約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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5章 Side:愛梨

11話

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 女子3人でランチを済ませて廊下を歩いていた時、不意に友理香と2人になるタイミングが出来た。スマートフォンに夫から電話がかかってきたのを知ると、玲子は2人から離れた場所で通話を始める。

 玲子を待っている間、友理香との間には沈黙が下りた。

「友理香ちゃん。この前の事なんだけど」
「……何?」

 愛梨の方から話を切り出されるとは思っていなかったのか、友理香に怪訝な顔を向けられた。『この前』というワードから話の内容を察したのか、愛らしい唇からは似つかわしくない不機嫌な言葉が漏れる。

 けれど改めて否定しておかなければならない。愛梨が雪哉に対して特別な感情を持っていると、友理香に勘違いされたままにはしたくない。それに今なら、以前は伝え損ねた雪哉との関係も、自分が雪哉の想いに応えるつもりがない事も伝えられる気がした。

「あの、一昨日の通訳室で…」
「Excuse me,」

 愛梨が話を切り出そうとしたところで、突然後ろから話しかけられた。

 驚いて思わず言葉が途切れる。振り返ると、愛梨の背後には見たことがない外国人の男性が立っていた。

 社員食堂があるこのフロアは、昼休みは常に沢山の人が行き交っている。食堂には様々な部署の人が出入りするし、ビル内の別会社の社員が利用することもあるので、周囲の様子などいちいち認識していなかった。

 知らない人に話しかけられた事にも驚いたが、話しかけてきたのが外国人で、しかも言葉が日本語ではなかったため更に驚いてしまう。綺麗なブロンドの髪とダークブルーの瞳が印象的な40代半ば頃と思わしき気品のある男性が、少し困ったように首を傾げている。

「Where is the toilet on this floor?」

 早口で何かを問い掛けられた。
 えっ、えっ?と困惑しながら顔を上げると、男性の視線が友理香に向けられていることに気付く。どうやら彼は、友理香と面識があるらしい。

「The toilet on the upper floor is being cleaned and cannot be used.」
「……」

 けれど友理香は、顔を背けたまま男性と視線を合わせようとしなかった。何故か黙ったまま斜め下に俯いて、口も開かず目線も合わせず、まるで無視するように意識を逸らしている。

(えええ、友理香ちゃん!?)

 その態度に愛梨は困惑するしかない。相手は明らかに友理香を認識して話しかけているのに、彼女がそれを無視しているのだから。

「……ゆ、友理香ちゃん…?」

 もしかして、何か嫌な言葉を言われているのだろうか? 前に言っていたセクハラのような発言をされているのだろうか? と一瞬考えてしまう。

 だが男性は1度不思議そうに首を傾げた後、その視線を愛梨へ向けてきた。

「Please tell me the location of the men's toilet.」

 何かを話しかけられて、思わず顔が強張る。英語が話せて面識がある友理香がいるなら、初対面の自分に話しかけてくるなど露ほども思っていなかった。

「ええと…。あの……?」

 何かを訊ねられていることはわかる。かろうじて最後の「トイレット」は聞き取れたが、他は早口過ぎて何を言っているのかわからない。いや、きっとゆっくり言われてもわからない。顔を上げると男性の首が再び横に傾く。

 日本語を話せない人と面と向かい合うことがないので正確な判断は出来ないが、恐らく彼は友理香にハラスメント発言をした訳ではないと感じる。紳士らしく背筋を伸ばして2人を見据える視線からは、男性が女性に向ける特有のいやらしさは感じない。

 愛梨よりかなり年上であると思われる男性は、純粋に困ったような顔をしている。ように見える。だが困っているのは愛梨も一緒だ。

(ど、どうしよう…!?)

 どうして友理香は何も言ってくれないのだろう? もしかして、目の前の男性が話しているのは英語じゃないのかもしれない。友理香が英語と中国語と韓国語を扱えることは知っているが、もし彼が他の言語で話しているのなら、友理香にも彼の言っている事がわからないのかもしれない。

 けれど、それなら愛梨には尚更わかるわけがない。どうしよう、どうしよう、と困惑を極めていると、男性の背後でエレベーターの扉が開いた。

「あれ、愛梨?」
「ユキ……」
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