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ガラスの箱と淫紋奴隷
第一話 ◆
しおりを挟む「あっ……あん、あぁん……っ」
「やぁん……! そこ……そこ、もっとぉ……!」
「ぁン、だめぇ……! もういく、イッちゃううぅ……っ」
ひどい有様だ。エリンの目の前で繰り広げられる淫欲の光景は、眺めているだけで眩暈を起こしそうになってしまう状況である。
だがその感情と相反するように、身体はどんどんと熱く疼いていく。体温が上昇していく。下腹部がきゅんと収縮する。秘部もぐっしょりと濡れている。ああやって恥も外聞も羞恥心も捨てて、今すぐ隣にいる男と欲望のままに求め合えたらどんなに楽だろうと考えてしまう。
けれど誘惑を振り払い、理性で欲望を抑え込む。思考を巡らせて屈服に抗う。ぐらつく倫理観を気合で支えて懸命に己を鼓舞する。
あと少し。下腹部から濁流のように襲い掛かってくる性欲にあと少しだけ耐え忍べば、すべてから解放されると知っている。
「……辛いか」
「!」
正座のまま太腿を擦り合わせていると、隣で胡坐をかいた男が前を見たまま声だけで問いかけてきた。エリンははっと顔を上げて隣を見たが、視線が合わないことを察すると同じように前を見てふるふると首を振った。
「……だい、じょうぶ、です」
声が震える。全然大丈夫じゃないことは相手もわかっているだろう。多分、彼も大丈夫じゃないはずだ。その証拠に彼の下腹部に記されている紋様も、エリンと同じようにピンク色に淡く発光しているのだから。
淫紋――性交への欲望を強制的に誘発し、興奮度を究極まで高め、快楽を数十倍にも数百倍にも増幅すると言われる、特殊な術の証。
対となる淫紋を刻んだ者同士が性交すると、通常とは比べ物にならないほどの快楽を得られるらしい。あまりにも強烈な快感は、天にも昇るほどとも、地獄に堕ちるほどとも表現される。
その淫紋が、床に直接座る隣の男と同じく、エリンの下腹部にも刻まれている。対となる二つは共鳴し合うように同じ色の光を放ち、お互いの性感を極限まで高め合っている。衝動的な性的欲求に理性と思考と精神力だけで抗っているのだから、身体が辛くないはずはない。お互いに。
「ああっ……あぁん、あん、だめぇっ……!」
「いいッ、そこがいいのっ……! もっと突いてぇ……!」
「やぁ、ああっ……あああんッ」
エリンと男が今いる場所は、だだっ広い暗室の中央に設置された立方型の箱の中だ。箱はすべての面が透明な強化ガラスで出来ており、上からはスポットライトが当てられている。
ガラス箱は全部で5つ。円を描くように配置され、エリンのいる場所からも他のガラス箱の中がよく見える。透ける箱の中には同じように男女が1組ずつ入れられているが、残り4組のうち3組はすでに快楽の底へ堕ちている。
6人の男女は、淫紋がもたらす欲望に屈したのだ。恥も外聞も理性も精神もかなぐり捨てて、色欲の赴くままに互いの熱を貪り尽くしている。とても気持ち良さそうに、一心不乱に、果てのないほどみだらに。
そしてそんな痴態を、暗闇の向こうから無数の瞳が眺めている。彼らの欲は、性欲以上に汚い色をしているのだろう。
エリンには金持ちの考えることがよくわからない。見ず知らずの男女10人の下腹部に淫紋を刻み、外から丸見えのガラスの箱の中へ押し込み、淫紋の効力で理性と思考を奪い、半強制的なセックスを強要する。その上でどの組が最後まで快楽に屈さずに残れるかを競わせ、その『淫紋快楽堕ちゲーム』の順位予想を賭けの対象にするという極めて悪趣味な遊戯。これの一体何が楽しいというのだろう。
まったく理解は出来ないが、それでもエリンはこのゲームに駒として参加するしかない。
両親を亡くし、その遺産を賭博に使い込んでしまった兄の借金を肩代わりするためには。エリンの未来にあるのが辛い重労働だとしても、人として汚い仕事だとしても、自らの命を捨てることだとしても。もちろんそれが羞恥と快楽の連鎖地獄だとしても、奴隷として買われた自分には選択権も拒否権もない。
だが希望はある。
耐え切ればいいのだ。この勝負に勝てば――淫紋の性衝動や誘惑に負けず、最後の一組として勝ち残れば、奴隷から解放されて自由になれることが約束されているのだから。
甘い疼きに耐えるため、下唇をぐっと噛んで視線を下げる。
エリンが身に着けているものは、ひらひらして肌が透けて白いベビードールのみ。ショーツも同じように透けているので、エリンは観客に恥部を晒さないようずっと正座を崩さずずっと腕で胸を隠したままだ。隣の男も似たような素材で出来た下着を股に身に着けている。正直、互いに全裸も同然だ。
「……もう限界だッ!」
エリンたちのすぐ右隣の箱の中にいた男性が突然雄たけびを上げた。
その声に反応して顔を上げると、直前まで座っていたはずの男性がその場に立ち上がり、同じ箱の中にいる女性の前に仁王立ちしている。
「っ、だ……だめよ……だめ!」
男性の異変に気付いた女性が、首を横に振りながら男性を制止している。だが顔を真っ赤にしてフーッフーッと荒い呼吸を繰り返している男性の衝動は、もはや誰にも止められそうにない。
全裸になった男性の逸物は、天に向かって反り立っている。禍々しいそれを認知したエリンは、咄嗟に視線をそらしてぱっと俯いた。
「いやぁッ……だめっ、だめえぇん……!」
女性の声が暗室全体に響き渡る。しかしガラスの箱は狭い空間だから、壁に追い詰められてしまえばいくら抵抗しても無駄に違いない。
とは言え女性は決して無理矢理性行為を強要されているのではない。彼女も本当はかなり前から、同じ空間にいる男性に犯されたくてたまらなかったはずだ。
その証拠に俯いた視線をちょっと上げてみるだけで、ガラスの壁に背中を預けて男性の首に腕を絡ませる女性の姿が目に入る。激しく口付けながら激しく揺さぶられて、快楽に喘ぐ姿を見つけられる。ふたりの下腹部に刻まれている対の淫紋は、共鳴するようにピンク色に発光して輝いている。
ガラス箱を照らすライトの下で抱き合う男女の姿は、エリンの目にはひどく淫靡に映った。
(なんて、はしたない……)
ついそう考えるが、身体はまったく逆の反応をしている。いいな、うらやましい、気持ち良さそう、ずるい、私も――……
そこまで考えて、はっと我に返る。
そうではない。
それよりも今はもっと大事な事がある。
(か、勝った……! 助かった……)
これでエリンたち以外の全ての組が脱落した。淫紋のもたらす性への渇きに抗えず、見ず知らずの者同士が見ず知らずの者たちの前にみだらな行為を晒すという恥辱を免れた。
それと同時に奴隷から解放されることも確定した。エリンと、一緒にいる男性はともに自由を得たのだ。
「いやあ、実に素晴らしいですねぇ。貴方たちの精神力には感服しましたよ」
暗闇の中から現れた男性が、ぱちぱちと感情の籠らない拍手をしながらエリンたちの傍へ近付いてくる。箱は全面ガラス張りだが、換気のために上部にわずかな空間があいている。そのため密閉空間ではあるが、傍までやってくれば外とのやりとりも可能なのだ。
「約束通り、貴方たち二人は奴隷の身から解放してあげましょう」
仕立てのいいスーツを身に着け、右目にモノクルをかけ、光沢のあるステッキを手にし、くるりと巻いた口髭を指先で弄びながらにこりと微笑む紳士風情の男性。彼こそがこのくだらない淫紋快楽堕ちゲームの主催者であり、10人の奴隷の買い主である人物だ。
その買い主が自由にしてくれるというのだ。約束を確実に守るという言葉に、エリンは身体の疼きも忘れてほっと安堵した。
「ですが」
しかし安心も束の間、紳士がニタリと嫌な笑みを浮かべる。綺麗に磨き上げられたガラスの檻に映った表情は、どこか不条理に歪んでいる気がした。
「おふたり以外の8人の陥落があまり早くて、観客の皆様がつまらないと文句を言ってるんですよねぇ」
にこにこと人の良い笑顔を貼り付けた紳士の台詞に、身体の熱さも忘れて背筋が凍る心地を覚える。エリンの身体の震えを見つけた紳士が、またニタリと怪しい笑みを零した。
「確かにたったの10分でゲームを終えられては、興も覚めてしまうでしょう」
「じゅ……っ!?」
嘘だ。いくらなんでもそれは嘘に違いない。エリンには未来永劫続くのかと考えてしまうほど、耐え忍ぶ時間が長く辛く感じられた。
確かに最初の1組目は1分も正気を保ってられなかった。欲望のままにまぐわう男女の姿を直視できず、それ以降視覚と聴覚の情報を遮断するように努めていたので正確な時刻はわからない。だがいくらなんでもまだ10分しか経過していないというのは嘘に違いない。
しかしそれは意味のない訴えだ。エリンの主張を証明する根拠は何もない。
「ですから、ここはひとつ延長戦と参りましょう」
「延長戦だと……?」
紳士の言葉に、隣の男が眉を顰めた。
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