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ふたなり女王陛下の甘美なる受難
第二話
しおりを挟むもちろんどちらにせよ気まずいとは思う。だが正確な状況を知っているのか知らないのかと気にしてソワソワするよりは、事実を明示しておいた方が……シャルロッテの言い訳もちゃんと聞いてもらった方が、まだいくらかましな気がした。
「父の怨念よ」
「……は?」
だからシャルロッテは己の考えを告げたが、案の定ウィルフレッドはぽかんと口を開けて固まってしまう。
「お父様は世継ぎとなる男子が――王子が欲しかったのよ。でも生まれる子は皆、王女だった。それをずっと悔やんでいたわ」
「王は我が国には美姫が五人もいると鼻高々でしたね」
「うちは小さな国だから。周辺諸国との縁を結ぶ政略結婚のためなら、王女の方が都合が良いでしょうね……けど世継ぎとなると話は別なのよ」
王と王妃は五人の子宝に恵まれた。
だがその子たちはすべて王女であった。
父は五人の王女と母である王妃のことを愛していた。しかしそれとは別に、後継者となる王子の誕生を心の底から望んでいた。
もちろん王族の血統という観点のみを重視するならば、王室に婿を迎え入れて王女が子どもを産めば王家の血が絶えることはない。
シャルロッテはそう考えるが、父としては自分の血を引く王子に、自分の王座を直接引き継いでもらいたかったのだろう。
「なるほど、亡き陛下の願望がシャルロッテ様の身に巣食っていると」
ウィルフレッドの問いかけに、こくりと顎を引く。
その結果、父の願望が長女であるシャルロッテの身体を蝕んだ。男児が欲しい、王子がいい――その執念が『女性であるシャルロッテを男性に変える』というひどく歪んだ状態を生み出した。股の間に男性器が生えるという、誰がみても中途半端な形で。
父の強すぎる願望を一手に受けたシャルロッテは苦悩に頭を抱えた。突如脚の間にぶらさがった逸物は、夜が来るたびに熱を持って大きく腫れ上がる。こうなると身体がただただ熱く、夜も眠れず全身がむずむずと疼いてしまう。
最初のうちはこのよくわからない衝動と感覚に懸命に耐えていた。だが次第に睡眠時間が減少し、食欲も減退するようになってきた。
女王としての政務に励むその裏で、解決策はないか、何でもいいから手がかりはないか、とありとあらゆる書物を読み漁った。そして色々と調べているうちに、これはもしや呪いの類ではないだろうかと思い当たった。
「どうにかする方法はわかってるわ……呪術師に聞いたの」
シャルロッテは王都の外れに住む呪いの専門家である呪術師に会いに行き、誰にも知られないようこっそりと自分の置かれている現状を相談した。そしてこの身を蝕む異変とこの状況を解決する方法を教えられた。
だがその方法がまたとんでもなかった。
シャルロッテの逸物は父の執念が生み出した一時的なものだ。元々身体に生まれ持ったものではないので、怨念の源を出し切って力の源が枯渇すれば自然と消滅するのだという。
「つまり、その……百回精を吐けば……自然としぼんで消えるらしいわ」
「は、あ……?」
シャルロッテが猛烈な羞恥に耐えるために視線を逸らして説明すると、ウィルフレッドが腹の底から不思議そうな声を零した。
はあ? はこっちの台詞だ。身分を偽って王都の外れまで足を運び呪術師から直接その話を聞いたとき、シャルロッテも同じような反応をした。
百回射精すれば逸物は消え去る――嘘みたいな話だが、呪術師はそれが事実だという。もちろんまだ百回の射精を達成したわけではないが、現状では事実だと信じるしかない。
「ただ、あまり時間をかけると身体に定着してしまうらしいわ。だから……早く百回終わらせなければいけないの」
「それで手ずからご自身をお慰めに?」
「……そうよ」
ウィルフレッドに興味深げに確認され、シャルロッテは恥ずかしさで死にそうになりながらどうにか顎を引いた。
国の頂点である女王の股の間に男性の性器が生えているなどとんでもない醜聞だ。今はまだ父から引き継いだ国政を立て直すことに忙しく、自身の結婚のことなど考えていられないので誰かに知られることもないだろう。
けれどあまり悠長なことも言っていられない。このまま放置して逸物がシャルロッテの身体に定着してしまえば後々大問題になる。いずれ誰かと結婚するとなれば、この姿を見た相手は絶対に驚いてしまう。驚くどころか、引かれて、怖がられて、気持ち悪がられる可能性も十分に有り得る。
だからシャルロッテはなんとしてでも父の遺した迷惑な願望を断ち切らねばならない。そのためにはさっさと百回の射精を済ませて、この怨念を消し去らなくてはいけないのだ。
「もういいでしょう? わかったら早く出て行って!」
この際ウィルフレッドに知られてしまったのは仕方がない。あとは彼がこの事実を不特定多数に触れ回らないようにだけしっかりと口止めし、出来ればさっさと忘れてもらって、邪魔さえしないでくれればいい。それ以上は自分でどうにかするしかない問題なのだから。
そう思って追い出そうとすると、ベッドの傍に跪いたままだったウィルフレッドが意外な言葉を口にした。
「俺がお手伝いいたしましょうか?」
つんとそっぽを向いたシャルロッテは、自分の護衛騎士の発した言葉の意味にすぐには気付けなかった。
「……は?」
「失礼ですが、シャルロッテ様は女性の悦びも男性の悦びもよくご存じではないのかと」
「し……知ってる訳ないでしょ……」
王子がいない国の長女に生まれ育ったシャルロッテは、いつか国を継ぐ可能性があったため婚約者がいない。諸貴族のパワーバランスへの影響や国交の問題を鑑みて、婚姻の必要が生じたときに最もふさわしい相手を選び取れるように、誰とも婚約をしていないのだ。
当然のように恋人がいた経験もない。だから父が亡くなってこの一月の間で、周辺諸国の王侯貴族から『純真無垢な女王様』と揶揄されているのだ。
そんな不名誉なあだ名で呼ばれていることは自分でも理解しているが、今のシャルロッテには男女の交わりについて事細かに知るよりも先にやらなければならない事がある。だからこの問題は自分一人でどうにかするつもりだったのに。
「痛みや疲労を感じてばかりではお辛いでしょう。ですが身体が快楽を覚えれば苦痛ではなくなりますし、一夜に数度達せられればより早く回数をこなせますよ。その方法を俺が教えて差し上げます」
「な、何を馬鹿なことを……!」
ウィルフレッドの申し出に、驚きのあまり声がひっくり返る。そのまま彼の言葉を脳内で反復する。
俺が教える……俺が教える?
「ウィル……。……あなた、気持ち悪くないの?」
我に返ってふと思う。
ウィルフレッドはシャルロッテの声と荒い息遣いを耳にして、具合が悪いのではないかと心配して様子を見に来てくれたのだろう。むろん君主の身を案じるのは、護衛騎士たる彼の務めである。
だがこの状況を目の当たりにすれば『気持ち悪い』と不快の感情が沸き起こってもおかしくない。生理的にダメだ、と思うものを無理して受け入れる必要はないのだから、彼もそう思うのならシャルロッテから離れてくれても良いのに。
「何がです?」
「女なのに、男性の……が生えてるのよ」
「ああ、そういう意味ですか。……いいえ、特には?」
「そ……そう」
勇気を出して訊ねた言葉は、拍子抜けするほどにけろりとした態度で否定される。その言葉に急に力が抜けたように安心してしまう。
安心、した。
シャルロッテが物心つく頃から遊び相手として、大人になってからも護衛として傍にいてくれているウィルフレッドは、父を除けば人生で一番長く接している男性だ。
そんなウィルフレッドに気味が悪いと嫌悪感をあらわに拒絶されたら、さすがのシャルロッテもショックを受けたかもしれない。
だが彼はシャルロッテの不安を払拭するように、疑問の言葉を即座に否定してくれた。しかもそれだけではなく、シャルロッテですら恐怖を感じるモノに触れて、痛みや疲労を感じないように精を吐くための手ほどきをしてくれると言う。
確かに精悍な顔つきと堂々たる騎士風情で男らしいウィルフレッドは、メイドたちにも街の女性たちにも大層人気があると聞く。男女の交わりや性の快楽について何も知らないシャルロッテよりは、ウィルフレッドの方が知識と経験に富んでいるだろう。
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