私たちはケダモノだもの

紺乃 藍

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恋獣の章

覚醒初夜 ③

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「ステラとサーシャが助けてくれたんだ」

 ステラの視線に気付いたディアンが、照れくさそうに笑う。

「採石場から街まで一時間で戻って来たんだよな」
「は、はぁ……!?」

 更に付け足された説明に、アルシスの声がひっくり返った。ディアンの説明はアルシスの想定を越えていたらしい。驚愕の表情を向けられたので、

「ふふふ~! 私もやれば出来るんですよ~!」

 と胸を張ってみる。

 同じレゾナンス契約でも、アルシスとディアンはスピード重視型ではないらしい。数日前に採石場へ向かったときは、片道二時間ほどの時間を要したとディアンに聞いていた。ならば成人男性を背負った状態にも関わらず、一時間で平原を駆け抜けたステラとサーシャの速度は驚異的と言えるだろう。

 最初は目を見開いていたアルシスだったが、驚きを超越してしまったのか、ふはっと噴き出してまたさわやかな笑顔を見せてくれた。

「ありがとう、命の恩人だな」
「大袈裟ですよ。そうですね……腕の恩人ぐらいでしょうか。出血さえ止まれば、死にはしなかったと思うので」
「ああ、……でも」

 ステラの呟きに、アルシスが言葉を切る。
 そして真剣な視線と素直な感情を向けるアルシスに、ステラもそっと鼓動を揺らされた。

「腕が無くなったら、ディアンと走れなくなる。俺には死ぬほど辛いことだ」
「……そうですね」

 その気持ちは痛いほどによくわかる。ステラも、自分とサーシャは一心同体だと思っている。唯一無二の友人で、サーシャと夜の森を駆けることが何よりも楽しい時間だと思っている。

 世界でたった一人しかない相棒との時間を失う。それは自分の腕が無くなることそのものよりも、ずっとずっと辛いことだ。

 ステラが同意すると、アルシスもすぐに笑ってくれた。

 ラグノリアの街には野生の魔獣や精霊もいるが、ステラの周囲には獣化同調魔法を使う人は居なかった。だからアルシスという人を友人のような、同志のような、良き理解者のような、不思議な存在に感じていた。そんなアルシスが事故現場から無事に生還出来たことが、ステラは自分のことのように嬉しかった。

「もう少し、眠って下さいね」

 微笑んだステラはその場にそっと立ち上がった。そろそろ医者が様子を見に来るだろう。

「ステラ? ……何か、変じゃないか?」
「え。………変、ですか?」

 ところが、立ち上がると同時に不思議そうな声を掛けられたので、思わずそのまま聞き返してしまう。

 アルシスがステラの表情を確認して小首を傾げる。けれどステラは無理に笑った。彼の不安を打ち消すように、拳をぐっと握ってみせる。

「ぜんぜん変じゃないですよ! 今日も元気いっぱいです!」

 ガッツポーズをして笑顔を作ると、アルシスも納得はしていない様子だったが一応は頷いてくれた。

 だからステラはくるりと身を翻す。
 アルシスに勘付かれてしまう前に。

「また明日お見舞いに来ますね。それじゃ、おやすみなさい!」

 まだ昼間だというのに就寝の挨拶をしてしまい、不自然な笑顔まで作ってしまう。けれど小さな言い間違いを誤魔化すように微笑むと、そのまま病室を後にする。アルシスは少し困ったような顔をしていて、ベッドの下にいるディアンはにやにやと笑っていた。

 病室を出て、医務院のエントランスを通り抜ける。出入り口の階段を下りていくと、待っていたサーシャにもにやにやと笑われた。

「はぁ……危なかった……」
「バレそうになった?」

 ため息をつきながら歩き出すと、サーシャもスリスリと身を寄せるように後ろを着いてくる。その問いかけに、うっ、と言葉が詰まる。

「スリルあるわねぇ」
「もう、からかわないで!」
「ふふ……でも次の発情期まで二週間よ?」

 サーシャがくつくつと笑うので、思わず大きな声を出してしまう。けれどその後に付け足された情報を再確認すると、また項垂れるしかない。

 アルシスの腕が回復不可能な状態になる前に、医者に診せられたのはよかった。しかしレゾナンス契約と同時に、ステラの身体にも『発情期』がやってくるようになった。相棒である魔獣サーシャの本能に、呼応するように。

 サーシャは慣れたものらしく『発情期』という現象に動じた様子はないが、ステラには想像が出来ない状況だ。

 どうにかこの期間をやり過ごさなければ、恥ずかしい状況になるのは目に見えている。食堂で働く人たちや常連客には知られたくはない。もちろん、アルシスにも。

「契約を解除すればいいと思うんだけど」
「そんな事しないよ! レゾナンス契約を解除するってことは、人間でいうと離縁と同じぐらい重くて酷いことなんだから!」
「その表現、よく聞くわねぇ。私は別に気にしないのに」
「私がしたくないの!」

 サーシャには最も簡単で最も難しい選択肢を提示されるが、あいにくステラはその方法だけは取るつもりはない。大好きなサーシャとのより親密な関係と確固たる契約を手に入れたのだ。この繋がりを手放すという選択肢は絶対にありえない。

 だからとりあえず、発情期という問題については後から考えることにする。

 今回のことをきっかけに、ステラはサーシャとのより深い関係を手に入れた。より確かで強い魔法契約を結んでから、初めての夜走り。疲れているので今夜はすぐに眠るとして、明日はさっそく出かけたいと思っている。絶対に楽しい、とついわくわくしてしまう。

 もちろんアルシスのことも心配なのでお見舞いには行くが、腕はちゃんと縫合して、投薬をして、治癒魔法も掛けたのだ。恐らく傷も目立たないほどしっかり治癒するものと思われる。

 アルシスの回復は疑っていない。だから今のステラは、ただ相棒と出かける時間が楽しみだった。

 浮かれるステラと異なり、サーシャはまだ前の話題を引っ張ってくる。そして容赦なく現実を突きつける。

「発情期までに、ステラも相手を見つけた方がいいと思うわよ」
「えっ、……あ、相手って……!?」

 ステラが恥ずかしさのあまりその場に固まってしまうことすら、楽しいと言わんばかりに。

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