約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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2章 Side:雪哉

9話

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 愛梨と会話をして、彼女が全然変わっていなかったことが単純に嬉しかった。昔のように冗談を言い、下らない話で笑えることが楽しかった。

 けれど、そう思っていたのは自分だけのようだった。

(やっぱり、恋人なのか)

 1週間前、会社内のエレベーターで会った時に愛梨と一緒にいた男性の姿を思い出す。

 詳細なプロフィールは知らないが、自分たちとさほど変わらない年齢に見えた。ダークグレーのビジネススーツに瑠璃色のネクタイを締め、整髪剤で頭髪を整えた爽やかな好青年。専務へ向けた挨拶を横柄に流されても特に気にした様子もなく、何処か余裕すら感じられた。

 その恋人に誤解されたくないから、2人で会うことは出来ない。愛梨にそう断られてしまった。

(あんなに可愛かったら、恋人ぐらいいるか。……いるよな)

 想像通りのショートヘアだった愛梨は、想像よりもずっと可愛らしい女性に成長していた。昔の愛梨は男の子みたいな性格と風貌で、中学生の頃は大多数の男子が愛梨を女の子扱いしていなかった。愛梨を明確に可愛いと認識していたのは、たぶん雪哉だけだった。

 懐かしい姿を思い出す。それと同時に、懐かしい別れの瞬間も。

(愛梨は、もう忘れたのか…)

 あの日の約束を。雪哉が一生懸命に伝えた言葉を。その言葉に頷いてくれた事を。
 忘れてしまったのか、それとも中学生の言葉なんて最初から本気にはしてくれていなかったのだろうか。

「あれ、雪哉。今日は外ランチ?」

 昏い思考に沈んでいると、聞き慣れた声がした。はっとして顔を上げると、先輩の浩一郎がテーブルの近くに立っている。見ると彼の手には、大きいマグカップが1つ握られていた。

こうさん」

 名前を呼ぶと、頷いた浩一郎が雪哉の目の前に腰掛けてきた。トンと置かれたマグカップの中を見て、思わず顔を歪める。

 浩一郎は朝と夜にたくさん食べて、昼は食事を摂らないスタイルを何年も続けており、昼食を食べる姿はほとんど見た事がない。

 だが双方向から飛んでくる言語を拾い、別の言語に変換し、投げ返すタスクを延々と繰り返す『通訳』の仕事は、脳が相当のエネルギーを消費する。

 仮に腹は空かなくても、糖分は絶対に欠かせない。だから浩一郎が飲むのは、今日も大容量の甘いラテ。の上に、ホイップクリームとチョコレートソースとパウダーシュガーをトッピングした、甘党女子も青ざめるほどのハイカロリー飲料だ。

「どうだー? お堅い連中は」

 浩一郎が口にする飲み物は見ているだけで胸やけがするが、仕事もそれと同じ程げんなりする現状だ。

「はぁ、なかなか曲者揃いですね。結構なスケジュール組んでる割に、当り前のように別案件投げてくるんで、既に殺意湧いてます」

 浩一郎や友理香は必要に応じて出勤日が組まれるサブ契約だが、雪哉だけは常時会社に留まり仕事をこなす専任契約だ。溜め息交じりに答えると、浩一郎が愉快そうに笑い出した。

「アハハ。お前腹黒いから、そこんとこは上手くやれるだろ」
「腹黒くはないです」

 浩一郎は時折、雪哉を『腹黒い』と形容する。雪哉としてはそんなつもりはないし、ちゃんと否定しておかないと周囲にもそういうキャラクターだと認識されてしまうので、その都度しっかり否定するようにしている。

 だが目の前の先輩はその返答にさえ面白おかしく笑うだけだ。

「で、さっき一緒だった子、誰?」

 すっかり冷めたクロックムッシュを口に運んだところで、突然そう訊ねられた。銀縁の眼鏡の奥で興味津々に瞳を輝かせる浩一郎には内心かなり動揺する。

「……見てたんですか」
「違うよ。たまたま見えたの」

 ニコニコと笑う浩一郎の顔を見て、面倒な人に見られてしまった事を悟る。だが友理香に見られるよりは数倍マシだ。

 雪哉はクロックムッシュを咀嚼している間に愛梨との関係を深掘りされないための言い訳を練るつもりでいた。けれど口を開く前に、思わぬ形で浩一郎に先回りされてしまう。

「やめてよー? クライアントの女子社員、片っ端から泣かせるの」
「……そういうのじゃないですから」

 思わずむせそうになるのを、平常心を装ってやり過ごす。にやにやと笑う浩一郎に何かを見透かされているような錯覚を覚えたが、

「でも雪哉、ショートカットの女の子好きでしょ?」

 と言われてしまえば、今度は開いた口が塞がらなくなってしまった。
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