私たちはケダモノだもの

紺乃 藍

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恋獣の章

覚醒初夜 ①

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 南の採掘場は騒然としていた。本来ならば夕方には採掘作業が終わっているはずの中央広場には松明が煌々と灯され、採掘ギルドの受付前は人で溢れ返っていた。

 同調魔法を解除してサーシャと共にギルドの中へ進むと、ホールにはたくさんの怪我人が座り込んだり倒れたりしていた。

「ディアンさん!!」

 その中に黒い獣が丸まっているのを見つけて大きな声を出すと、ディアンがハッとしたように首を動かした。

「サーシャ! ステラ!」

 ディアンに名前を呼ばれたことで、周囲の人が少し空間を開けてくれる。人の間を縫うように駆け寄っていくと、ディアンのすぐ傍に一人の男性が横たわっているのが見えた。

「アルシスさん……!」

 慌てて傍に膝をつくと、閉じていたアルシスの瞼がうっすらと開いた。どうやら意識はあるらしい。

 身体の下に敷かれている布地は、流れた血を吸って赤黒く変色している。右手で左腕を押さえているところを見ると、そこから大量に出血しているらしいことがわかった。その痛々しさにかける言葉が見つからず、ステラの瞳には涙が滲んでしまう。

 やはり妙な胸騒ぎはステラの思い過ごしではなかった。アルシスも崩落事故に巻き込まれ、大きな怪我を負っていたのだ。

 冒険者には怪我が付きものなので、回復魔法を扱える者も多いし、治癒力を高める道具も大量に出回っている。しかしアルシスの腕の怪我は、簡易的な魔法や量産品の魔法道具でどうにか出来る程度ではないらしい。

「お嬢ちゃん、ラグノリアの人かい?」
「そ、そうです……!」

 アルシスの傍に座り込んで動けなくなってしまったステラに、近くにいた男性が声を掛けてきた。溢れそうになる涙を手の甲で擦って顔を上げると、男性が崩落時の状況を説明してくれた。

 突発的に起こった崩落事故は、採掘作業員やアルシスを含む冒険者たちをあっという間に飲み込んだ。アルシスが危険を省みずに採掘作業員を庇ってくれたことで、その場に居た人は全員下敷きになることを免れた。

 だが魔法を使用していて自己防御が不十分だったアルシスは、落ちてきた岩と壁の間に腕を挟み大怪我をしてしまったらしい。

「大丈夫、大丈夫……こんな血、すぐ止まるって」

 苦痛に表情を歪めながら笑うアルシスに、ステラはまた涙が溢れそうになった。

「いいや、傷が深い……。 すぐに塞いで輸血しないと、失血量が多すぎて……」
「それに骨折してるかもしれない。放って置けば腕が腐るぞ」
「すまない、兄ちゃん……! 俺を助けたばっかりに……!」
「いや……怪我がなくてよかったよ」

 傍にいた人たちがアルシスの怪我の状況が芳しくないことを示唆しても、彼は気丈に笑うだけだ。しかし怪我の痛みに簡単に耐えられるわけがない。

「うっ……ぐッ……」
「アルシスさん……!」

 辛そうに表情を歪める声に、ステラの唇からも切羽詰まった声が零れた。

「医務院に、連れていかなきゃ」

 ここは鉱石の採掘や採取を管理するギルドであって、適切な処置や医療行為が出来る人材がいない。設備もない。

 事は一刻を争う。大きな街に搬送して然るべき処置をしなければ、アルシスは出血死してしまうかもしれない。腕が腐ってなくなってしまうかもしれない。冒険の経験や医療の知識がないステラにも、そのぐらいはわかる。しかし現実は無情だ。

「けど先に救出した人たちの搬送で馬車が出払ってて……」
「街から医者が来るにも時間がかかるだろうな……」

 生き埋めになった人は全員無事に救出出来たらしい。その中で大きな怪我をしている人たちは、先から順に馬車に乗せて近くの街へ搬送しているとのこと。だが採掘場の奥にいたために後から発見されたアルシスは、最も大きな怪我を負ったにも関わらず未だ医療処置を受けられる状況にない。

 朝になれば馬車は街から戻ってくるだろうし、食堂のマスターが集った人たちもここへやってくるだろう。どちらにせよ、埋まった採掘現場の復旧のために人手が要るのでそれ自体はありがたいが、アルシスの身体はその間にも生命力を消費する。時間は、待ってくれない。

「サーシャ」

 傍にいた相棒の名前を呼ぶ。声に反応したサーシャは、ステラの眼を見つめると微かに笑みを零した。

「私が言いたいこと、サーシャならわかるよね?」
「レゾナンス契約、でしょ」

 サーシャの淀みのない声に、ステラは無言で首肯する。

「確かにそれなら、成人男性を背負っても走れる。速度も出せるから来た時よりも早く街に着ける」
「うん」
「……けど、いいの?」

 ステラの決意を確認するように、サーシャが首を横に傾ける。

「『アレ』……周期的に来るのよ。私は発散する方法なんていくらでもあるけど、感覚共有するとステラはただ辛いだけじゃない」
「いい」

 その回答に対する答えは、最初から決まっていた。レゾナンス契約の最大のメリットにして、デメリットでもある『感覚共有』。

 契約者である人間と使い魔の間で起こる強烈な情動の連鎖反応。それは定期的にやってくる魔獣の性衝動―――『発情期』が、人間であるステラにもやってくることを意味する。異性と深い関係になったことがないステラには、その辛さなど想像も出来ない。けれど。

「アルシスさんの腕が腐ってなくなる方が、数倍いやよ」

 迷いはない。
 自分の身体がどうにかなってしまうこともよりも、アルシスが出血死したり腕が無くなってしまう方が耐えられない。性衝動など体験したことがないので確証はないが、それでもアルシスの命や腕を失う辛さに勝るとは思わない。だから発情期をどう耐えるのかなど、後からいくらでも考えられる。

 ステラの言葉に頷き返したサーシャの瞳は、少しだけ嬉しそうだった。不謹慎なのはお互いにわかっていたが、サーシャの気持ちも理解出来る。大好きな相棒とより深く結びつけることは、変身同調魔法を使う魔法使いにとってはこの上ない誉れだ。

 無言で頷き合う。今一度、大いなる契約のための覚悟を決める。

 目を閉じ、深呼吸をして、サーシャと呼吸を合わせる。心音と心音が響き合い、奏で合う。誰にもほどくことが出来ない強い誓いを立てる。

 すべての感覚を共有する。感情が同調する。ほどけた先から、繋がって融合する。

 契約を書き換える。
 連鎖シークエンス契約から、共鳴レゾナンス契約へ―――

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