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4章 Side:雪哉
3話
しおりを挟む「一緒に晩ごはん食べに行こう」
「え、えっと…?」
分厚いリングファイルを膝の上に置いて、右手にマウスを握ったまま固まる愛梨と、見つめ合う。愛梨には以前『困らせない』と言ったが、このぐらいなら許容範囲だろう……と思っていたのに。
「うーん、ちょっと弘翔に聞いていい?」
「また『弘翔』? 別にいいだろ、ご飯ぐらい」
そのぐらい自分で決めればいいと思う。というか、わざわざ許可を取る程のものでもないだろう。
また彼氏と仲が良い姿を見せつけられているような気分になる。その一方で、案外意思の疎通がとれていない印象も受ける。こういう状況の時、彼氏がOKと判断するかNGと判断するのか、何年も付き合っていれば分かりそうな気がするけれど。
「で、でも…」
困惑した愛梨の視線が空中を彷徨う。
「ユキは、恋人が自分に内緒で他の男の人とご飯食べに行ったら、嫌じゃない?」
「……そう言われると困るな」
「そうでしょ」
冷静に言われて、納得する。今、雪哉は愛梨を手に入れるために画策している立場だから『ご飯ぐらい』と簡単な気持ちで言えてしまう。
けれど、いつか愛梨が恋人になったとき、自分に黙って他の男と食事に出掛けたりなんかしたら。絶対に食事だけだと分かっていても、相当腹が立つに決まっている。
愛梨の瞳が懇願するように『だから、諦めて』と訴えてくる。正義感が強くて義理堅いところは、何も変わっていない。愛梨のこういうところを好いているし、その美点を自分のつまらない欲で染めたくはない。
「じゃあ、今日は諦めるよ」
あくまで今日のところは、愛梨の気持ちを尊重する事で落ち着く。やれやれと思いながら愛梨の隣のデスクからワークチェアを引くと、そこにそっと腰掛けた。
「って、何で隣に座るの!? ユキ、言葉と行動一致してないよ!?」
その動作を見ていた愛梨が、驚いたような声を上げて抗議してきた。あまりに必死な顔に、思わず笑ってしまう。
「彼氏に黙って愛梨と食事に行くのを諦めただけだよ。愛梨の仕事が終わるまで、顔を眺めるぐらいは許して欲しいな」
どこの誰のものか知らないデスクの上に頬杖をつきながら呟くと、愛梨がぽかんと絶句した。
数秒間、何か言いたそうにじっと顔を見つめられたが、結局文句の言葉は思いつかなかったようだ。まるで主人に置いていかれた子犬のように、シュンとした表情で作業に戻っていく。
「ユキ、お腹空かないの?」
しょんぼりと背中を丸めた愛梨が、カチカチとマウスを鳴らしながら声だけで訊ねてくる。一応目の前の画面を注視してはいるが、あまり集中できていないようだ。視線が色々なところへ動いているのがわかる。
「どうだろう。さっきまで空腹だったけど、今はあんまり空いてないかな」
本当はお腹は減っていると思うが、あまり気にならない。それよりも愛梨の子犬みたいな行動や表情を見ている時間が愛おしくて、楽しくて。
「見られてると仕事しにくいんだけど…」
「それでいいよ。ゆっくりやってくれた方が愛梨と一緒にいる時間が増えて、俺は嬉しいから」
「……」
8割は本気だが、あまり言い過ぎると怒られそうだったので、あえて2割ほど軽さを含ませた口調で呟く。だが本気とからかいの分量をミスしたようで、返答を聞いた愛梨はそっと赤面した。
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