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王女様の婚約者
Main Story, Side Loretta. 中編 ◆
しおりを挟む私は間違っていました。コンラッド様は、アナベル様とバルトロメオ様の関係に気付いていなかったのではありません。考えてみれば当たり前です。頭の良いコンラッド様が、アナベル様の心が離れていることにも、バルトロメオ様の嫉妬心に火をつけていることにも気付かないはずがありません。それでも彼は毎日贈り物を持って会いに来ることを欠かさないのです。一途に思い続けているのです。その姿勢を貫くことがアナベル様の存在を高めることに、コンラッド様は気が付いているのです。
ああ、彼はなんという悲壮な宿命を負わされてしまったのでしょうか。想い人であるアナベル様に想いが届かないばかりか、自分たちの婚約が本当はもう絶望的な状況であることを悟っているなんて。しかも自ら身を引いたとしても、その後誰とも添い遂げることが出来ないなんて。諦めた後でさえ、諦めることを許されないなんて。
不憫です。あまりに可哀想すぎます。
……まるで苦行のようです。
「さてと、探してた資料も見つかったし、俺もそろそろ戻るか。ロレッタも図鑑は見つか……」
「コンラッド様」
その表情を見ていると、なんだか申し訳ないような、喉に魚の小骨がつかえたような、私の方まで苦しい気持ちになってしまいます。
もちろん本当は、そんな感情を抱くことすら間違っているでしょう。私の立場ではアナベル様の幸せを応援することは出来ても、コンラッド様の恋を支援することはできません。――でも。
「……私では、だめですか?」
「……ロレッタ」
「私とコンラッド様では、身分があまりにも異なります。自分でもわかっています」
コンラッド様の物憂げな表情を見つめているうちに、私は居ても立っても居られなくなってしまいました。その衝動のまま、身長差があるコンラッド様の腰に飛びつくように抱き着きます。あまりの勢いでバランスを崩した彼がよろめいて本棚に寄りかかっても、私はコンラッド様から離れません。
「ちょ……おい? どうしたんだ?」
「私が、コンラッド様の失恋の痛みをお慰めします」
「……は?」
コンラッド様が深愛の情を向けるのは、アナベル様だけかもしれません。私には興味なんてないと思います。けれど一時的に忘れて頂くぐらいならば、私にも出来るはずです。
その意思表示のつもりでコンラッド様の顔をじっと見つめると、手袋をしたコンラッド様の手がそっと私の頭を撫でてくれました。
「君は本当に優しいな。……けど、失恋した男に優しさを見せるべきじゃないぞ。付け込まれたらどうするつもりだ?」
そうやってコンラッド様は笑いますが、私はむしろそれを望んでいるのです。あなたになら付け込まれてもいい――王女であるアナベル様の代わりになんてとてもなれはしませんが、それでもあなたをお慕いしているのですから。
「あなたになら」
「……ロレッタ」
ぽつりと呟くと同時に名前を呼ばれたので顔を上げると、コンラッド様はいつになく優しい顔をしていました。その慈しむような顔が急に近付いてきたと思うと同時に、本棚に縫い付けるように身体を優しく押されていました。
決して乱暴ではなく、けれど逃れることも叶わないような力加減に驚いてしまいます。それでも蒼い海のような綺麗な瞳にじっと顔を覗き込まれると、一瞬ほうっとときめいてしまいます。
そうしているうちに、コンラッド様の唇が私の唇に重なりました。
「っ……コンラッド、様……!」
突然のキスに驚いた表情をしても、コンラッド様は構わずに私の身体を抱きしめてきます。その抱擁も、もちろん嫌ではありません。
「ロレッタ。俺を慰めてくれるんだろう?」
「……はい」
優しい表情で顔を覗き込まれ、導かれるように頷きます。するとコンラッド様の手が本棚から離れ、そのまま私のお尻をゆっくりと撫で始めます。そのたどたどしい指使いと真剣な視線にドキドキと緊張してしまいます。空気に飲まれていく感覚が自分でもよくわかります。
「んっ……んん」
私の身体をまさぐるコンラッド様の手つきは、なんだかいやらしいです。脇腹や腰を撫でられると、思わず変な声が出てしまいます。確かに身体に触れられるとくすぐったいのですが、兎や猫を撫でるように優しく触れられると、それ以上に身体の奥がじんじんと痺れて力が抜けそうになってしまいます。
「んん、ん、ぅ……」
第三書庫には、本が日焼けしないように窓がありません。誰もいない午後の小さな部屋は、なんの音もない静かな空間です。私の身体を本棚に押し付けて顔を覗き込んでくるコンラッド様の視線はひどく真剣で、くすぐったさや身体のむずむずから逃してほしい、とは言えなくなってしまいます。
そもそも私が自分からコンラッド様をお慰めしたい、と言い出したのです。あんなに苦しくて悲しそうな表情でアナベル様とバルトロメオ様を見つめる様子を目にするぐらいなら、どんなにくすぐったくても、むずむずしても、私は耐えられます。
「はあ、ぁ……ん、っはぁ」
そう思っていたのに、コンラッド様が頬や耳に口付けながら胸元のリボンを解いてボタンを外すと、急に不安になってしまいます。さらに前掛けの隙間から手を差し入れられると、ただくすぐったい感覚だけではなくなってきます。ビスチェの紐を器用に解かれて締め付けがなくなったと感じた瞬間、コンラッド様が
「ああ、すごいな」
と感嘆の声を零しました。
私はその声を聞いたことで、メイド服が身体から滑り落ちる限界まで緩められ、肌蹴た布地の隙間から胸だけを表に出されていることに気付きました。
誰もいないし、薄暗いし、人の気配もないとはいえ、ここは紛れもない王城の書庫です。そんな場所で服を緩められて胸をさらけ出している姿は妖艶や淫靡を通り越して、もはやはしたないとしか言いようがありません。
「や、恥ずかしい……っ」
「どうして? 恥ずかしがることはないだろう……ほら」
「きゃあっ」
しかし私の訴えはコンラッド様には届かなかったようで、首を振っても止めてはくれません。コンラッド様は手袋をしたまま私の胸を優しく包み込んで撫でてくれていたと思ったのに、急にその手が激しく動き始めてしまったのです。
「っぁ、やぁ……やだ……!」
「なんだ、やっぱり俺では嫌か?」
「ちがっ……そうじゃなくて……っ」
明確に拒否の言葉を発すると、コンラッド様の手がパッと離れます。しかし彼がまた捨てられた子犬のような悲しい目をするので、私は自分の言葉選びが間違っていたことと、説明が足りていなかったことに気付きました。
そうじゃない、と口にすると、すぐにコンラッド様が明るい表情に戻ります。コンラッド様は逆三角形の美しい輪郭に高い鼻と澄んだ蒼い目、そして栗色の明るい髪を持つ優しいお顔立ちをされています。頭脳明晰で話題も豊富なのに、物腰が柔らかく喜怒哀楽がわかりやすい裏表のない方なので、表情から感情がわかりやすい人なのです。
その彼がほっと安堵したように微笑むので、私はまたきゅん、とときめいてしまいます。
ああ、どうしてこんなに素敵な方なのに、アナベル様はコンラッド様ではいけないのでしょうか。もちろんバルトロメオ様も騎士然としていて凛々しいお方ですが、コンラッド様も十分素敵な男性なのに……
「っぁあん」
考え事をして油断していると、手袋の先を噛んだコンラッド様が口だけで手袋を外して再び私の胸に触れてきました。先ほどは布越しだったのに、今度はコンラッド様の手の温度を直に感じます。彼の口から手袋が床へぽとりと落ちると、さらに身体を密着させるように距離を詰められ、そのまま彼の唇が耳元に近付きました。
「可愛いな」
「……っ~~! っぁ、あっ……」
低い声が聞こえるだけで身体がぞわりと痺れてしまいます。わざとやっているのかと思うほど、コンラッド様の声は低くて淫靡です。そのコンラッド様の手が胸をゆっくりと揉むように動くと、私はまた声が途切れ途切れに掠れてしまいます。
「このまま聞いてくれ、ロレッタ」
恥ずかしい格好と体勢と手の動きと近くに感じる吐息で困惑していると、コンラッド様が耳元でなにかを呟きました。すでにまともに考え事をする余裕がなくなっていた私は、ぼんやりとしたまま首の動きだけで同意を示します。
「一つだけ、俺にも結婚できる方法がある」
「……え?」
「陛下やアナベル様から下賜されたものは、人であれ物であれ、俺には拒否することができない」
コンラッド様の言葉に、覚束ない思考をどうにか巡らせます。
下賜というのは、王族や上流貴族などの高い身分を持つものが、低い身分の者へなにかを与えることを意味します。コンラッド様の言うように、女王陛下や次期女王であるアナベル様が与えたお恵みを、臣下は受け取り拒否など出来るはずがありません。それはもちろん、人であっても同じことです。すべての臣下は『この者をあなたに与えるので、奥方にしなさい』と言われた場合、拒否など出来ないのです。
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