短編作品集(*異世界恋愛もの*)

紺乃 藍

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深夜零時のベルベット・レース

Vervet Lace 中編 ◆

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「フルールリアも落ちたものだな……。高潔で美しい私の妻は、夫以外の男には肌を見せたくないと言っている。私以外には触られたくないと言っているのに、それが分からず無理強いしてドレスを脱がせようとは……それが一流ドレスメイカーの流儀だとでも?」
「……っ」
「帰ってくれ。妻には他のメイカーでドレスを作らせる」

 セインのどすのきいた声に、男性の身体が小刻みに震え出す。本能的に怒らせてはいけない相手だと悟ったらしい。

 道具箱を鷲掴むとそのまま挨拶もせずに衣装室から飛び出していく。その後ろ姿を呆気にとられながら見送る。本当に無礼な人だ。

「ごめんね、アリーシャ。下の書斎にいて来るのが遅くなった」
「いいえ、大丈夫よ」

 仕立て職人の姿が完全に見えなくなると、ふっと表情を緩ませたセインがアリーシャへ近付き長い腕で身体を抱きしめてくれた。意外にも逞しい腕の中で顔を上げると、その笑顔はすっかりいつもの様子である。

「セイン。本当にフルールリアとの取引をやめてしまうの?」
「そんなまさか。ベリルに新人教育をちゃんとしろと説教するだけだよ」

 ベリル、というのはフルールリアの店主の名だ。自身がメイカーの広告塔であるかのように綺麗なスーツを上手に着こなす初老の紳士は、セインよりもうんと年上である。だが先々代からの贔屓である伯爵家、そして現当主のセイン=ディーアスには頭が上がらないらしい。

「フルールリア以上に君を美しく魅せるメイカーはないからね。ちゃんと反省してくれるならまた贔屓にするさ」

 アリーシャとも顔なじみである店主が慌てふためく様子を想像すると、つい同情してしまう。いつもの仕立て職人が来れないのならば連絡してくれれば済む話なのに、きっと一介の職人が先走って勝手な行動を取ったのだろう。つまり店主ベリルは何も悪くないのに、セインに失望されて長年の取引関係が破綻するとなれば、彼も大慌てで謝罪してくるはずだ。

「私に操を立ててくれたのかな?」
「当たり前よ。――と、いいたいところだけど、半分は違うわ」

 にこにこと笑顔で訊ねられたので、首を横へ振る。

 しかし優しい夫の目を直視することは出来ない。恥ずかしさに俯いていると、セインもアリーシャの内心に気が付いたようだ。背中を抱いていた腕が離れたかと思うと、彼の指先が服の上から胸の間を突く。トンと押された布地の下に何があるのかは、アリーシャが一番よくわかっていた。

「ああ、昨日私たちが愛し合った痕だね」
「っ……」

 セインの言う通り、その下にあるのは二人が愛し合った証だ。しかも胸のあわいだけではなく、ドレスの下には彼がつけた無数の愛痕が散っている。さらに昨日のものだけではなく、幾分か治りかけた皮下鬱血の痕まで残っているのだ。

 夫婦の激しい行為と夫の執着心が露呈せず済んだと安堵していると、セインが『ああ』と何かに気付いたような声を零した。

「あの職人、前に頼んだものはちゃんと納品していったんだね」
「? 何か頼んでいたの?」
「そうだね、アリーシャが一番気に入るもの、かな」

 セインの笑顔に、また嫌な予感が全身を巡る。



   * * *



「どう? 気に入った?」
「ど、こ、が、よ!」

 執事やメイドに就寝の挨拶をすると、寝室に残るのはアリーシャとセインの二人だけだ。今夜こそゆっくり眠りたいと思っていたのに、やはり夫は夫だ。

 セインがアリーシャに手渡してきたものは、先ほどフルールリアから納品された新しいドレスである。だがそれはパーティーで着る華やかなドレスでも、おでかけのときに着る身軽なワンピースでもない。もっと薄く、もっと軽く、もっと生地が少ないそれは確かに新しいドレスだった、けれど。

「すごいだろう、今回はグローブとチョーカーもついてるんだ」

 セインの楽しそうな声を聞きながら、ベッドからうんと離れた部屋の隅っこで涙目で首を振る。

 夫の趣味は理解しているつもりだった。彼はアリーシャの身体を隅から隅まで気に入っているようで、少ない布地とリボンとレースからなる薄いナイトドレスごとアリーシャを堪能しているのだ。セインの性癖はアリーシャ以外は気付いていないし、アリーシャの姿もセイン以外に知られることはない。だから許していた。今までは。

「ほら、恥ずかしがらずにこっちにおいで?」
「い、いやよ! 無理、絶対に無理……!」

 グローブやチョーカーの有無は問題ではない。甘く優しい声音で誘われても無理なものは無理だ。

 アリーシャが猛烈な恥ずかしさを隠すように縮こまって首を振ると、楽しそうに笑ったセインが傍へ近付いてきた。そのままアリーシャの前へ屈むと、ひょいっと身体を抱き上げられてベッドまで運ばれていく。軟弱な子犬のようでいて案外立派な身体をしているセインに、本当に軟弱なアリーシャでは抗うことが出来ない。

「アリーシャ」

 ベッドに下ろされて蜂蜜のような声で名前を呼ばれれば、アリーシャも観念するしかくなる。

 シーツの上にふわりと広がるのは、真っ黒なレースが織りなす花の模様。繊細な刺繍のレースはこれ以上なく優美で華やかだが、アリーシャにフルールリアの技術力や表現力を褒め称える余裕はない。

 なぜならアリーシャの身を包むドレスを構成するのは、この美しいレースのみ。いつもの衣装ならば布地やリボンが組み合わせられ、さらにボタンやビーズなどの装飾が施されていることもある。だが今のアリーシャが身に着けているものは、胸を覆うのも、アンダーラインを引き締めるのも、そこから広がる長い裾も一枚のレースから作られている。同じデザインのショーツも同一素材だ。

 つまり大事な部分も全て透けて見えている。しかも透けているだけではなく、なぜかショーツのクロッチ部分には切れ込みが入っていて、股を広げると恥部が丸見えになってしまう。股の間に指を滑り込ませるとドレスを着たまま直接触れられるし、蜜穴に指を入れることも出来てしまう。なんという恥ずかしい衣装だろう。何も隠せないレースだけの装いなど、たとえ窓から差し込む月明かりしか光源がないとしても恥ずかしいに決まってる。

「うん、よく似合う。綺麗だよ」

 満足そうに感嘆されるが、アリーシャはその表情に緊張している場合ではない。

 セインが着ていたシャツを脱いで椅子の上に放り投げる。紳士的で所作の美しい彼には珍しい乱雑な動作から、夫の興奮度を図り知る。

 ベッドに座ったアリーシャを自分の身体で包み込むように、後ろから優しく抱きしめられる。ぎゅっと包み込まれると、薄いレース一枚で互いの肌の温度を感じる状況に、さらに緊張してしまう。相手は結婚してもう何年にもなる見知った夫なのに、いつもより際どいナイトドレスがいつも以上にアリーシャの羞恥に火を点ける。

「ふぁ、ぁっ……!」

 緊張感に震えていると、脇の下から前へ回ってきた手が胸の膨らみをそっと包んだ。セインの指先が少しざらついたレース越しに肌へ沈むと、身体がピクっと反応する。

 いつの間にか――否、きっと最初から胸の突起が膨らんでいる。まるで触って、摘まんで、弄ってと言わんばかりに、セインの指先に期待している。

「んんっ……ぅ!」

 ふわふわと胸の膨らみを揉んでいたセインの手が少しずつ位置を変えていく。ゆっくりと撫でながら、指の先が勃ち上がった乳首に触れる。その直後甘い声が漏れて身体が過剰に跳ね上がった。

 アリーシャの反応を見たセインが、ほんの数秒動きを止める。けれどすぐに肩を引っ張られ、顎を掴まれて強引に口付けられる。

「ん……んぅ、っぁ……あん」
「はぁ……っ、アリーシャ……っ」
「ふぁ、ああッ」

 そのまま舌を絡められ、貪るように口の中を舐められていく。口内に溢れる唾液を吸い上げるように口付けられると、あまりの勢いにアリーシャの思考はくらくらと乱れてしまう。

(きょ、今日……キス、激し……っ)

 深いキスを交わしつつ、セインの指先はレースの模様ごと乳首を摘まみ上げる。鋭利な刺激とレースが擦れる感覚に身を捩る。

「私のアリーシャは、感じる顔も可愛いね」
「ゃあ、あっ……ん」

 アリーシャの胸を刺激しながら、表情を確かめては可愛い、美しいと褒め称える。彼の言動から存分に愛されていることは伝わるが、じっと見つめながら快感を与えられると恥ずかしくてどうしようもなくなる。けれど羞恥と同じぐらい感じてしまい、あっという間に絶頂へ昇りつめそうになる。

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