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純愛リフレイン
ワンとニャンとガオーとピョン
しおりを挟むふとリビングルームのソファに座っていた千里が立ち上がったので、集中力が途切れた。ピンセットでガラスビーズを並べていた手を止めて顔を上げると、千里が庭へと続く大きな窓をカラカラと開けている。
開け放たれた窓からふわりと入り込んできた風は、涼しくて気持ち良い。換気のために開けてくれたのかとその背中を見つめていると、見られている事には一切気付いていない千里がその場にすっとしゃがみ込んだ。
「わんわん」
そしてしゃがみ込んだ千里が、突然犬の鳴き真似をする。
「おーい、ワンワン」
更に犬の鳴き真似をするので一瞬遅れて吹き出してしまいそうになったが、何とか笑いは堪えた。
「にゃあー」
「プッ…! あは、あははっ」
「!!」
けれど、千里が更に続けた猫の鳴き真似には、耐えられなかった。葵が思い切り吹き出してしまうと、ウッドデッキの向こうをみてしゃがんでいた千里が驚いて振り返った。
「な……み、見てたのか!?」
「うん」
180cm以上の大男が一生懸命に小動物の鳴き真似をしているのを一切見るなというのは、無理のある話だ。振り返った千里がまずいところを見られた、みたいなビックリ顔をするので余計に笑いそうになってしまう。
「作業に集中してるんだと……」
しかも『葵が見ていないと思っていたから』と普段は無表情なのに、こういう時だけ急に困った顔をして言い訳まで付け加えてくる。もう可笑しすぎるから、あまり笑わせないで欲しいのに。
「途中までは集中してたよ?」
そう言って作業をしていたテーブルから完全に顔を離すと、千里が開けた窓の外に犬と猫がいるのが見えた。
種類はわからないが、どちらもまだ子どものようで身体がかなり小さい。犬は全身が栗色。猫は灰色で足が短い。どうやら庭を囲っている生け垣の隙間から、ソレイユの庭に侵入してしまったようだ。2匹は庭の芝生の上でお互いの尻尾を追いかけながら、くるくると転がり回っている。
そんな姿を見つけた千里は、2匹に声を掛けたくなったらしい。わんわん、と、にゃあー、で声の掛け方が合っているのかどうかは知らないけれど。
「千里、案外動物好きだよねぇ」
「……まぁ」
指摘を受けた千里が恥ずかしそうに頬をかいて視線を逸らす。
千里は意外に動物好きだ。一緒に街に出たときに彼の行動を観察してみると犬や猫の姿を目で追っているのがわかるし、動物番組もいつも真剣に観ている。見た目とのギャップを自覚しているらしく自分から行きたいとは言い出さないが、きっと動物園や水族館は葵よりも好きなはずだ。
「千里は犬と猫、どっちが好き?」
「……犬かな」
本当はどちらも好きなのだろうけれど、少し考えた千里が自分の言葉に頷きながら呟いた。
「葵は?」
「うさぎ」
「……なんで選択肢外から選ぶんだ」
問い返されたので葵が真顔で応えると、少し呆れたように笑われる。女の子はウサギを追いかけたくなる生き物なんだよ、と説明するが、千里にはよくわからなかったらしい。ワンダーランドの世界に憧れるのは、女の子が少なからず通る道だと思うけれど。
「でも確かに、葵はウサギっぽいな」
「えっ、どのへんが?」
「撫でられるのが好きなとこと、容赦なく噛むとこ」
「………。」
千里の認識では、ウサギはそういう生き物らしい。そして葵にもそういう特徴があると認識しているらしい。
恋人に撫でられるのが嫌いな人なんていないと思う。でも噛まれるのは千里が悪い。体格差があって力では適わないし、スイッチが入ると人の話を聞かなくなるので、そういう方法でなければ葵には千里の意識が向く方向を変えられないのだ。
「そういう千里は犬っぽいよね」
「まぁ、猫ではないだろうな」
「猫っぽいって言ったら、なっちゃんと彩くんかなぁ」
同居人の顔を思い浮かべながら呟く。菜摘は性格が猫っぽい。きっと湊だけが知る甘え上手な一面があるはずだが、他人にはその姿を絶対に見せないし、簡単に靡かない。彩斗は見た目が猫っぽい。立っても座っても見目麗しく、誰からも愛される外見をしている。
「そんで湊くんと深月ちゃんは犬っぽい」
湊はいつも菜摘の後ろをくっついて歩いていて、片時も離れない番犬タイプ。菜摘が他の男の人と話していると、すぐに面白くないと顔に出てしまう。
「深月は犬っぽいか?」
「うん。だって彩くんが出てるテレビ観てる時とか、耳と尻尾がフリフリしてるの見えるもん」
「へえ」
そして深月は忠犬タイプだ。湊と違って『待て』と言われれば待てるが、傍で見ていると感情がだだ洩れになっているのがよくわかる。
ソレイユに住む人たちはみんな個性的だ。身体的な特徴で言えば葵が1番変わっているとは思うが、誰も葵を否定したり迷惑そうな顔をしたりしない。それすら葵の個性として認めてくれるし、助けてくれる……素敵な人たちばかりだ。
傍に近付いてきた千里が葵の脇の下に手を入れて、座っていた椅子から身体を引っ張り上げた。あまりに軽々しく身体を持ち上げるものだから高さに怖くなって千里の首に腕を回すと、そのまま抱き返された。
少し歩いた千里が、元いた窓の縁に葵を降ろしてくれたので、窓枠につかまって片足で立つ。そんな葵に気付いた子犬と子猫が近くに寄ってきた。
だが子犬と子猫は高さのあるウッドデッキの上にのぼることはできないようで、その場で困ったように葵の顔を見上げてくる。
「撫でたくないか?」
「……か、噛まないかな……?」
「小さいから噛まれても痛くないだろ。いつも葵に噛まれてる俺が保証する」
「えー……」
千里に身体を引っ張られ、ウッドデッキの上に足を伸ばして座らされた。座位が安定しない葵の背もたれになるかのように、腰を降ろした千里も葵の身体を挟むように足を伸ばす。そしてその身体を、後ろからぐっと抱きしめてきた。
「わんっ」
「ミャー…」
大きな手に身体を救い上げられると、可愛い2匹はすぐに葵の左足の上によじのぼって来た。
「わぁ、可愛い。ふわふわしてる」
2匹はどこかの家で飼われているのだろう。虫よけの首輪にはネームプレートがついているし、毛並みも柔らかく艶が良い。きっとこの子たちは、今日はデートなのだ。ソレイユは人だけじゃなく、動物たちも秘密の恋をしにくるみたい。
「あはは、くすぐったいよー?」
「……」
「く、す、ぐっ、た、い、よ!?」
「怒るな」
最初は目の前でじゃれあう小動物に言った言葉だったが、次の言葉は後ろから葵の耳元に唇を寄せてくる恋人に対しての言葉だった。
少し大声を出すと、可愛い犬と猫が2人の顔をじっと見上げてくる。けれど自分たちが叱られている訳ではないとわかると、またすぐに葵のスカートの上でごろごろと戯れ出した。
それに対して、背後の千里は叱ったにも関わらず一切動じる様子がない。相変わらず髪を撫でて、首筋にキスをして、葵の身体で戯れるだけだ。
「俺もじゃれてるだけだぞ。……今はな」
*****
「菜摘? 何してんの?」
「し~っ」
湊に声を掛けられ、驚いた菜摘が自分の唇に人差し指を押し当てる。静かに、という合図の後に、ちいさく『おいで』と手招きされるので、湊も不思議に思って傍に寄る。
見ると庭への窓が開け放たれ、窓枠に寄りかかった千里と、その千里に寄りかかった葵が一緒になって昼寝をしている。そんなところでそんな態勢で眠ったら身体が痛くなると思うのに、ふたりともむしろ気持ちが良さそうだ。
すやすやと寝息を立てる2人の顔を見て、菜摘がふふっと笑顔を零す。
「犬と猫みたいだよねぇ」
「そう?」
微笑ましい気分で呟く菜摘に、湊が肩を竦める。この2人はきっと、そんな可愛らしい存在ではない。
「俺にはクマとウサギに見えるけど」
「あぁ……なるほど」
湊の呟きに思わず納得してしまう。確かに見える。図体が大きくて見た目が怖い熊と、小柄で見た目が愛らしい兎に。
ただしこの兎はこの熊に噛み付いて食べる事があるらしいので、全てが見た目通りと言う訳ではなさそうだけれど。
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