約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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3章 Side:愛梨

11話

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「こんなに可愛い愛梨を、堂々と自分のものだって言える権利が、今の俺にはない」
「………ユキ…?」
「彼氏かそうじゃないかなんて、どうでもいいと思ってたんだ。あの時の約束さえあれば、愛梨は俺のものになると思ってた」

 辛さを吐き出すような言葉が愛梨の耳の奥にだけジンと響いた。その言葉に、体温が少しずつ上昇していくのをぼんやりと感じ取る。

「でも違った。今の愛梨は俺のものじゃなくて、他の男のものだ。彼氏だけが愛梨の全部を独占出来る。……2番目以下にそんな権利はない」

 そして鋭いものへと変化した口調と視線が、再び愛梨の心臓と罪悪感を射抜く。

 けれど雪哉の言葉に、愛梨が出せる答えなどない。これが弘翔と付き合う前の、たとえば今から2か月前だったなら、愛梨は答えを出せたのだろうか。こんなにも情熱的に、深く強く愛梨の事を想ってくれる幼馴染みに『嬉しい』と素直に言えたのだろうか。

「……ごめん」

 けれどそれは、もしもの話だ。
 愛梨はもう、弘翔を選んだ。

 少なくとも今すぐ弘翔と別れて、雪哉の手を取るつもりはない。雪哉を追い続けることに疲れて、一方的に雪哉との約束を捨てた愛梨が、今更その手を取ることは出来ない。

 一人寂しく時空の狭間に取り残されていた愛梨を見つけて、優しく手を差し伸べて救い出してくれた弘翔の事しか、今は優先できない。

 約束を捨てた罪悪感を禊いでくれたことへの信愛。そして弘翔だけに感じる、他とは違う感情。勝手に天秤にかけるなんて卑怯だと思われるかもしれないけれど、この比重は覆せない。いくら雪哉が、ほんの少し前まで恋焦がれていた存在だとしても。

「……今日はもう帰ろうか。これ以上ここにいたら、俺の方がどうにかなりそうだ」

 祈りにも似た感情が届いたのか。俯いていると、雪哉がそっと話を打ち切ってくれた。

 雪哉の告白とその気持ちに対する贖罪に心を奪われているうちに、身体には随分と力が入っていたようだ。話の終わりを告げる雪哉の言葉を聞くと、愛梨の身体からフッと力が抜けていった。

 はあぁ、と溜息をつく。雪哉がどうにかなる理由がわからない。キャパシティ超過でどうにかなりそうなのは、愛梨の方だ。

 雪哉が帰ると言うのだから、止める理由などない。立ち上がろうとベッドに手をつくと、ふと伸びてきた雪哉の手が愛梨の手首をぐっと掴まえた。

 え、と驚いて顔を上げる。

「愛梨、キスしてもいい?」

 目が合うと、雪哉は何でもないことのように、とんでもない提案を捻じ込んできた。

 停止しそうになった思考のアクセルを思い切り踏みつけて、フルスピードで脱出する。

「いやいやいや!? ダメに決まってるでしょ!? さっき『彼氏に浮気だって勘違いされたり、責められることしない』って言ったばかりじゃない!」

 急いで首を振って否定の言葉を並べるが、顔には再び熱が灯る。動揺すると顔が赤くなるのは体質なので、焦りや羞恥が顔に出るのはこの際仕方がない。

 だが照れる事と雪哉を受け入れる事がイコールにならない事は、きちんと明言しておかなければならない。火照った顔と涙目で、

「ユキはすぐ嘘つくの?」

 と、むっとして睨むと、雪哉が少し怯んだ。

「つかないよ」

 雪哉は『嘘はつかない』と宣言して、愛梨と目が合うと再び笑みを浮かべた。

 端正な顔立ちで微笑まれると、言質を取っても心がソワソワと落ち着かない。その予覚を裏付けるように、未だ掴まれたままだった手首に突然力が込められた。

「えっ、ちょっ、……ユキ!?」

 腕を思い切り引っ張られてバランスを崩すと、雪哉の白いシャツの中に顔が埋まる。膝で立っていた雪哉の胸に抱きすくめられて驚いていると、今度は空いていた反対の手が背中に回ってきた。上半身を抱え込むように抱きしめられて驚いていると、更なる驚きが耳朶をくすぐる。

「愛梨」

 瞬間、ぞくんっと首から腰まで電流のような痺れが走る。温度と甘さを含んだ声色で名前を呼ばれた事に気が付くと、頭の先から足先までの全細胞が瞬間的に活性化した気がした。

 同時に悲鳴も上げそうになったが、同じ家の中に父と母がいることをコンマ5秒前に思い出したので、寸でのところで声は出なかった。

 雪哉の胸を、力が入らない両手で何とか押し返す。あれ? と残念そうな声を上げた雪哉だったが、顔を見るとさほど残念そうな表情はしていなかった。むしろ瞳の奥に怪しい輝きを宿して、愛梨の顔を楽しそうに眺めている。

「愛梨? これは挨拶だよ?」
「に、日本ではそんな挨拶しないよ!?」

 あとそんな声で相手の名前呼んだりもしないの! というのは言葉にならない。

 声のトーンを低く落として、耳元で愛梨の名前を愛おしそうに囁いたのは、絶対にわざとだ。けれど雪哉は小さく鼻を鳴らして、愛梨の常識とは異なるコミュニケーションの方が世界では一般的なのだと説き始める。

「ただの挨拶だから。これで浮気だって勘違いしたり愛梨を責めるような男だったら、俺との約束に関わらず別れた方がいいよ。心が狭すぎる」

 雪哉はベッドに突いていた手に力を込め、ようやく立ち上がってくれた。

「夜8時までに帰らなきゃいけないんだっけ? 親より酷いな」

 ここにはいない弘翔と、彼が定めた規律の厳格さを責めながら。

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