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2章 Side:雪哉
1話
しおりを挟む雪哉はアメリカに移住した当初、全く英語が話せずコミュニケーションの面で相当な苦労を強いられた。だが人間の慣れとは不思議なもので、半年も経たないうちに周囲との会話に困らない程度には英語が話せるようになった。
その2年後には学業にも支障がないほど語学力は上達し、更に1年後には全科目を通して成績優秀者としてクラスで名前が挙がるほどになった。
移住してから約9年後、大学卒業と同時に単身日本へ戻ってきた。
日本に戻ってきて最初に行ったことは、就職活動だった。雪哉は特別手に職がある訳ではなかったので仕事探しにも苦労したが、自分にネイティブと同じ英語力がある事に気付いてからは、すんなりとやりたい仕事が見つかった。
通訳の仕事は語学力とコミュニケーション能力はもとより、洞察力や情報処理能力も必要とする。けれどそれが自分に合っている事に気付くと、そのうち仕事に楽しみを見出せるようになった。
仕事が落ち着いた頃、ようやく愛梨を探し始めた。そもそも両親がアメリカに移住しているにも関わらず、わざわざ日本に戻ってきたのは幼馴染みの愛梨に会いたかったからだ。
『愛梨。俺、絶対に愛梨を迎えにくるから。待ってて』
雪哉は日本を発つとき、ずっと好きだった愛梨にそう約束した。
後から考えれば随分思い切った約束をしたと思う。自分なりに必死で想いを伝えたし、十分本気のつもりだった。だが中学生というのは大人でも子供でもないどっちつかずな年齢だったから、愛梨が本気にしてくれる自信はなかった。
『私も、ユキのこと、ずっと待ってる』
けれど愛梨は少し困った顔をしながらも、雪哉を待つと約束に応えてくれた。
雪哉が愛梨を特別に想うようになったきっかけは、たまたま家がお向かい同士だっただけかもしれない。
けれど物心がついた頃からいつも傍には愛梨がいたし、愛梨以外の女子が自分のパーソナルスペースに入ってくるのは、何だが落ち着かなかった。
愛梨が相手じゃないと何もかもが上手くいかない事は、日本にいる頃から自覚していた。だから愛しい幼馴染みを、必死に探し続けた。
まずは昔住んでいた田舎へと足を運んだ。元々雪哉たち一家が住んでいた家は既に別の家族が住んでおり、肝心の上田家は家どころか土地ごと他人の手に渡ったようで、敷地の端から端までが見知らぬ田んぼに様変わりしていた。
今度は懐かしい風景を眺めながら、近所を散策しつつ上田家の事情を知っている人を探した。話によると一家がこの土地を離れてから既に10年以上の年月が経過しているらしく、雪哉が尋ねまわった中にその後の詳細を知る人はいなかった。
この時点で、元々住んでいた田舎を捜索することは諦めた。今の時代ならネットやSNSで検索した方がよっぽど効率がいい。
そう思いつくと自分の足で探すのは諦め、今度は電子機器の前に長時間居座るようになった。
だがここでも思うような情報は見つからない。愛梨や愛梨の弟のSNSアカウントも見つからない。当時の愛梨の友人の名前も、さほど頓着していなかったためか一切思い出せない。
考えているうちに、愛梨の名字が『上田』じゃないような気さえしてきて、自分が相当疲労してきていることに気が付いた。
(手掛かりなし、か)
気付けば雪哉が日本に戻って、5年が経過していた。
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