短編作品集(*異世界恋愛もの*)

紺乃 藍

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王女様の婚約者

A Later Story, Side Conrad.

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「ご機嫌麗しゅうございます、アナベル王女殿下」
「コンラッド」

 日課となったアナベル様の元への訪問も、今となってはただの隠れ蓑だ。お茶を用意したメイドや執事が前室に下がり部屋の中に俺とアナベル様しかいなくなれば、そこに流れるのは甘やかな空気――ではなく、計画の進捗を確認する密談の時間だ。

「ご提案頂いた件、そのまま進めて下さって構いません」
「あら、上手くいってしまったのね。残念だわ……ロレッタは優秀な子だから、ずっと私に仕えて欲しかったのに」

 席に着いてすぐに用件を切り出すと、それまで完璧なお姫様を演じていたアナベル様の口調が急に砕けたものに変わる。しかし特に驚きはない。どちらが彼女の本性なのかは判別がつかないが、次期女王という重責を負う彼女がプレッシャーから解放されて脱力できる瞬間があるのはむしろ喜ばしいことだ。

「大事なご令嬢を召使いとして一生囲い込まれたら、ヴィアローズ家の人々が黙っていないと思いますよ」
「でもつまらないの。私の可愛いロレッタが、最近あなたの話ばかりするのよ。あなたのことを格好いい、素敵と褒めるんだもの」

 そんな彼女の意見を諫める言葉をそっと口にする。

 メイドとしてアナベル様に仕えるヴィアローズ伯爵家の令嬢・ロレッタ=ヴィアローズは、主人を立てる能力に長けている。今はまだアナベル様の婚約者であることを鑑みて『やりすぎず』……しかし何の意思表示もしなければアナベル様に考えが伝わらないので『やらなさすぎず』という難しいさじ加減を上手く調整しながら、俺への好意をアナベル様の前で少しずつ口にしているらしい。

 そんな純真無垢で健気なロレッタには申し訳なく思うが、残念ながらアナベル様は彼女の気持ちと行動の意味をちゃんと知っている。

 出来れば早く事情を説明してあげたいが、彼女は気持ちが燃え上がったバルテルとアナベル様が人目を憚らず近付きすぎることを抑止する役割も担っている。その役目を自然な形で遂行するには、現状では知らないままでいてくれた方がありがたいのだ。

「はぁ、面白くないわ」
「それは失礼いたしました」

 アナベル様が不満そうに唇を尖らせるので、俺はにこりと笑って彼女の矛先をかわすことにする。その表情を見たアナベル様が一瞬目を丸くした。

 彼女は俺に結婚を諦めさせるために『他の結婚相手を持つ許可』と『そこに至るまでの手段と手順』を秘密裏に提案してきた。自分のメイドが自分の婚約者を密かに好いていることにも最初から気付いていたという。

 しかし俺が……というより俺の親父が『王配』という地位を得ることに固執しているのを知っているせいか、そう簡単にすべてが上手くいくとは思っていなかったのだろう。

 だが驚かれることには、逆に驚いてしまう。それほどこっぴどく振られ続けて冷たくあしらわれてきたのに、いまだに彼女に気持ちがあるわけがない。確かに最初こそ落ち込みはしたが、俺の気持ちは数年も前に見事にへし折られている。

 それに正直なところ、ロレッタの方が愛嬌があって可愛らしい。身体も好みだ。もちろんそれは口にはしないが、アナベル様から感情を向けられないことを知ってもなお彼女を慕う努力をしていた頃と比べると、同じ演技でも今の方が数倍気が楽なのは紛れもない事実だ。

「幸せそうね」
「ええ、まあ。俺を失恋の痛みから救ってくれる天使を見つけたので」
「そう。ならその天使に逃げられないように自重することね」

 小さな嫌味に対してぷい、と顔を背けられるが、確かにロレッタには言わない方がいいかもしれない。

 まさかアナベル様が成人した頃に行われた俺の身体検査で、逸物が大きすぎて未来の女王陛下の身体が壊れるかもしれないから、婚約者として相応しくないと言われたことなど。さらにそれが原因でアナベル様にドン引きされて距離を置かれてしまったことなど……ロレッタを本気で抱く日が来るまでは、伏せておいた方が賢明だ。

 未来の女王陛下が言うとおり、彼女に逃げられてしまったら俺はもう本当に立ち直れないかもしれない。

 しかし自重は無理かもしれない。俺がアナベル様に冷たく突き放されると、いつも俺以上に泣きそうな顔をして、けれど何も言わずにそっと見送ってくれたのはロレッタだけだ。そのロレッタが恥ずかしそうに微笑んでくれた。俺を慰めて癒したいと言ってくれた。そのロレッタが、もうすぐ俺だけのものになるのだ。

「気持ち悪いわ」

 俺の心を読んだのか、緩んだ表情を見つけて訝しげな顔をするアナベル様に適当な笑顔を送る。その瞬間アナベル様がまた表情を歪めるが、きっと彼女は俺の安堵と喜びなど本当の意味では知らないのだろう。

 そしてロレッタも、俺たちの密かな計画の全貌をまだ知らない。ロレッタがそれを知るのは、絶対に逃げられないように彼女を確実に掴まえた後の話だ。


  ――Fin*

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