ソレイユの秘密

紺乃 藍

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純愛リフレイン

純情可憐に見えますか?(千里視点) ※

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「あれ、今日はあおいちゃんいないんですか?」
「……おりますが」

 お前誰だ、と喉から飛び出そうになった台詞を飲み込む。ダレもカレもない。宅配業者の制服を着て、指定した時間に依頼した集荷に来たのだから、間違いなく宅配業者の従業員だ。

 それはわかるけれど、なぜ葵を名字ではなく下の名前で、ちゃん付けで呼ぶんだ。そういう意味での『お前誰だ』。

「あ。ご苦労さまですー」

 千里せんりが無言のまま宅配業者の男を見下ろしていると、後ろから葵の明るい声が聞こえた。振り返ると葵が膝の上に小さな紙箱を3つ、封筒を7つ乗せて車椅子で自走してきたのが目に入った。その様子を見て、玄関先で立ち尽くしていた若い男がほっとしたように息をつく。

「こんにちは、葵ちゃん。えっと、今日は10個かな? いつもと同じ発送で良い?」
「うん、同じでお願いします」

 いつもと、同じ。
 その慣れた会話を繰り広げる2人に、千里は密かに苛立つ。

 葵は自宅でアクセサリーを作り、販売することで生計をたてている。作った商品は主に通信販売で取引するため、葵は宅配業者の従業員と接する機会が多い。だからソレイユのある地区担当の若い従業員とは、すぐに仲良くなれたようだ。

 それはいいのだが。

「葵ちゃん、今日は機嫌いいね」
「え、そうですか?」
「うん。いつもニコニコしてて可愛いけど、今日はいつもより嬉しそう。何か良い事あった?」
「えへへ、内緒です」
「えー」

 手元の端末をピッピッと操作しつつも、まるで友達のように接しているのは、いかがなものかと思う。ただの客と従業員がそんなに仲良くなるものか? と舌打ちしそうになってしまう。今日の千里はたまたま休暇日だが、普段1人でいるときにもこんな会話をしているのか、と思ってしまう。

 いや、葵は本来はコミュニケーション能力が高い方だ。事故で右足の一部を欠損してしまって以来、見ず知らずの他人に好奇の視線を向けられることと、母親からの激しい束縛が続いたことが災いして他者とふれあう機会が激減しただけ。元々人見知りもしないし、話好きだ。

「じゃあ、あとはこっちで処理しとくね。またね」
「いつもありがとうございます~」

 葵から荷物を受け取った若い宅配業者の男が、閉じていく扉の向こうで手を振る。葵もまた、笑顔で手を振り返している。

「葵」

 扉が完全に閉じてオートロックが落ちる音と、千里の低い声が玄関に響いたのはほぼ同時だった。腰を屈めた千里が、車椅子の方向転換をしようとしていた葵の顔を覗き込む。

「え……千里?」

 葵は気にしていないようだが、サービスを提供される側の客とサービスを提供する側の従業員が色恋事に発展するケースは十分にあり得る。それは深月みづき彩斗あやとが証明しているし、突き詰めれば千里だって仕事をしている時に葵と出会った。無論、その時の葵と千里は客と従業員という立場ではないが、絶対にないとは言い切れないのだ。あの男が、葵に好意を寄せる可能性は。

 そう思うと馴れ馴れしく『可愛い』『いつもより嬉しそう』と言い放った言葉さえ、葵のことを特別視している証のように思えて不快に感じてしまう。今日は葵と千里の他にソレイユには誰も居ない。せっかくの休暇で、せっかくの2人きりだったのに。

「せん、っ……!?」

 車椅子をその場に放置して、葵の身体だけを抱きかかえる。玄関の真ん中に大きな車椅子を置き去りにすれば邪魔なのは分かっているが、1番早い深月の帰宅でさえまだ数時間先の話だ。それまでにはちゃんと片付けるから、とりあえず今は放置させてもらう。

 それよりも、今は放置出来ない確認事項があるから。

 リビングのソファの上に葵の身体を下ろす。2人のための部屋・エテまでは千里の歩幅で11歩だが今はその歩数さえ惜しい。

「え、ちょ、何!? 千里?」

 驚いた葵が力を込めて身体を押し返してきても、千里にとっては大した抵抗ではない。そのまま手首を掴んでソファの座面に身体を押し倒すと、葵の首に歯を立てる。

「んやっ、あ…」

 びくっと大袈裟に跳ねた身体の敏感さは、千里だけが知っている。それだけではない。次に葵が何を言うのか、どんな反応をするのか、どんな顔をするのか、いま何を思っているのか。―――何をされたいのか。

 ちゃんと熟知している。だから

「やだっ……千里、やめっ…」

 とイヤイヤ首を振る仕草を見ても、確認行為の手は休めない。

 欠損した足を隠すために葵はいつもロングスカートを履いている。その長い布を捲り上げて、薄いレースの中央に指を滑らせると、予想と期待の通りそこはすでに湿っていた。この反応の良さも、自分しか知らない。

 つい口の端が吊り上がりそうになってしまう。千里がどんな表情を浮かべても、その内心を他人に読まれることは少ない。だが、葵の目はこの『無表情』の下にある感情もちゃんと読み取れる。だからここで千里が止めないことも、止めない理由にもちゃんと気付いている。

 濡れた布地を指先で退けて、中の柔らかい場所をゆっくりと撫でる。濡れた入り口は千里の太い指を簡単に飲み込み、誘うように沈んでいった。

「んぁっ…、いっ…」

 『い』の続きは『痛い』ではない。葵の身体はちゃんと濡れている。まるで待ち望んだかのように千里の指先を受け入れる彼女が、痛みを感じているとは思えない。だからその言葉の続きはきっと『いい』だろう。

「ああぁ、あ、っふ……」

 その認識が間違っていないと証明するように、抜き差しする指の動きは円滑だ。喉の奥からは甘ったるい声が溢れて、秘部の奥からは甘ったるい蜜が溢れてくる。

「あの男には……葵が清純な美少女に見えてるんだろうな」
「んん、あ、…っ」
「実際の葵は、こうやって無理矢理されるのも好きなのに」
「ちが、ぁあ……ん」

 わざとに意地の悪い言葉を呟くと、葵の頬がわずかに朱に染まる。珍しく千里の知らない反応を見せるが、それも嫌がる時の反応ではない。

「……知ってるのは、俺だけだ」
「ん、あぁッ……!」

 指先で中をかき混ぜるように動かすと、身体は愉悦に跳ねていとも容易く達してしまう。相変わらず感じやすいそんな身体に、そっと満足する。

 快感を極めた葵の表情を確認すると、再度耳元に『所有の確認』を囁く。潤んだ瞳で悔しそうに千里の目を睨む葵だが、口元を隠した手首を掴んで退けると、予想通りその唇は妖艶に笑っていた。

「実は楽しんでるだろ」

 そんな確認をすると、葵は怒った風もなくあっさりと頷いて見せる。

「うん。だって千里が嫉妬するなんて珍しーもん」
「……」

 嫉妬。そうかもしれない。
 そもそも千里が全く知らない、葵だけと交流がある異性の存在など稀有だ。もちろんその場面に遭遇したのも今日がはじめて。それがこんなにも面白くないと千里自身はじめて知った。自分たちの部屋に戻るまで待てないほどの不快な気分を味わうなんて。

 自分の余裕のなさを指摘されて頭を抱えていると、ふと葵の疑問符が耳に届いた。

「私ってそんなに『か弱そう』に見える?」

 顔を上げると、じっとこちらを見つめる葵と目が合った。

 またそんなよくわからない事を。
 と思ったが、そんな葵の疑問には、

「いや、全然」

 と即答する。

「どちらかと言えば、肉食怪獣の子どもに見えるな」
「ナニソレ、ヒドイ」

 確かに葵は、他人より不利になる状況は多いかもしれない。一般的にはそれは『か弱い』と表現するのかもしれない。

 けれど人は見た目だけじゃわからない。小柄で細身で車椅子に乗っていれば、それはさぞか弱い少女に思えるだろうが、実際の葵はそこまで軟弱ではない。自分のことは自分でやるし、出来ない事を認めて周囲に助力を求める強さもある。それに夜に関していえば、千里よりもよほど肉食派だ。

 返答を聞いた葵が嬉しそうな笑顔を浮かべる。か弱そうに見えないと言われて喜ぶ女性も珍しい気がするが、葵は千里の答えに満足したようだ。だから千里も葵に笑顔を返す。

「一応、可憐には見えるぞ」
「そういう千里も、純情に見えるよ」

 葵が楽しそうに呟く。図体のでかい男に向かって純情とは? と首を傾げたが、視線を下げると葵がにこにこ笑うので、まぁ、彼女にはそう見えていると言う事だろう。

 他人にはか弱い少女のように見えるらしい葵は、本当は可憐な姿の肉食獣。

 他人には堅物の大男に見えるらしい千里は、本当は純情な心の肉食獣。

 それならきっと、自分たちは2人合わせて純情可憐カップルだ。見た目と中身が正反対同士なら、似合いの2人なのだろう。

 葵が腕を伸ばしてキスと快楽の続きを求めてくる。千里の小さな嫉妬を受け入れた彼女は、唇を重ねるとこの腕の中でまた可憐に笑うのだ。
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