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3章 Side:愛梨
10話
しおりを挟む「15年、時間が経ちすぎたのは認める」
俯いていると雪哉が自分の落ち度を静かに受け入れた。悲しげな声が耳に届けば『責めた訳ではない』と否定したい気持ちになり、思わず顔を上げる。
「でも今すぐ彼氏と結婚するのは止めて」
「えぇ……し、しないよ…」
「うん、それならいい。結婚なんかされたら、流石に手が出せなくなるから」
そんな約束は、していない。
弘翔との関係はまだ始まったばかりで、未だに付き合いたてのような気持ちでいる。特に愛梨には恋愛経験が著しく乏しいので、同年代の他のカップルより随分スローペースなお付き合いをしているというのに、いきなり結婚まで話が飛ぶわけがない。
雪哉の発想の方がおかしいと思うが、否定すると雪哉がほっとしたように息を吐いた。
「今の俺は愛梨の彼氏に勝てない。けど」
「……?」
「愛梨が彼氏じゃなくて、俺の方がいいって言うまで諦めるつもりはないから。そこはちゃんと、覚悟しといて」
と。ここまで言われてようやく、いまいち噛み合っていなかった話がリンクする感覚を覚えた。
そもそも、雪哉はどうして愛梨にこだわるのだろう。確かに雪哉がアメリカへ旅立つ時に『迎えに来るから』と言われて、『待ってる』と返事をした。それは事実で、お互いにその時の事は記憶していると確認した。
でもそんなものは何かの夢で、愛梨の妄想で、雪哉の戯言のはずだった。
はずだった、けれど。
「ユキ。あの……」
「ん?」
「ユキは、その……もしかして、私の事、好き…なの?」
リンクした話が本当に整合しているのか、確認してみる。けれど自分でもあり得ない確認をしていると思えば、ついつい声も小さくなる。母が大興奮するほど美男子になった雪哉が、自分の事を好きなのかもしれないだなんて。
そんな冗談みたいな話があるわけない、と心のどこかで思っていた。大人になった自分たちには、幼い頃のささやかな夢物語に執着する理由などないと思っていた。
だから雪哉の言葉も行動も感情表現も、愛梨には全てが不可解だった。けれどもし、これが雪哉に想われている結果なのだとしたら。辻褄が合うような。
「は…? 何言い出すのかと思ったら、そもそも、そこから?」
なんて考えていると、呆れたような雪哉の声が耳に届いた。そして勘違いだと思っていた確認事項を、あまりにもあっさりと肯定されてしまう。
「俺は愛梨が好きだよ。昔から、今もずっと……愛梨だけ」
今更何を言っているのかと雪哉の目線が愛梨を射止める。艶を帯びた視線に、射抜かれてしまう。
視線が絡むと心臓がどきりと大きな音をたてた。びっくりして身体が動きを失ったせいで、一方的に話し続ける雪哉の言葉を止めることさえ適わない。
「だから愛梨に、彼氏よりも俺の方が好きって言わせるから。絶対に」
思考が停止して硬直した愛梨を余所に、雪哉は大真面目な顔をして再び愛の告白を囁いた。鮮やかな手口を重ねられ、拒否すらさせないと眼光が物語っている。
「あぁ、でも安心して。彼氏に浮気だって勘違いされたり、責められるようなことはしないから。それで愛梨に嫌われたくないし」
灼熱のような視線と愛の台詞を仕舞い込んだ雪哉が、少し考え込んでからふと笑顔に戻った。そんな雪哉の様子を見て、愛梨もようやく動きを取り戻す。
「ユキ…。私たぶん、無理だと思うよ…」
けれど甘い金縛りから解かれて最初に口から出てきたのは、何とも可愛げのない台詞だった。怪訝な顔をして『何が?』と聞き返してきた雪哉にゆっくりと説明を重ねる。
「だってユキ、すごくカッコいいし、モテるでしょ? こんな見た目が男か女かわからない私なんかに無駄な時間使わなくても、ユキなら綺麗な人たくさん……」
「愛梨」
愛梨のつまらない意地は、雪哉の指先が静かに遮った。線は細いが男性らしく伸びた長い指先に、するりと頬を包み込まれる。
驚いて顔を上げると、頬を撫でていた親指の腹が、愛梨の唇の端をゆっくりと押すように動いた。
「愛梨は、今すぐ俺に唇塞がれたい?」
色のある声音で、それ以上喋ると無理にでも黙らせる事になるけどいいの? と確認される。問いかけられて瞠目したが、言葉の意味に気付いた瞬間、身体が再び強張った。
「ちょ、なんでそうなるの…っ!?」
「あはは、顔真っ赤だ。本当に……愛梨は可愛いな」
咄嗟に雪哉の手を振り払って離れるが、顔が赤くなってしまった事は自分ではどうにも出来ない。
笑い出した雪哉をぐっと睨む。その攻撃の威力があまり高くはない事は理解していたが、睨まれて笑いを収めた雪哉の表情にはそっと影が落ちた。
「なんでもっと早く、再会できなかったんだろうな」
そして苦しそうな表情のまま、まるで時間の流れと自分の行動を悔やむような台詞を呟く。
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