上 下
30 / 95
3章 Side:愛梨

5話

しおりを挟む

「うん。じゃあ行こうか。行きたいとこがあるんだ」

 名前を呼ぶと、怒気を懐に仕舞い込んだ雪哉がくるりと表情を変えた。

 機嫌が直ってくれた事に安堵しながら『どこ?』と訊ねると、雪哉はとんでもない行き先を告げてきた。

「愛梨の実家」
「………へっ?」
「久しぶりに、おじさんとおばさんに会いたいなって」

 唐突な提案に目を白黒させていると、雪哉が楽しそうに笑い出す。『あと卒業アルバムも見たい』と思い出したように付け足される。

 いやいやいや――実家? う、うちの?

「でも日曜日だから、出掛けてる?」
「え…。たぶんいると思うけど…。…そんな急に?」
「うん、ちょっと連絡してみて。いなかったら、また次の機会にしよう」

 ご機嫌に提案を続けられ、再び返答の言葉を見失う。最初に『懐かしい話』と言っていたから、てっきり何処かで食事でもしながら、会っていなかった間のお互いの話や思い出話をするのかと思っていた。

 けれどそれだけでは足りないらしい。愛梨の身内に会って、卒業アルバムを見たい。そうでなければわざわざ日程を調整して休暇を使った意味がない、と暗に諭されているような気がした。

 しかも。

(ダメならまた一緒に出掛ける気なんだ…)

 追加された発言には、流石に驚きを隠せなかった。もし今日がダメなら日を改めてもう1度という、正解なのかズレているのか分からない雪哉の言い分。

 けれど今日は特別だ。本人の許可を得ているとはいえ、恋人がいるのに別の異性と2人きりで会うなど、本来は不誠実な行動だと思う。にも関わらず、雪哉はさらりと『次の機会』と口にした。

 次はないでしょ、と思いながらスマートフォンを取り出す。実家の固定電話の番号を探しながら、頭では別の事を考えた。

(これは、……弘翔に怒られる?)

 弘翔は愛梨の親に会った事が無い。それなのに、元々顔見知りであるとは言え、恋人の弘翔を差し置いて雪哉が両親に会おうとしている。そしてその段取りを、他でもない愛梨がしているという謎の状況。

 けれど今、弘翔にその相談と許可取りをしている時間はない。仕方がない。選択肢は事後報告一択なので、これは後で怒られるしかない。半ば諦めて『上田・いえのでんわ』に電話を掛ける。

(いや、その前にお母さんに怒られる?)

 母には怒られるかもしれない。一応、夏季休暇の際は実家に帰っているが、それからおよそ2か月顔を出していない。電車で20~30分程度の距離なのに、秋の連休も弘翔と会っていたので、連絡するのさえかなり久しぶりだ。

「あ、もしもし? お母さん?」

 コール音が聞こえている間、連絡をしていなかった2か月間を怒られるのではないかとハラハラしていたが、呼び出し音が切れた後に『はーい』と間延びして聞こえた母の声は存外に明るかった。

「あのう…今日って、何か用事ある?」
『え、ないわよ? 何かあったの?』

 とりあえず怒られなかった事に、ほっと息をつく。でも次の言葉には怒られるかもしれない。

「急なんだけど、今からうちに帰ってもいいかな…?」
『あら、いいけど。でも別にご馳走の予定はないわよ?』

 これでも怒られない。それどころか食事の心配をするあたり、やはり母親だ。

「ええっと、今からでもご馳走は用意した方がいいかも……」
「愛梨。そんな事させなくていいよ。普段通りでいいから」
『え? 何よ、どうしたの?』

 無茶な要求をすると隣から声が聞こえたので、ちらりと雪哉の顔を見る。母に怒られるかもとビクビクしている様子を見て、雪哉は愉快そうに笑っていた。

 漏れそうになる不満を押さえて、電話口の向こうで困惑している母の質問に応える。

「あのね、お母さん。昔、上田のおじいちゃん家の向かいに住んでた、河上さんって覚えてる?」
『覚えてるわよ。当り前じゃない』

 いっそお母が忘れてくれていたらよかったのかも。そしたら雪哉も諦めてくれるかも。なんてひどい事を思ってしまうけれど、母は覚えていると明言する。それを聞き取っていた雪哉も嬉しそうに微笑むだけ。

 だから愛梨は、溜息をつくしかない。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

ほろ甘さに恋する気持ちをのせて――

相沢蒼依
恋愛
いつもからかってくる同期入社したアイツの存在が気になってしまった。 ※プチプリのコンテスト応募作品です

【完結】もう二度と離さない~元カレ御曹司は再会した彼女を溺愛したい

魚谷
恋愛
フリーライターをしている島原由季(しまばらゆき)は取材先の企業で、司馬彰(しばあきら)と再会を果たす。彰とは高校三年の時に付き合い、とある理由で別れていた。 久しぶりの再会に由季は胸の高鳴りを、そして彰は執着を見せ、二人は別れていた時間を取り戻すように少しずつ心と体を通わせていく…。 R18シーンには※をつけます 作家になろうでも連載しております

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

甘い束縛

はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。 ※小説家なろうサイト様にも載せています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

冷徹上司の、甘い秘密。

青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。 「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」 「別に誰も気にしませんよ?」 「いや俺が気にする」 ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。 ※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

睡蓮

樫野 珠代
恋愛
入社して3か月、いきなり異動を命じられたなぎさ。 そこにいたのは、出来れば会いたくなかった、会うなんて二度とないはずだった人。 どうしてこんな形の再会なの?

処理中です...