約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

文字の大きさ
上 下
35 / 95
3章 Side:愛梨

10話

しおりを挟む

「15年、時間が経ちすぎたのは認める」

 俯いていると雪哉が自分の落ち度を静かに受け入れた。悲しげな声が耳に届けば『責めた訳ではない』と否定したい気持ちになり、思わず顔を上げる。

「でも今すぐ彼氏と結婚するのは止めて」
「えぇ……し、しないよ…」
「うん、それならいい。結婚なんかされたら、流石に手が出せなくなるから」

 そんな約束は、していない。
 弘翔との関係はまだ始まったばかりで、未だに付き合いたてのような気持ちでいる。特に愛梨には恋愛経験が著しく乏しいので、同年代の他のカップルより随分スローペースなお付き合いをしているというのに、いきなり結婚まで話が飛ぶわけがない。

 雪哉の発想の方がおかしいと思うが、否定すると雪哉がほっとしたように息を吐いた。

「今の俺は愛梨の彼氏に勝てない。けど」
「……?」
「愛梨が彼氏じゃなくて、俺の方がいいって言うまで諦めるつもりはないから。そこはちゃんと、覚悟しといて」

 と。ここまで言われてようやく、いまいち噛み合っていなかった話がリンクする感覚を覚えた。

 そもそも、雪哉はどうして愛梨にこだわるのだろう。確かに雪哉がアメリカへ旅立つ時に『迎えに来るから』と言われて、『待ってる』と返事をした。それは事実で、お互いにその時の事は記憶していると確認した。

 でもそんなものは何かの夢で、愛梨の妄想で、雪哉の戯言のはずだった。
 はずだった、けれど。

「ユキ。あの……」
「ん?」
「ユキは、その……もしかして、私の事、好き…なの?」

 リンクした話が本当に整合しているのか、確認してみる。けれど自分でもあり得ない確認をしていると思えば、ついつい声も小さくなる。母が大興奮するほど美男子になった雪哉が、自分の事を好きなのかもしれないだなんて。

 そんな冗談みたいな話があるわけない、と心のどこかで思っていた。大人になった自分たちには、幼い頃のささやかな夢物語に執着する理由などないと思っていた。

 だから雪哉の言葉も行動も感情表現も、愛梨には全てが不可解だった。けれどもし、これが雪哉に想われている結果なのだとしたら。辻褄が合うような。

「は…? 何言い出すのかと思ったら、そもそも、そこから?」

 なんて考えていると、呆れたような雪哉の声が耳に届いた。そして勘違いだと思っていた確認事項を、あまりにもあっさりと肯定されてしまう。

「俺は愛梨が好きだよ。昔から、今もずっと……愛梨だけ」

 今更何を言っているのかと雪哉の目線が愛梨を射止める。艶を帯びた視線に、射抜かれてしまう。

 視線が絡むと心臓がどきりと大きな音をたてた。びっくりして身体が動きを失ったせいで、一方的に話し続ける雪哉の言葉を止めることさえ適わない。

「だから愛梨に、彼氏よりも俺の方が好きって言わせるから。絶対に」

 思考が停止して硬直した愛梨を余所に、雪哉は大真面目な顔をして再び愛の告白を囁いた。鮮やかな手口を重ねられ、拒否すらさせないと眼光が物語っている。

「あぁ、でも安心して。彼氏に浮気だって勘違いされたり、責められるようなことはしないから。それで愛梨に嫌われたくないし」

 灼熱のような視線と愛の台詞を仕舞い込んだ雪哉が、少し考え込んでからふと笑顔に戻った。そんな雪哉の様子を見て、愛梨もようやく動きを取り戻す。

「ユキ…。私たぶん、無理だと思うよ…」

 けれど甘い金縛りから解かれて最初に口から出てきたのは、何とも可愛げのない台詞だった。怪訝な顔をして『何が?』と聞き返してきた雪哉にゆっくりと説明を重ねる。

「だってユキ、すごくカッコいいし、モテるでしょ? こんな見た目が男か女かわからない私なんかに無駄な時間使わなくても、ユキなら綺麗な人たくさん……」
「愛梨」

 愛梨のつまらない意地は、雪哉の指先が静かに遮った。線は細いが男性らしく伸びた長い指先に、するりと頬を包み込まれる。

 驚いて顔を上げると、頬を撫でていた親指の腹が、愛梨の唇の端をゆっくりと押すように動いた。

「愛梨は、今すぐ俺に唇塞がれたい?」

 色のある声音で、それ以上喋ると無理にでも黙らせる事になるけどいいの? と確認される。問いかけられて瞠目したが、言葉の意味に気付いた瞬間、身体が再び強張った。

「ちょ、なんでそうなるの…っ!?」
「あはは、顔真っ赤だ。本当に……愛梨は可愛いな」

 咄嗟に雪哉の手を振り払って離れるが、顔が赤くなってしまった事は自分ではどうにも出来ない。

 笑い出した雪哉をぐっと睨む。その攻撃の威力があまり高くはない事は理解していたが、睨まれて笑いを収めた雪哉の表情にはそっと影が落ちた。

「なんでもっと早く、再会できなかったんだろうな」

 そして苦しそうな表情のまま、まるで時間の流れと自分の行動を悔やむような台詞を呟く。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

優しい愛に包まれて~イケメンとの同居生活はドキドキの連続です~

けいこ
恋愛
人生に疲れ、自暴自棄になり、私はいろんなことから逃げていた。 してはいけないことをしてしまった自分を恥ながらも、この関係を断ち切れないままでいた。 そんな私に、ひょんなことから同居生活を始めた個性的なイケメン男子達が、それぞれに甘く優しく、大人の女の恋心をくすぐるような言葉をかけてくる… ピアノが得意で大企業の御曹司、山崎祥太君、24歳。 有名大学に通い医師を目指してる、神田文都君、23歳。 美大生で画家志望の、望月颯君、21歳。 真っ直ぐで素直なみんなとの関わりの中で、ひどく冷め切った心が、ゆっくり溶けていくのがわかった。 家族、同居の女子達ともいろいろあって、大きく揺れ動く気持ちに戸惑いを隠せない。 こんな私でもやり直せるの? 幸せを願っても…いいの? 動き出す私の未来には、いったい何が待ち受けているの?

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~

吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。 結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。 何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる

冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

エリート課長の脳内は想像の斜め上をいっていた

ピロ子
恋愛
飲み会に参加した後、酔い潰れていた私を押し倒していたのは社内の女子社員が憧れるエリート課長でした。 普段は冷静沈着な課長の脳内は、私には斜め上過ぎて理解不能です。 ※課長の脳内は変態です。 なとみさん主催、「#足フェチ祭り」参加作品です。完結しました。

処理中です...