約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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3章 Side:愛梨

5話

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「うん。じゃあ行こうか。行きたいとこがあるんだ」

 名前を呼ぶと、怒気を懐に仕舞い込んだ雪哉がくるりと表情を変えた。

 機嫌が直ってくれた事に安堵しながら『どこ?』と訊ねると、雪哉はとんでもない行き先を告げてきた。

「愛梨の実家」
「………へっ?」
「久しぶりに、おじさんとおばさんに会いたいなって」

 唐突な提案に目を白黒させていると、雪哉が楽しそうに笑い出す。『あと卒業アルバムも見たい』と思い出したように付け足される。

 いやいやいや――実家? う、うちの?

「でも日曜日だから、出掛けてる?」
「え…。たぶんいると思うけど…。…そんな急に?」
「うん、ちょっと連絡してみて。いなかったら、また次の機会にしよう」

 ご機嫌に提案を続けられ、再び返答の言葉を見失う。最初に『懐かしい話』と言っていたから、てっきり何処かで食事でもしながら、会っていなかった間のお互いの話や思い出話をするのかと思っていた。

 けれどそれだけでは足りないらしい。愛梨の身内に会って、卒業アルバムを見たい。そうでなければわざわざ日程を調整して休暇を使った意味がない、と暗に諭されているような気がした。

 しかも。

(ダメならまた一緒に出掛ける気なんだ…)

 追加された発言には、流石に驚きを隠せなかった。もし今日がダメなら日を改めてもう1度という、正解なのかズレているのか分からない雪哉の言い分。

 けれど今日は特別だ。本人の許可を得ているとはいえ、恋人がいるのに別の異性と2人きりで会うなど、本来は不誠実な行動だと思う。にも関わらず、雪哉はさらりと『次の機会』と口にした。

 次はないでしょ、と思いながらスマートフォンを取り出す。実家の固定電話の番号を探しながら、頭では別の事を考えた。

(これは、……弘翔に怒られる?)

 弘翔は愛梨の親に会った事が無い。それなのに、元々顔見知りであるとは言え、恋人の弘翔を差し置いて雪哉が両親に会おうとしている。そしてその段取りを、他でもない愛梨がしているという謎の状況。

 けれど今、弘翔にその相談と許可取りをしている時間はない。仕方がない。選択肢は事後報告一択なので、これは後で怒られるしかない。半ば諦めて『上田・いえのでんわ』に電話を掛ける。

(いや、その前にお母さんに怒られる?)

 母には怒られるかもしれない。一応、夏季休暇の際は実家に帰っているが、それからおよそ2か月顔を出していない。電車で20~30分程度の距離なのに、秋の連休も弘翔と会っていたので、連絡するのさえかなり久しぶりだ。

「あ、もしもし? お母さん?」

 コール音が聞こえている間、連絡をしていなかった2か月間を怒られるのではないかとハラハラしていたが、呼び出し音が切れた後に『はーい』と間延びして聞こえた母の声は存外に明るかった。

「あのう…今日って、何か用事ある?」
『え、ないわよ? 何かあったの?』

 とりあえず怒られなかった事に、ほっと息をつく。でも次の言葉には怒られるかもしれない。

「急なんだけど、今からうちに帰ってもいいかな…?」
『あら、いいけど。でも別にご馳走の予定はないわよ?』

 これでも怒られない。それどころか食事の心配をするあたり、やはり母親だ。

「ええっと、今からでもご馳走は用意した方がいいかも……」
「愛梨。そんな事させなくていいよ。普段通りでいいから」
『え? 何よ、どうしたの?』

 無茶な要求をすると隣から声が聞こえたので、ちらりと雪哉の顔を見る。母に怒られるかもとビクビクしている様子を見て、雪哉は愉快そうに笑っていた。

 漏れそうになる不満を押さえて、電話口の向こうで困惑している母の質問に応える。

「あのね、お母さん。昔、上田のおじいちゃん家の向かいに住んでた、河上さんって覚えてる?」
『覚えてるわよ。当り前じゃない』

 いっそお母が忘れてくれていたらよかったのかも。そしたら雪哉も諦めてくれるかも。なんてひどい事を思ってしまうけれど、母は覚えていると明言する。それを聞き取っていた雪哉も嬉しそうに微笑むだけ。

 だから愛梨は、溜息をつくしかない。

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