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最終章 Side:愛梨
17話
しおりを挟む「まず副社長と話して、愛梨の会社は社内恋愛にすごく寛容な事がわかった」
「そこはどうでもいいと思う」
自分の言葉に、自分で頷く。雪哉は愛梨が口にした疑問の数々の中に新しい一石を投じてきたが、それは今すごくどうでもいい話だ。仕事に支障を来さなければ社内恋愛が自由なことは知っていたし、だから弘翔と付き合っていた時もオープンな関係だった。
「あと副社長がすごくゴシップ好きな事もわかった。だから週明けには、会社中の人がこの話を知ってるかもしれない」
「!?」
30代前半にも関わらず既に3児の父である副社長は、社員個人の恋愛事情を面白がるきらいがある。その事は以前から噂で聞いて知ってはいたが、まさか副社長自ら社内ゴシップを垂れ流ししているとは夢にも思っておらず。
「まぁ、俺としては好都合だけど」
「私には不都合しかない……」
自分でもサッと血の気が引いていくのがわかる。週明けから雪哉の事を気にかけている女性陣からどんな目に合わされるのかと思わず頭を抱えてしまう。
けれどそんな愛梨を余所に、雪哉は一段と低い声で愛梨の名前を囁いてくる。顔を上げると雪哉はまた子猫の笑顔から黒ヒョウの微笑へ表情を変えている。その艶のある目線に言葉を掬い取られると、愛梨の反抗は喉の奥に溶けた。
「流石に4回目だから、ちゃんと答えられるはずだ」
雪哉の手が伸びてきて、ふにっと頬を摘ままれる。愛梨の答えを欲する指先の動きを感じ取ると、雪哉を狙う女性社員たちの怖い顔はすぐにどこかへ掻き消えた。
「愛梨。俺に言う事は?」
「……弘翔と、お別れしました……」
さらに詰め寄られてしまったので、諦めつつ答えを絞り出す。ここ数日雪哉が聞き出そうとしていた言葉は、やはり弘翔との関係が変化した事についてだった。愛梨の言葉を聞いた雪哉は、ようやく息をついて相好を崩した。
「そうだよ。本当は愛梨から報告して欲しかったのに、なんで教えてくれないの?」
なんでと言われても、今まさにこういう状況になっているからに他ならない。
雪哉はいつも戸惑うほど、絶句するほど、心臓が破裂してしまいそうなほどに愛梨を振り回す。まるで愛梨以外は要らないとでも言うように、執着とも呼ぶべき感情を隠す事も惜しむ事もなくぶつけてくる。
実家の部屋で『覚悟しておいて』と言われた言葉を、今更ながらに思い出した。覚悟が足りていなかった愛梨は、結局こうして困惑してしまうのに、雪哉はいつも通りの余裕の表情だ。
「泉さんから連絡が来たんだ。愛梨とは別れたから、急に距離詰めて愛梨を困らせることはしないで欲しいって」
「えっ……?」
雪哉の思わぬ告白に、自分の目が見開かれる表情筋の動きを知覚する。
弘翔は雪哉の恋慕の情だけではなく、それを向けられる愛梨の当惑も察していたらしい。弘翔だって傷付いていたはずなのに、愛梨の心情を優先して雪哉に釘を刺しておいてくれたなんて……弘翔の察知能力の高さに驚いてしまう。それと同時に、別れても普通に接してくれる豪胆な性格に感謝する。
「随分優しい『元』彼氏さんだなって感心した。けど、俺はそんなに優しくないな」
だが雪哉には効果がなかったらしい。むしろ焦燥感に火をつけてしまったようで、隣に座っていた雪哉に手首を掴まれると、思わずびくっと身体が跳ねた。
「相性が悪くて別れたわけじゃないって知ったら、焦りもする。1度手放すのは、愛梨に自分から選択させるためだ。次に選ばれたら、あの人はもう2度と愛梨を手放さない」
説き伏せるような雪哉の説明を聞いて、不意に弘翔が口にした言葉を思い出した。
1回は自由にしてあげるけど、次に掴まえたらもう逃さない。弘翔の視線や挙動に恐怖を感じた事はないが、あの時の瞳は雪哉の目に似ていて少しだけ驚いた。それは言葉の通り『もし元の関係に戻れたら、もう絶対に別れない』という意味なのだろう。
「この前キスした時の表情見て、ようやく愛梨が俺だけを見てくれるって思った。けど仲良さそうに話してるの見ると、やっぱり泉さんの方がいいって言われてるみたいで……いま相当焦ってる」
雪哉が眉間に皺を寄せながら呟く。いつもの冗談やいじわるではない。素直な気持ちを吐露したような声と共に、手首を掴んでいた手と反対の手が愛梨の首筋にそっと添う。
「教えてくれなかったのは、俺に距離を詰められたら困るから?」
「……うん」
「愛梨は、俺の事嫌い?」
「……嫌いじゃない、けど」
「けど? 男としては見れない? ずっと幼馴染みのまま?」
その指先で頬に触れられ、瞳を見つめられ、次々に返答を求められると心臓がまた苦しい程に騒ぎ出す。
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