約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

文字の大きさ
上 下
39 / 95
3章 Side:愛梨

14話

しおりを挟む

「河上さん。お食事中に申し訳ありません。少々確認したいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい」

 雪哉の静かな怒りからどう切り抜けようかと考えていると、天から助け舟が出された。

 総務課のネームプレートを首から下げた男性社員に呼び出されると、雪哉は箸を置いて静かに席を立つ。長い指が箸を扱う所作も綺麗だが、食事の時間を邪魔されても嫌な顔も見せず、颯爽と応じる姿もスマートだ。

 食堂の端に寄って総務課の男性社員と何かを話している雪哉の姿を、遠くから眺める。

「イケメンは正義ね」
「玲子、話がわかるね」

 きらりと瞳を輝かせた玲子と同じく、友理香の目も輝き出す。雪哉の一連の動作に見惚れていたのは愛梨だけではないようで、玲子と友理香が顔を見合わせて頷き合っている。

 女子だなぁ、と呑気な感想を抱いていると、友理香が熱のこもった吐息をほうっと零した。

「私ね、雪哉のこと好きなんだ」
「!?」

 本日数度目の驚きだったが、愛梨が処理する必要のない発言なので、驚きに徹していられる。玲子も似たような表情を浮かべていたらしく、愛梨と玲子の顔を交互に見た友理香が、ふふふっと笑い出した。

「私たち通訳って、人と人との架け橋になれる素敵なお仕事なんだけど、時と場合によっては誰かと誰かの板挟みになることもあるの」

 友理香の言葉に2人で頷く。仕事をしていれば同じ業界の話は嫌でも耳にするが、知らない業界の話を聞く機会はないので、ただそれだけで新鮮な気分だ。

「前にね、すっっっっっごく嫌なセクハラオヤジの通訳を担当したことがあったの。ほんと言葉にできないような酷い発言を訳せって言われて」

 すごく、を溜める間がやけに長かったので、きっと本当に嫌な思いをしたのだろう。思い出すだけで忌々しいと言いたげな友理香の表情に、そっと心を痛める。セクシャルハラスメントというのは、受けた側にしかわからない苦しみだ。

「どうしよう、って泣きそうになってたときに、雪哉に助けてもらったんだ」

 だが悲しい顔は一転して、牡丹の花が綻んだような笑顔になる。元の顔立ちが美しい友理香が笑顔になると、周囲の空気まで浄化して癒すような華やかさがあった。

「その時の雪哉、すごくカッコよくて。そこから雪哉は、ずっと私の王子様なの」

 そしてその笑顔を引き出す雪哉にも、特別な力があるように感じられる。そんな王子様が自分の幼馴染みで、しかも現在進行形で口説かれていることもすっかり忘れ、

「すごい素敵な話だね…」

 と友理香の話に思わずときめいてしまった。愛梨の言葉に大きく頷いた友理香だったが、すぐにシュンと小さくなってしまう。

「でも雪哉には想い人がいるんだって」
「!!」

 友理香の急激な方向転換に、思わず変な声が出そうになる。友理香は固有名詞など口にしていないのに、後ろから背中を叩かれたような、膝をカクンと折られたような、僅かな衝撃と脱力感を覚えた。

 友理香はその相手が目の前にいることに、多分気付いていない。だから照れたようにはにかんで、雪哉の良いところをこうして話してくれるのだろう。

「その人の事、ずっと探してるって言ってた。もう何年も探してるらしいんだけど、見つからないんだって」
「……」
「……」
「そんな辛い恋なんか、止めちゃえばいいのにね」

 押し黙った愛梨と玲子の様子を気にも留めず、友理香は恋色の溜息を洩らす。こんな美女にこんな色っぽい表情をさせて、雪哉は相当に罪な人だと思う。

 それならその雪哉の『想い人』の自分は一体何なんだという話だけれど。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以
恋愛
あらすじ  俵理人《たわらりひと》34歳、職業は秘書室長兼社長秘書。  女は扱いやすく、身体の相性が良ければいい。  結婚なんて冗談じゃない。  そう思っていたのに。  勘違いストーカー女から逃げるように引っ越したマンションで理人が再会したのは、過去に激しく叱責された女。  年上で子持ちのデキる女なんて面倒くさいばかりなのに、つい関わらずにはいられない。  そして、互いの利害の一致のため、偽装恋人関係となる。  必要な時だけ恋人を演じればいい。  それだけのはずが……。 「偽装でも、恋人だろ?」  彼女の甘い香りに惹き寄せられて、抗えない――。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

次期社長と訳アリ偽装恋愛

松本ユミ
恋愛
過去の恋愛から恋をすることに憶病になっていた河野梨音は、会社の次期社長である立花翔真が女性の告白を断っている場面に遭遇。 なりゆきで彼を助けることになり、お礼として食事に誘われた。 その時、お互いの恋愛について話しているうちに、梨音はトラウマになっている過去の出来事を翔真に打ち明けた。 話を聞いた翔真から恋のリハビリとして偽装恋愛を提案してきて、悩んだ末に受け入れた梨音。 偽恋人として一緒に過ごすうちに翔真の優しさに触れ、梨音の心にある想いが芽吹く。 だけど二人の関係は偽装恋愛でーーー。 *他サイト様でも公開中ですが、こちらは加筆修正版です。 性描写も予告なしに入りますので、苦手な人はご注意してください。

そんな目で見ないで。

春密まつり
恋愛
職場の廊下で呼び止められ、無口な後輩の司に告白をされた真子。 勢いのまま承諾するが、口数の少ない彼との距離がなかなか縮まらない。 そのくせ、キスをする時は情熱的だった。 司の知らない一面を知ることによって惹かれ始め、身体を重ねるが、司の熱のこもった視線に真子は混乱し、怖くなった。 それから身体を重ねることを拒否し続けるが――。 ▼2019年2月発行のオリジナルTL小説のWEB再録です。 ▼全8話の短編連載 ▼Rシーンが含まれる話には「*」マークをつけています。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

処理中です...