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3章 Side:愛梨
6話
しおりを挟む母が二つ返事で了承したせいで、雪哉を連れて実家を訪ねることが決定してしまった。
乗り継ぎの時に寄った大きな駅の構内を探索して、最近話題になっている洋菓子を手土産に購入する。それから電車に揺られること、およそ30分。
道中、話したいことや聞きたいことは沢山あったが、笑顔の雪哉に『晴れてよかったね』とか『朝は何食べたの?』とかどうでもいい質問をされて、それに答えているうちにあっという間に実家に到着してしまった。
「こんにちは。お久しぶりです」
「あらぁ! 雪哉くん、すっかり男前になっちゃって…!」
玄関先で雪哉に笑顔を向けられ、母が感動したように再会を喜んだ。テレビ番組で取り上げられた最旬スイーツを雪哉の手から受け取ると、母のテンションは更に急上昇する。
「上がって上がって、散らかってるけど~。お昼食べてないのよね?」
大したものじゃないけど用意してあるから、と言いながら母が小躍り気味にリビングに消えて行く。
「ごめん…お母さんうるさくて…」
「ううん。変わってなくて安心した」
2か月ぶりに顔を見せ、しかも来客を伴い、さらにその連絡を数時間前にしたのなら、普通は怒られてもおかしくないと思う。けれど雪哉の成長を目の当たりにした母は、怖いぐらいにご機嫌だ。
妙に浮かれる母と遺伝子が半分同じなのかと思うと途端に恥ずかしさを覚えたが、雪哉はクスクスと笑うだけだった。
「おお、雪哉くん、久しぶりだな」
「ご無沙汰しています。おじさんもお元気そうで何よりです」
リビングから、今度は父が顔を覗かせる。雪哉に挨拶をした後で愛梨に向き直った父に『来るならもっと早く連絡しなさい』と言われてしまう。生返事をする反面、父の方が母の数倍マトモな感性に思えた。
洗面所で手を洗ってリビングに入ると、そのまま揃って食卓に着く。ダイニングテーブルの上に並ぶのは、愛梨と弟の響平が帰ってきたときにはあり得ない程の豪華な昼食だ。運動会の時のように、唐揚げや卵焼きといった定番のおかずや手の込んだ中華総菜が大皿に乗せられている。そしてお寿司……出前まで取ったのだろうか。
ご馳走を用意した方がいいと言ったのは、そうめんや残り物のカレーは止めて欲しいという意味で、オードブルや出前を用意して欲しいという意味ではなかったのに。
けれどテンションの高い母の様子を見て、その説明は引っ込めた。
豪華な昼食を口に運びながら、両親と雪哉の会話に耳を傾ける。内容のほとんどは以前カフェで聞いた事と同じ、雪哉がアメリカに行ってからの事。それから愛梨も知らなかった、日本に戻ってきてから通訳の仕事をするまでの経緯。
「でもびっくりしたわぁ。まさか愛梨と同じ会社なんて」
豪勢な昼食をおおよそ堪能し終わった頃、母が感心したように頷いた。
「俺も驚きました。でも俺は派遣なので、正社員の愛梨とは身分が違いますけど」
「まぁ、謙遜ね。通訳なんてすごいじゃない」
「そうだぞ。愛梨なんて、日本語すら怪しいもんな」
「ちょっと、お父さん?」
雪哉の語学力は確かに素晴らしいが、それで愛梨が見下げられるのは納得がいかない。頬を膨らませると、父にはアハハと笑って誤魔化される。
「雪哉くん、彼女はいないの?」
「ちょ、ちょっと、おかーさん!?」
父に気を取られて油断していた隙を突いて、母が雪哉にとんでもない事を聞いていた。慌てて制止しようとしたが、雪哉が答える方が早かった。
「残念ながら、いないですね」
「あらぁ、こんなモデルさんみたいに格好いいのに、もったいないわねぇ」
母の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。いくら昔馴染みだからと言って、プライベートな事においそれと突っ込んでいくなんて失礼にも程がある。雪哉が母の攻撃を適当にあしらってくれて良かったと思うのも束の間。
「そうだ、雪哉くん。もしこの先ずっと日本にいるなら、愛梨を嫁にもらってやってくれ」
「おとーーさーーん!!?」
母の数倍の問題発言を零した父に、思わず目を見開いてしまう。
なんて事を言い出すの!
変なこと言うのホントにやめて!
「やだ、お父さんったら。別にアメリカに連れて行っちゃってもいいわよ?」
「おかあぁさあぁん!?!?」
父の発言に母が乗っかる。母の発言を咎めようとしたら、ダイニングセットとお揃いの椅子がガタガタッと激しく動いた。
「この子ったら27歳にもなって、未だに彼氏の1人も連れてこないんだから。もうちょっと女の子らしくしてくれないと、いつまで経っても孫の顔なんて見れないわよ」
母が冗談の中に本気の文句を織り交ぜて愛梨を見つめる。だが、孫の顔を見たい母の願望など今はどうでも良い。
愛梨は爆発物処理班ではない。次から次へと危険な発言ばかり投下されても、処理が追い付かない。
もうほんと勘弁して。
泣きそうな気分でそう思った矢先。
「え? だって愛梨…」
爆弾魔が、さらっと1人増員した。
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