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3章 Side:愛梨
13話
しおりを挟む来た。
初対面の玲子と同僚の友理香の性格をダシにして、急に踏み込んで来た。この場でそう宣言しておくことで、これ以降、愛梨と玲子に軽い態度で接する事が不自然ではなくなってしまう。という咄嗟に思いついたにしては良く出来た計略。
顔を上げると、目が合った雪哉ににこりと微笑まれる。
「またそうやってー。すぐクライアントの女性社員さんと距離詰めようとするー」
わかりやすい形で攻め込まれ、しかも拒否するための良い理由が見当たらず身体が強張ったが、聞いていた友理香が唇を尖らせて雪哉の行動に文句を言い始めた。だがこの発言には、雪哉の方が焦ったようだった。
「友理香。誤解を招く言い方は止めて」
「えー」
不満そうな友理香の声に雪哉の溜息が重なる。ふと、以前部署に雪哉が訪れた時のことを思い出した。
(そう言えば前もそんなこと言ってたなぁ)
友理香が加わることで賑やかになった打ち合わせの様子を遠巻きに聞いていたところへ、雪哉が用件を告げにやってきた。その時の友理香は『ハグしてくれたら』『雪哉はみんなに優しい』『誰とも付き合わない』と言った言葉を並べて周囲の人を圧倒させていた。
耳にした時は、胸の奥に小さなチクチクを感じながらも、『可愛かった雪哉もいつのまにか女性を口説くスキルを身に着けたんだなぁ』と小さな驚きを覚えていた。
まさかその1週間後、もっとビックリするような事を言われるとは露ほども思っていなかったけれど。
ビックリしすぎた所為で、弘翔には実際の出来事の1割も報告できていない。ランチを一緒に食べて、昔の話をして、夕方には別れたという、肝心なところを全て割愛しタイムテーブルを読み上げただけの報告で終わってしまった。
弘翔には説明のほとんどを端折っただけで、決して嘘はついていない。だが、それ以上の報告などとても出来る気がしない。
「でも、残念でした。玲子は既婚者だし、愛梨は彼氏とラブラブだもんね?」
「……へえ?」
弘翔の事を考えていると、友理香が唐突に手榴弾のピンを引き抜いた。殺傷能力が高めの発言を耳にして、機嫌が良かったはずの雪哉の周辺気圧が急降下する。
(友理香ちゃんんん~!)
友理香は、愛梨の味方ではないらしい。
それも仕方がない。この場で彼女だけが、愛梨と雪哉の関係を知らない。もちろん玲子と雪哉の間にあるのは共通認識ではないが、愛梨が報告しているので玲子に事情は通っている。雪哉に至っては当事者だ。
「玲子は結婚してるんだ?」
下の名前で呼ぶと宣言していた通り、雪哉はさらりと玲子を呼び捨てにした。スマートで鮮やかな距離の詰め方を目の当たりにして、一瞬おおぉ…!と感動しそうになる。
「そう。結婚式から、まだ2か月なの」
「そうなんだ。おめでとう」
「ありがとう」
そして私と弘翔が付き合い始めて2か月です。とは雪哉の前では口が裂けても言えない愛梨だったが、
「で? 愛梨は彼氏と仲良いの?」
と、知っているであろう事実を改めて確認される。『え、心の声漏れてた?』と疑ってしまうほど、軽やかな口調と的確なタイミングで。
「えーとーぉ」
そろりそろりと視線を上げていく。既に興味を失っているらしい友理香はラーメンを食べるのに夢中で、逆に興味津々な玲子は愛梨をにやにやと見つめている。そして雪哉は。
(ユキ目が怖いよおぉ…。全然笑ってないし!)
案の定、怒っているらしかった。
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