29 / 34
ふたなり女王陛下の甘美なる受難
第一話 ◆
しおりを挟む国王だった父が死んだ。王妃であった母は社交的だが政治には疎く、王家の血を引く者でもない。だから第一王女のシャルロッテが女王となり、この小さな国を治めていくこととなった。
「お父様のばか……!」
父はさほど運動神経も良くないのに、調子に乗って暴れ馬に跨ってあっけなく落馬した。打ち所が悪くそのまま亡くなってしまったのは痛ましい事故だったが、慣例よりも盛大に、そして丁重に弔ったのだからもう文句を言ってもいいだろう。シャルロッテには父を罵倒する権利がある。
亡き父はシャルロッテにとんでもないものを遺した。それはとても遺産とは呼べない。呪いと呼ぶ方がまだ納得ができる代物だ。
「王子じゃなくても国は継げるわよ!」
カーテンの布地をむんずと掴むと、怒り任せに引っ張って月明かりを遮蔽する。広い室内に闇が満ちる。だが視界が効かなくても、慣れた自分の寝室内であれば自由に歩くことが出来る。
ネグリジェの裾を揺らしながら、部屋の真ん中を一直線に突き進んでベッドへ近付く。傍にあるランプにオレンジ色の明かりを灯すとそのままシーツの上へ仰向けに倒れる。ぽす、と身体がマットに沈む。
――身体が熱い。
ほうっと息を零すと、両手を使って夜着の裾をゆっくりとたくし上げる。お腹の傍で布地がごてごてと丸まるが、それよりも布の下でやけに存在感を主張するそれに気を取られた。
「はぁ……また、こんなに……」
シャルロッテの熱を含んだ吐息が、闇に溶けて消えていく。
自分の股の間にそろりと手を伸ばす。指先が触れるとピクと小さく反応するそれは、普通なら女性の股の間には存在しないはずのもの。
男性の性器。雄の象徴――約一カ月前に、シャルロッテの股の間に突如出現した、禍々しい肉塊。
「はぁ……ぁ、っ」
ただの張形だったらどんなに良かっただろう。けれどこれは紛れもない本物の性器だ。他の身体の部分と同じく、触れればちゃんと温度も触覚も圧覚もわかる。
昼の間はシャルロッテのショーツの中に収まるほどの大きさに縮こまっている。だが陽が落ちて月が昇り、皆が寝静まる時間になればムクムクと反応を始める。
夜ごと大きくそそり立つ陰茎と大きく腫れ上がる陰嚢は、薄いレースではやや心許無い。こうなると分かっているから湯浴みの後は下着を身に着けないようにしているのだが、それはそれでまた心許無い。
結果、人の目を気にして以前よりも早くに自室へ戻るようになったシャルロッテだが、部屋にこもったからといって眠るわけではない。眠れるわけがない。だから今夜も、それを自分の指で丁寧に包み込む。
「あ、ぁ……ぅん……っ」
熱を持った男根を両手で支え、ゆるゆると指を上下に動かす。シャルロッテは股の間に男性器が生えてから様々な方法を試したが、これが一番手っ取り早い気がする。こうすることが一番早く終われる気がする。
「っふぁ……ん、……んっ」
陰茎を両手で包み込んで、刺激するように擦り上げる。手の皮膚と陰茎の皮膚が触れ合うと、下腹部の奥にきゅう、と小さな快感が生じる。その感覚をだんだんと増幅させるように、より強く速く手や指を動かす。
「んん、んっ……ん、あ」
そうしていると肉の塊がどんどん大きさと太さと硬さを増していく。体温も上昇する。全身がうっすらと汗ばんで、内股がぴくぴくと痙攣する。シーツに投げ出した脚も過剰に反応する。
あと少し。もう少しで吐ける。
意識を集中させて、あと少しだけ手早く指を動かせば、もうすぐ――
「シャルロッテ様」
「ふゃああああ!?」
下腹部の禍物に集中していたシャルロッテは、ベッドの横から声を掛けられたことに驚いて、絶叫に近い悲鳴を上げた。
当たり前だ。自分だけしかいないはずの空間で暗闇から声を掛けられれば、シャルロッテじゃなくても驚くに決まっている。
もうすぐ熱を吐き出せると思っていたことも忘れ、ベッドから転がり落ちそうなほど思いきり飛び跳ねる。よもや死んだ父が化けて出たのではないかと思い咄嗟に頭からシーツを被ったが、ほどなくして聞こえた声はシャルロッテもよく知る人物のものだった。
「うるさいですよ。なんて声を出すんですか」
「な……ウィ……ウィル……!?」
心配、というよりも小馬鹿にするように責められ、シャルロッテはシーツの隙間から顔の一部をひょっこりと覗かせた。
ベッドサイドのオレンジ色の明かりの中で見た姿は、やはり聞こえた声の持ち主で間違いがない。
王国騎士団に所属するまだ若い騎士、ウィルフレッド。騎士団全体の序列でも上から三番目に格付けられる彼は、女王騎士団長――つまり『女王陛下』であるシャルロッテのためだけに編成された騎士団の長である。
要するにシャルロッテの筆頭護衛騎士だが、だからと言って私室に入ってくることまでは許可していない。
「なんで入ってくるのよ! 私、鍵掛けたわよ!?」
断りもなく急に入室してきたウィルフレッドに文句を言ってやりたくて、シーツから出るとすぐに彼を怒鳴りつける。だが叱責されている当のウィルフレッドは、涼しい顔でシャルロッテの文句を受け流した。
「鍵は開いてましたよ。なんなら扉も開いてました」
「絶対ウソ!!」
そんなはずはない。緊急時に備えて渡してある合鍵を使って入ってきたとしか思えない。シャルロッテの部屋は廊下と寝室の間に扉が二枚もあり、そのどちらにも鍵を掛け忘れるなんて絶対にありえない。
「呻き声が聞こえるので何事かと思いまして」
ウィルフレッドにとっては、入室手段よりも入室目的の方が重要なようだ。シーツの隙間からはみ出た白い足をちらりと一瞥したウィルフレッドが、訝しげに表情を歪ませる。
「シャルロッテ様は王女であると記憶していたのですが?」
「っ……そうよ」
もちろんだ。シャルロッテは国王の長女として二十年間ドレスを着て生きてきた。
現在は亡き父の後を継いで国を治める『女王陛下』となったが、多少動きやすさを重視した装いに変えたぐらいで、今も国の頂点に君臨する者として見劣りしない程度のドレスを纏っている。その姿は女王騎士団長のウィルフレッドが一番良く見知っているはず。
「その割には」
文句でもあるの? と暗闇からシャルロッテの姿を見つめる紫の瞳を睨むと、ベッドの傍に跪いたウィルフレッドが突然シーツの端を掴んだ。そのままガバッと白布を引き剥がされ、中に隠していた下腹部より下の部分を彼の眼前に晒してしまう。
「随分とご立派なものをお持ちで」
「きゃああっ!」
そしてシーツの下に隠していた秘密もいとも簡単に暴かれてしまう。
ウィルフレッドの行動に再度絶叫するシャルロッテだったが、ふむ、と低く頷いた彼に動揺した様子はない。それどころか『ああ』と小さな声を零したウィルフレッドは、
「失礼。もう王女ではないですね」
と自分の言葉を訂正してきた。
「シャルロッテ様は女王陛下であると記憶しておりました」
「今、大事なのそこじゃない! どっちでも同じでしょう、私は女よ!」
納得しているウィルフレッドを、顔が火照っていることを自覚しながら怒鳴りつける。シャルロッテが喚くとウィルフレッドはニヤリと笑みを浮かべたが、跪いたまま視線を合わせられると反論の言葉が喉の奥に溶けて消えてしまった。
ウィルフレッドの視線から秘部を隠すように、再びシーツで下半身を覆う。
この状況を知っている者は他にいない。知っているのはシャルロッテ本人だけだ。母や妹たちにすら伝えていない事実を、ただの側近でしかないウィルフレッドに話したところで信じてくれるとは思えない。
けれどもう知られてしまった。彼がわざとらしくシーツを捲ってシャルロッテの秘密を暴いたのは、その前の行動も見ていたからなのだろう。
下腹部から男性の逸物が生え、さらにそれを慰めるというはしたない行為を見られてしまった。
恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしい。
しかしだからと言って明確に状況を伝えないまま彼をこの部屋から追い出せば、明日以降かなり気まずい思いをする。お互いに。
3
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説


密室に二人閉じ込められたら?
水瀬かずか
恋愛
気がつけば会社の倉庫に閉じ込められていました。明日会社に人 が来るまで凍える倉庫で一晩過ごすしかない。一緒にいるのは営業 のエースといわれている強面の先輩。怯える私に「こっちへ来い」 と先輩が声をかけてきて……?

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
続・上司に恋していいですか?
茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。
会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。
☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。
「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる