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ガラスの箱と淫紋奴隷
第二話 ◆
しおりを挟む「ええ。貴方たちも今ここで急に自由にされても困るでしょう。持っているものと言えばその下着以下の薄い布だけ。住処もない、食べ物もない、衣服もないのに街のど真ん中で突然放置されてもいいんですか?」
「……」
「……」
そう言われてはその通りなので黙るしかない。
家にあった財産の全てを差し出しても兄の借金を返済できず、最終手段として奴隷として自らの身を売ったエリンだ。当然このまま自由になったところで、衣食住を確保するために先立つものは何もない。そして黙りこくってしまうところを見るに、男性も似たような状況なのだろう。
「ですから、延長戦では貴方たちにも報奨金を差し上げましょう。セックスに至らないよう1分耐えるごとに、ひとり10万シータを付与します」
「!?」
提示されたあまりの金額につい目玉を剥きそうになる。
10シータがあれば露店でパンが買える。100シータがあれば贅沢なディナーを楽しめる。1,000シータあればひと月分の食材を賄える。1万シータがあれば家にコックを雇える。10万シータもあれば豪邸のひと月分の家賃に加え、毎日豪華なご馳走も食べられるだろう。この紳士はその額をたったの1分ごとにふたりに与えると言うのだ。
(本当に、金持ちの考えていることはよくわからない……どういうお金の使い方してるのよ)
人の良い笑顔をはりつけてはいるが、エリンには紳士が死神に等しい存在だと思えた。
何故なら先ほどまでと違って今度は終わりがない。つまり結局は彼とセックスするまでこのガラス箱から出してもらえないということだ。そんな提案など、本当は却下したいけれど。
「もちろん拒否権はありません。今はまだ解放前の、私の駒ですからね」
「え、ちょ……っ」
「リタイヤは認めませんが、堕ちる分にはいつ堕ちて頂いても構いませんよ。さあ――少しは楽しませて下さいね」
そう言って暗闇の中に再びスウッと消えて行く。残されたエリンは呆然とその場に座り込むしかない。
なんという外道。それではこれまで耐えてきた意味がない。結局はセックスしなければ出してもらえないなんて。醜い観客の前に性交する姿を晒さなければ、自由を得られないなんて。
いや、先ほどよりはましだ。終われば自由にしてもらえることが決まっているのだから。
いつの間にかガラス箱から出された他の8人は、今ごろ別の部屋でみだらに交わっているのだろうか。それともあの淫紋を身体から剥がされ、別々の場所に引き離されてただの奴隷に戻る準備をしているのだろうか。
(ううん、他人の事を気にしてる場合じゃないわ)
1分の時間が大きなお金のやり取りに関わるので、今度はガラス箱の傍に時計が用意されている。秒針がチクタクと音を立てて時を刻むたびに、エリンと男性が得る褒賞額も積み上がっている。
本当は身悶えるほどの疼きに永久に抗い続けることが不可能であることを悟っている。しかし理性との攻防を諦めて、今すぐセックスに踏み切る覚悟も決まらない。ただ時が過ぎるのを無益に待ち続けているこの状況が、いつまで続くのかもわからない。
無言でじっと正座をしていると、次第に足が痺れてきた。だが足を崩せば暗闇の向こうの下卑た視線に、恥部の状態を知られてしまう。羽根のように軽くて薄いレースはびしゃびしゃに濡れており、すでに誤魔化しがきく状態ではなくなっている。
手は時折組み替えて胸の大事な場所を見えないようにしているが、指先でこっそりと触れるだけで信じられないほどに膨れあがっていることに気付く。むしろその刺激さえ胸から下腹部に波及して、気を抜くとあられもない声が出そうになってしまう。だから指の一本さえ迂闊に動かすことは出来ない。
「お前、自分の落札価格を知ってるか?」
股をもじもじさせていると、隣にいた男性が突然エリンに話しかけてきた。一瞬質問の意味が分からずに硬直してしまうが、彼も色欲を紛らわせるために必死なのだと思い至る。
「300万シータ……」
「そうか……俺より高いな」
男性が小さく笑みを零す。
本来は人に値段を付けて売買する行為自体、決して褒められたものではない。エリンも人の命や身体をお金に換える行為には嫌悪感を覚えている。
だが役人が知らない闇の世界では密かに奴隷が取引されているし、それにより命を落とすことなく生を繋げている人がいるのも事実だ。
そして彼の言う通り、奴隷の価値は元の身分や種族で決まる。さらに個人の技量や能力、女性であれば処女性によって価値が変動する。乙女であり軍人の娘であるエリンは、売られたときに他より多少の付加価値がついたのだ。
「あなたはどうして奴隷に……?」
会話を続けるためとは言え突っ込んだことを聞いてしまったかと思ったが、咄嗟に他の話題など思いつかない。それに一度始まった会話を止めて気を抜けば、正気を失って隣にいる男性にすり寄り、欲望のままに彼の身体を求めてしまいそうなのだ。
「妹が心臓の病気なんだ」
男性がぽつりと零した言葉に、エリンは顔を上げて男性の横顔を見つめた。
「奴隷に身売りした金で、手術に必要な額は得られた」
「でも腕のいい医者がいる国へ行くためには、それとは別にお金が必要なのでしょう?」
「へえ? 詳しいな」
「……私の母も心臓が悪かったから」
エリンの母も長く心臓を患っていた。だが軍人だった父に心配をかけないようにと、母は重篤化した病状を戦地の父には報せなかった。のちに父が戦死したことを知った母は、殉職者の家族に対する褒賞手当の支給を待たず、後を追うように逝ってしまった。だからエリンの母は間に合わなかったが、お金をかければ手術を受けられること自体は知っていた。
しかしあろうことか、その時に得た殉職手当は兄が賭博に使い込んだせいですべてが泡沫のように消えてしまった。それだけに飽き足らず、兄はいつの間にか父が残した遺産を上回るほどの借金を抱え込んでいた。
その不始末を請け負う代わりに、兄との縁はすべて断ち切った。彼はもはやエリンの家族ではない。
「私ももう少し頑張るわ」
エリンはふと、奴隷になってでも家族に愛を捧げる彼のことを応援したくなった。自分の命をかけて妹の病を治したいという純粋な心に、快楽に堕ちそうになっている身体を励まされて救われた気がした。
「妹さん、大事にしないとね」
エリンがぽつりと呟くと、男性の動きが止まった。じっと見つめる視線に気付いて再び顔をあげると、そのまましばし見つめ合う。少し驚いたように目を見開く男性の表情を見て、エリンは精いっぱいの笑顔を浮かべた。
「私の兄様も、貴方のような人だったら良かったのに」
同じ兄でもエリンの兄と目の前の彼は全く違う。だからこそエリンは彼の想いを尊重したかった。妹想いの優しい兄が少しでも多くのお金を手に出来るように、1分でもいいから多くの時間を稼ぐことに協力したいと思えた。
無言で黙っていた時間ととりとめのない話をしていた時間を合わせると、あと少しで1時間が経過する。身体の辛さは限界に近く、気を抜けば自分から彼に襲い掛かってしまいそうだ。
しかし立派な体格に恵まれ、奴隷に堕ちずとも他の仕事だって探せばいくらでも見つかりそうな彼が、ここまで耐え忍んでくれたのだ。本来ならば延長が始まってすぐにエリンを組み敷いて、さっさとこの辛い状況から解放されてもよかったはずなのに。おそらく彼はエリンのために堪えてくれているのだ。
その証拠に、彼の逸物はガラス箱に入れられてから今までずっと勃起したままだ。首を動かすフリをしてその状態をちらりと確認すれば、赤黒く膨れ上がり血管が浮き出た男根は今にも暴発しそうになっている。男性の性衝動は女性の性衝動よりも強いと聞く。
彼は妹だけではなく、今日はじめて会ったエリンのためにも我慢している。ならばその想いにエリンも報いたいと思う。
「っ、あ……なに……?」
そう決意した矢先に、下腹部に強烈な違和感が走り抜けた。熱い感覚が身体の中を蹂躙する気配がして視線を下げると、刻まれた淫紋が先ほどよりも強く発光している。まるで迎え入れるべき対の雄を探す、切ない雌の求愛のように。
「あぁ、あつ、い……!」
「……何か、したな」
見れば彼の臍の下に刻まれた淫紋もさらに強く発光している。先ほどまでのピンク色と違って赤に近い色に輝いているところを見ると、彼の言うように何か特殊な操作を加えられてしまったのかもしれない。
「あっ、ああ……ん」
「おい、大丈夫か?」
「やだ……」
伸びてきたその手に触れられたら身体が暴走してしまう気がして、エリンは男性の指先から逃れるために思わず身を捩った。そのまま立ち上がって逃げようとした努力は徒労に終わる。
床についた手がずるっと滑る。濡れたガラスの上についた肘と腕がびちゃっとぬかるんだ音を立てる。何が起こったのかと視線を下げた瞬間、最悪の光景を目にして青ざめる。
気が付けばエリンが座っていた場所には、薄く濁った水溜りが出来上がっていた。
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