短編作品集(*異世界恋愛もの*)

紺乃 藍

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春うさぎはたまごを食べない

中編 ◆

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「シヅキさん、おはようございます」

 翌日。たまご屋での最後の仕事となったリルは、いつものように一件しかないお得意様――シヅキの屋敷を訪ねた。

「今日はたまご、どうされますか?」

 ベルを鳴らすといつもと同じく気だるげな表情で門扉を開けたシヅキに、必要なたまごの個数を訊ねる。バスケットの中にある色とりどりのたまごを見たシヅキは、すぐに『はあ』と困ったようなため息を零した。

 リルだけではなく、たまご屋の売り子たちは皆、自分が販売するたまごに色を付けたり絵や模様を描いて可愛く装飾する。最初は白や薄い茶色のたまごをそのまま売っていたが、誰かがたまごを装飾したところ売れ行きが良くなったと言い出してから、皆こぞってそれを真似るようになった。たまごの殻に色や模様をつけても中身の味には変化はないし、殻を食べる人もいないので、だったら見た目が可愛いくて売れる方がいいということだろう。

 しかしシヅキがため息をついたのはリルの色付けのセンスが悪いことや、絵心が皆無で美味しそうに見えないからではないらしい。

「全部買う」
「えっ? ……ぜ、全部!? それはさすがに……申し訳ないです」
「今日で最後なんだろ?」

 シヅキに問いかけられ、リルは言葉に詰まった。こくん、と頷くとシヅキがフッと笑う。

 いつものようにお金を受け取り、肩から斜め掛けにしたポシェットに代金をしまうと、バスケットごとシヅキにたまごを渡す。

「あの、今まで本当にお世話になりました。シヅキさんがたまごを買って下さらなかったら、私はもっと早く解雇になっていたかもしれません。だから、その……ありがとうございました」
「おう」
「……それでは、私はこれで」
「待てコラ。どこ行くんだ」

 もう使うことのないお気に入りのバスケットを少しの間だけでも彼が使ってくれるといいな。なんて思いながら玄関を出ようとすると、シヅキに不機嫌な声で呼び止められた。

 え? と振り返ると、距離があったはずのシヅキが驚くほど近くにやってきている。それどころか腕を腰に回されて抱きしめるように逃げ道を塞がれている。

「全部買うって言っただろ」
「い、今ので全部です。もう売り切れですよ」

 鋭い視線で睨まれたリルは早口で告げたが、シヅキには通じなかった。腰に絡まっていた手に力を込められ、垂れ下がった長い耳の付け根にシヅキが低く囁く。

「お前も含めて全部、だ」
「え……? わ、私……!?」
「たまご屋のジジイに話はつけてある。お前は今日であそこを退職、その後は俺のところに永久就職だ」
「へっ……?」
「これで俺のものにできる」

 そう呟くと同時にリルの身体を抱き上げる。全身がふわっと浮いたことに驚いたリルは、落ちるのではないかと思って必死にシヅキにしがみつく。その仕草を見たシヅキが、珍しく笑顔になって腕にさらなる力を込めた。

「もっと早くこうしておけばよかったか。毎日十個や二十個のたまごを買ったぐらいじゃ、お前みたいなバカはどうせ気付かないんだから」
「バカって言わないでください!」
「じゃあリル……なあ、ちょっと軽すぎないか? うさぎだから跳ねるために身軽なのか?」

 シヅキはリルに語り掛けながら、屋敷の奥へどんどん進んでいく。たまごを売りにくるときは入っても玄関までだから、この屋敷のこんなに奥までやってきたことはない。

 リルの予想通り屋敷の中にシヅキ以外の気配はない。静かな廊下に彼の靴音だけがカツカツと響く。まるで昼下がりの木漏れ日が差し込むお城を、シヅキとふたりだけで歩いているようだ。

 しかし静かな時間はすぐに終わってしまう。シヅキがリルを抱いたまま踏み入れた場所は寝室で、身体を降ろされた場所は大きなベッドの上だった。

 驚いている間にミュールの紐を解かれ、ベッドサイドに履き物がゴロン、ゴトンと転がり落ちる。その音を聞き終わる前に、リルの身体は白いシーツの上に押し倒されていた。

「リル」

 名前を呼ばれた直後に唇を奪われる。リルの身体をベッドに押さえつけたシヅキの長い髪が、肩からするっと落ちてくる。その瞬間、ふわりとムスクの香りが広がった。けれど鼻先がそれを感じるよりも早く、舌同士が触れ合う熱を知る。

「っぁ、ふぁっ……」
「可愛い声だな」

 ちゅる、と舌を吸われて唇を舐められると、背中や腰がむずむずむして変な声が出てしまった。聞いたことも出したこともない自分の声に驚いて顔を上げると、シヅキがまた優しい笑顔を見せる。

 その笑顔に見惚れているうちに、リルは驚きの状況に見舞われた。背中に回ったシヅキの指先が首の後ろのリボンを解くと、そのままファスナーを下げられてワンピースを剥ぎ取られてしまったのだ。

「えっ、ちょ、シヅキさっ……!」
「たまごよりは大きいな」
「!」

 シヅキがリルの胸を辺りを見下ろして感心したように呟く。

 なんて失礼なことを言うのだろう。と思ったが、首の後ろに滑り込んだ手が顎の先に触れ、顔の向きを変えられた直後、再度優しく口付けられる。それだけで文句の言葉は喉の奥に消えてしまう。

 今度は深い場所まで舌を入れられ、ねっとりと濃厚なキスを重ねられる。そうしながらも反対の手は胸の先端に触れてくる。

「あう、っぅ、っふ……」

 急に敏感な場所を撫でられて、身体がぴくんと反応する。けれどシヅキはリルを逃してはくれず、キスも胸を揉む手もだんだんと激しくなっていく。

「あっ、あぁっ……しづ、きさっ……!」

 身体全体がじんじんと痺れる。甘い痙攣に苛まれるように、腰と下腹部がきゅうっと収縮する。

 何度も深く口付けられ、胸の先と膨らみ全体を交互に撫でまわされる。明るい部屋のベッドの上で、思考も身体も激しく乱される。緩急をつけた愛撫に負け、とろけきった頭でキスに応じる。

 そうしていると、顔を離したシヅキがふと困ったような声を上げた。

「震えるたまご、か」
「ん……、っ、う……?」
「人の縄張りで好き勝手に商売するとはいい度胸してやがる。お前の雇い主もとんだ勘違いしてるみてぇだしな」

 シヅキがぽつぽつと独り言を呟く。けれど何を言っているのかちゃんと理解できないリルは、首を傾げることしかできない。

 そんなリルの視線に気がついたのか、シヅキが瞳の奥に怪しい光を宿す。怒っているような、愉しんでいるような、どちらともとれる妖艶な笑顔で。

「ま、あいつらには後できつーく灸を据えてやるとして」
「っぁあん!」
「リルもリルだ。抜けてるとこがあるとは思ってたが、いくらなんでも危機感がなさすぎる。この長い耳には危険察知能力が備わってねえのかよ」
「んんっ……!」

 そう言ってシヅキが撫でた場所は、垂れ下がった長い耳の付け根だった。その場所をスリスリと撫でられたリルは、キスよりも胸への愛撫よりも過剰に反応してしまう。

「耳は性感帯か」
「やっ、ん……撫でないで……っ」
「普段垂れてるくせに、感じると耳も立つのか?」
「っやあ、あっ……」

 からかうような声音に恥ずかしくなって身を捩るが、やはりシヅキは逃がしてはくれない。いつの間にかワンピースを剥ぎ取られ、下着も奪われ、全裸に剥かれて全身にキスを落とされている。

「今夜からのお前の衣食住は俺が全面的に保証してやる」

 リルをじっと見つめる瞳は真剣そのもの。ぼーっとしている間にこんなにふしだらな状況になってしまったというのに、シヅキの鋭い視線はノリや冗談や勢いで始めた淫らな遊びのようには思えない――まるでリルに愛を語って口説き落とそうとしているような……からめとって独占して縛り付けることを宣言されているように思えてしまう。

「おやつも食い放題だ。ただし夜は少し働いてもらう」
「え……?」
「ああ、そういう意味じゃない。……いや、でもうさぎも性欲は強いんだよな?」
「……?」

 真剣な求愛と揶揄いの言葉が混ざり合ってはいるが、目線だけは常に本気だ。片手で自分のベルトを外しながら、もう片方の手はリルの太腿を掴んで横に開く。

 恥ずかしい場所を丸見えにされて悲鳴を上げそうになった。けれど内腿の中央にキスを落とされ、そこから足の付け根に向かってツツツと舌先が滑ると、背中がざわりと粟立って叫び方さえ忘れてしまう。その舌先が花芽に触れると、あまりの強い刺激に驚いて思わず身体が仰け反る。

「ぁあんっ」
「……へえ、いい声出るじゃねぇか」

 股の間で笑うシヅキの吐息が、敏感な場所にかかるだけで身体が震えてしまう。陰核を口に含んで吸われ、さらに舌の先を秘裂にねじ込まれると、リルはもう自分の身体に何が起こっているのかさえわからなくなった。

「っぁ、あっ……あ、ぁあっ」

 強い刺激に抗おうと足をばたつかせても、細身に思えるシヅキの腕は意外と力強く逃れることさえかなわない。

 たっぷりと時間をかけて長い舌に丁寧に舐められて濡らされ、穿られてほぐされた場所に男根の先端を宛がわれる。

 リルはどうしてこんなことになったんだっけ? とぼんやり考えたが、熟した蜜口にシヅキの熱を埋められるとあまりにも強烈な圧迫感に思考のすべてが弾け飛んだ。

「っあ、ああっ……!」

 太い雄竿を沈められ、リルは衝撃に抗うように身体に力を入れた。リルが力むとシヅキも苦痛を感じるような表情を見せるが、すぐに優しい笑顔になる。

「動物にとっては繁殖行動。獣人にとっては番の証明。……人間にとっては求愛行動だ。覚えておけ」

 膝立ちで腰を掴んでいたシヅキが、シーツの上に腕をついて身体の距離を縮め、リルの耳元に直接語り掛ける。長い耳が吐息を感じるとその刺激にさえ快感を覚えて、ふるふると身体が震えてしまう。

 リルが快楽を覚えるとその震えがシヅキにも伝わるらしい。息を詰めたシヅキが腰を振るとその振動にリルの蜜壺も収縮する。お互いの反応がお互いの性感を高め合って絶頂に昇りつめていくまで、そう時間はかからなかった。

「あん、んぅ……っふ、ぁあっ」
「く……ぅ……きもちい、な……」

 最初に感じた圧迫感は一体どこへ行ったのだろう。結合部に存在していた刺すような痛みも立ち消え、ただシヅキの存在だけを全身で感じ取る。

 温度も、香りも、キスの味も、視線も、鼓動の音も、すべてが一つに混ざり合っているように錯覚する。

 とんとん、と深い場所を抉るように腰を打ち付けられ、リルは必死に手を伸ばした。その手をシヅキが握ってくれるだけで満たされる。獣でもあり、人でもあるリルにとっては、裸で抱き合う行為は繁殖行動でも、番の証明でも、求愛の行動でもある。けれどそれはきっと、シヅキにとっても同じことだ。

「ああ、ああ、だめ、ぇ、しづ……さッ」
「ふ、くぅ……ッ――」
「ああ、ああぁ――っ!」

 唇を重ね合って身体を震わせると、深い場所に彼も精を注ぎ込んでくる。どろりとした感覚が下腹部の奥に生じた瞬間、リルは強烈な幸福感と絶頂感に負けて、そのまま意識を手放してしまった。

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