合する。

 先ほどのディアンとの同調も決して不快ではなかったが、この心地よさには敵わない。

 昔からそうだと決まっていたみたいに、運命に選ばれたみたいに、サーシャとの同調はごく自然の状態のように思える。穏やかな気持ちになれて、心地よい。

《でも本当に、気にしなくていいのよ》

 走り出してすぐに、心の中にサーシャの呟きが響いた。ステラの成長を微笑ましく見守る姉のようでいて、ステラと同じ目線を望んでくれる友人のような、可愛らしい声が全身に響く。

《だって、私たちケダモノなんだもの》
「……それ流行ってるの?」

 さっき、ディアンも同じことを言ってた気がする。
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