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スパダリ御曹司を異世界転生させるつもりが、なぜか寵愛された女神の話
第二話 ◆
しおりを挟む確かに、魔王討伐のために優秀な人材となりうる遊真には望む通りの知識や特殊能力を与えるつもりだった。彼に与える予定だった力を他に回すことは可能だが、そうすればメルの力は正真正銘すっからかんになってしまう。
だが現状は他に方法もないので、黙って遊真の作戦を聞くしかない。
「編成が済んだらすぐに討伐に向かわせる。またグータラしねぇように細かい到達目標をいくつか設定して、達成出来なきゃペナルティを与えてやれ」
「ペナルティなんて……! それでは劣悪な労働環境になってしまいます……」
「阿呆か、そんなバカみたいに難しい到達目標じゃねえよ。小さいところからコツコツやらせろ。っていうか、魔王とやらに支配されてる方がよっぽど劣悪だろうが」
「……仰る通りですう」
遊真の言う通りだ。正直、今までメルの召喚や異世界への転移を承諾してくれた者たちは、魔王討伐をリタイアした後もそれなりに裕福な生活を送っている。今も女神が与えた特殊能力を遠慮なく使って好待遇の生活を送っているのだから、それなりの働きをしてもらわねば割に合わないというのは一理ある。
「魔王討伐は逐一報告と相談をさせて、細かく管理しろ。出来なきゃ俺が手伝ってやるから」
遊真は口はあまり良くないが、面倒見が良い性格らしい。もしくは彼の中に流れる『経営者』の血が、荒んだ状況に手を入れて改善したい欲に騒ぐのだろうか。
成功率は未知数だが、とりあえずやってみるしかない。
メルはさっそく遊真に言われた通り過去の転生者や転移者を呼び出して、今一度魔王を討伐する使命を与えた。適当に『ようやくその時がやってきました』等という文言を付け足しておいたら、案外全員やる気満々で魔王城に向かって行ったので拍子抜けした。
「あとは人々の信仰ってやつか……」
魔王討伐が動き出したことを確認した遊真の次の言葉に『えっ』と驚いた声が出る。彼は魔王だけではなく、守護世界の女神に対する信仰心の低迷にまで目を向けてくれるらしい。瞬きしていると『元を正さなきゃ状況は変わらないだろ』と睨まれてしまい、メルは思わずその場に正座してしまう。
「じゃあ一番信仰心がある国や土地に、一番信仰心がない国や土地の最高責任者を呼び出すか」
「女神信仰の責任者……大司祭ですね」
「名称は知らんが。そいつの目の前でちゃんと女神を信仰して敬えば、恩恵が得られる様子を見せつけてやれ。『奇跡』とか『幸福』とか、少しなら何か出来るだろ?」
「えっと……はい。魔王討伐の再編時にあまり力を使わずに済んだので、その分があります」
「じゃあそれを使え。それでそれを見た奴が自分の土地に戻って信仰を高めるための行いをしたら、今度は少し大袈裟に恩恵を与えてやればいい。その噂が広がれば、自然とみんなが女神を有難がるだろ」
「そ、そんな……! 人を騙して信仰の心を利用するなんて……」
「ああ? 俺を利用して魔王と戦わせようとしてた奴が何言ってんだ?」
「仰る通りですううぅぅ」
遊真にギロリと睨まれてしまい、メルはその場で震え上がった。もう正座しすぎて足が痺れて震えているのか、遊真の視線が怖くて震えているのかもわからない。
「とりあえず、それが終わったらすぐに寝ろ」
ぷるぷると震えていると、メルの前にしゃがみ込んだ遊真が急に額にデコピンをお見舞いしてきた。つい『いたっ』と小さな声が出ると、遊真がふっと笑顔になる。
「目の下にクマ作って肌荒れ放題の女神に、威厳や神聖さなんて誰も感じねぇからな?」
「……仰る通りです」
怖いと思った次の瞬間にそうやって優しく笑われるとなんだか不思議な気分になる。神が与えるものと奪うものの取り扱い方を、メルよりも遊真の方がちゃんと理解している気がしてきた。
*****
「よしよし、よく頑張ったな」
遊真がメルを褒めるので、えへん! とあまり大きくない胸を精いっぱい張る。
結論から言うと魔王の討伐は叶わなかったが、人々を襲ったり自然を破壊するといった凶悪な行為は二度と行わないと約束させ、長い時間をかけて少しずつ平和を築いていくことで和解する形になった。
さらに守護世界の人口の約八割が女神を信仰するようになった。おかげで女神としてのメルの力はかなり回復し、神の力も前より使いこなせるようになってきた。髪や肌の艶も戻り、目の下のクマもすっかり消え、メルはかなり健康的な女神になった。
そして天災や疫病にも対抗できるようになり、世界全体が安定してきた。その平和ぶりから、最近は遊真を連れてお忍びで守護世界に降りて散歩をするほどの余力も生まれた。
しかしどんなに一緒にいるのが楽しくてありがたくても、遊真は人間であって神ではない。刻の狭間に長期間置いておくわけにはいかないので、いずれは人の世界に戻らなければならない。
その前にメルにはどうしても遊真に聞いておきたいことがあった。このままでいい、と常にスーツ姿で、守護世界から持ってきた新聞を読んでいる遊真に近付き声をかける。
「あの、遊真さん……お礼をさせてくれませんか」
「ん? お礼?」
「はい。世界を救ってくれたお礼に……私に出来る祝福と加護であれば、なんでもします。転生後になりたい姿ややりたい事などがあれば、可能な限りご要望にお応えいたしますので」
「……その転生って、絶対しなきゃいけないもんなのか?」
頭を下げようとした直前に不思議そうな声を出され、数秒遅れて『え?』と間抜けな声が出る。たぶん表情もだいぶ間抜けだと思う。
「元の世界に戻っても、前の俺は死んでるんだよな。かと言って他の世界でやりたいことってのも正直よくわかんねぇし」
「……」
「てか、転生ってことは生まれ変わるんだろ? それって赤ん坊から人生やり直すんだよな?」
「えっと……そうですね。一応は大人の姿で守護世界の中に捻じ込むことも可能ですが、突発的に生命が誕生する事は人の営みや自然の摂理に反します。神々の定めた秩序に逆らう行為なのであまりオススメはしません」
生命の操作は簡単には与えられない権限だ。別の世界から身体ごと転移させることや、一旦記憶を封印して人間から普通に産まれるように転生させ、時が来たら記憶を呼び戻すことは可能である。
だがすでに死んでいる遊真に今すぐ新しい身体を与えて、その世界に突然発生させる行為はあまり薦められない。他の世界では可能かもしれないが、メルの能力ではどこかで予期せぬ不具合が生じて後々問題が起こる可能性を否定できない。
「遊真さんが望むなら全力でサポートはしますけれど」
「いや、いい」
丁寧に説明した上で、それでも望むなら、と言いかけた言葉はまたもあっさり拒否された。
「メル。今すぐ抱かせろ」
「はい――!?」
「お、返事早いな」
「えっ、いえ、今のは承諾ではなく……!」
遊真の突然の言葉が理解できなくて聞き返そうとしただけなのに、何故か承諾だと捉えられた。必死に否定しようとしたが、新聞を放り投げてメルの前に立ち上がった遊真からはあまり話を聞いてくれるような空気は感じられなかった。
「ひゃあっ……!?」
これでももうすぐ齢四桁になる女神ではあるが、動きやすく体内の力も濃縮しやすいので、メルは小柄な体型を維持している。おかげで細身の遊真にもあっさりと抱き上げられてしまった。
「メルはなんでこんなに薄着なんだ? これほとんど下着だろ」
「……力を使うためには衣服は邪魔なんです。本当はこれすら要らないんですが」
「それはヤラシすぎるだろ」
メルを抱えたままスタスタと歩く遊真がため息を漏らすので、その吐息が頬に当たったメルは身体が火照る心地を覚えた。
衣服が要らないというのは例え話だ。これでも最低限の恥じらいは持っているつもりなので、他人の前で服を脱いだ事はない。
「別にいやらしくなど……あ、まって――」
ちゃんと反論しようと思ったが、遅かった。メルが下ろされた場所は、遊真に貸し与えているベッドの上だった。
刻の狭間にいる間は本当は食事も睡眠も必要としないが、規則正しい生活を心掛けているという遊真の要望で用意してあるものだ。
「待たねーよ」
「ちょっと……!」
「男の前で毎日毎日そんな格好でウロウロしてる方が悪い」
そのベッドの上にメルの身体を降ろした遊真は、いつもちゃんと締めているネクタイを緩めながら、組み敷いたメルの首筋に吸い付いてきた。
「おかげでこっちはずっとムラムラしてんだ。メルの事情がひと段落するまで大人しく待ってやっただけ有難いと思え」
「そ、そんな……!」
遊真の言い分はかなり一方的だと思う。メルは身体に触れることを許したつもりはないのに、気が付けばジャケットを脱いで、首元からネクタイを抜き取った遊真の指が太ももを撫で回している。
メルの着ている衣服は薄くて白いぺらぺらの布地なので、あっという間に際どいところに触れられてしまう。
「メル」
「ん……っ、ん」
遊真の反対の手が首の後ろから顔の横に回ってくると、指先でクイッと顎を持ち上げられる。そのまま唇を重ねられ、メルは驚いて目を見開いた。
至近距離で遊真と見つめ合う。けれど楽しそうに目元を緩ませた遊真がそのまま目を閉じてしまったので、視線で何かを訴えることは出来なくなってしまう。
唇をぺろりと舐められたメルは、仰天のあまりそのまま少し口を開いてしまった。そこからすかさず舌を捻じ込まれ、メルの舌を味わうように深く口内を犯される。
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