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1章 Side:愛梨

12話

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 弘翔と付き合う前までは、確かに雪哉の事が好きだったと思う。けれど今となっては、思い出に浸っていただけなのかもしれないとも思える。

 雪哉に対する今の感情は、自分自身もよくわからない。

「河上さんと話したら、自分の気持ちがわかるかもよ?」
「そんな機会なんてないよ」

 玲子の言葉に、苦笑する。平社員の愛梨が、会社の特命でやってきた雪哉に接する機会などない。それに。

「弘翔にも会わないでって言われたし」
「へぇ? 愛梨はそれでいいの? 長年の片思いにケリもつけずに?」
「え…、…うん…」

 不思議そうに訊ねられるが、愛梨は曖昧に頷くことしかできない。長年の片思いに蹴りをつける代償に、弘翔を傷つけたくはない。傷付けずにケリをつける方法もわからない。

 何から何まで経験に乏しく、自分でもどう考えてどう行動するのが正解なのかわからないから。自分よりも経験豊富な筈の玲子に、とるべき行動の指針を示してほしいと思って相談したのに。

「玲子はどうしたらいいと思う?」
「んー、愛梨の好きにしたらいいと思う」
「えー!?」

 不満の声を漏らすと、頬杖をついたままの玲子がそっと息をついた。そして愛梨の顔を興味深げに眺めながら、綺麗な唇を綻ばせて笑う。

「そりゃ、同期で仲良い愛梨と弘翔がそのままゴールインしてくれたら、私も嬉しいよ? でもそれ以上に、愛梨には後悔してほしくないから」

 だから自分で決めなさい、と笑顔のままちょっと怒られてしまう。愛梨の心は愛梨のもので、他の人には決められない。『それは自分でもわかっているでしょ?』と。

「それに私も後悔したくない」
「うん?」

 玲子が唐突に話題の舵を切る。意味が分からずに玲子の顔を見つめると、彼女はにこやかな笑顔を浮かべたままスッと立ち上がった。

「私、午後イチで『プロクオ』の編集と打ち合わせ予定なの。早めに準備したいから、もう戻りまーす」
「ええぇ? 待ってよー!」
「詰まるからゆっくり食べなよ。愛梨は午後のミーティングまで余裕あるんでしょ?」

 そう言い残すと、玲子は返事も待たずに立ち去っていく。慌てて後を追おうと思ったが、空いた皿とグラスが乗ったトレーを返却口に押し込み、颯爽とカフェを出ていく玲子のスピードには追い付ける気がしなかった。

「もー…」

 大声を出して周囲の注目を集めた張本人の玲子が、愛梨を置いていってしまうなんてひどい。おそらく店員も客もこちらの様子など気にも留めていないだろうけれど、1人で思い出して勝手に気まずい思いをした。

 アイスレモンティーを1口飲むと、残っていたサンドイッチも口に運ぶ。

(私の好きに…か)

 自分は、どうしたいのか。
 その答えは、もう1か月前に出ている。

 愛梨はもう、雪哉との約束を追わないと決めた。それは雪哉が目の前に現れても同じことだ。

 あの日愛梨は雪哉との約束を捨て、弘翔の手を取ると決めた。その時点で愛梨は雪哉との約束を一方的に反故にして、弘翔を選んだのと同じ。

 自分から『約束』と『思い出』を手放した。だから愛梨から雪哉に伝えることはもうない。これが1か月前のあの日に戻ったなら、話は変わってくるのかもしれない。
 けれど時間は戻らない。

 もし時間が戻るのなら、自分は戻りたいだろうか。

 ――戻りたい。
 1か月前ではなく、15年前に。

 幼い自分と幼い雪哉に『その約束は絶対に果たせないから、やめなさい』と忠告したい。27歳の愛梨に約束することを制止されたら、中学生の雪哉はなんと言うのだろうか。

「愛梨」

 グラスの中の氷がカシャカシャと涼しく揺れる音に、愛梨の名前が重なった。

 名前を呼ばれた事に驚いて顔を上げると、更なる驚きが愛梨を待ち構えていた。

 そこにはたった数分前に玲子に『会わない』と宣言した人物が、カフェのトレーを手にして愛梨の顔をじっと見つめている。

「……ユキ…」
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