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番外編
しあわせの魔法
しおりを挟む◆ 本編完結後の後日談となっています。本編のネタバレを含むため、お読みの際はご注意ください。
◆ 書籍化記念番外編です。連載時はたくさんの方に本作をお読み頂き、本当にありがとうございました!
「リリア」
エドアルドに名前を呼ばれ、はっと我に返って顔を上げる。手元に集中していたリリアは、声を掛けられるまでエドアルドが入室して来たことには全く気が付いていなかった。
集中力が切れてほうっと惚けるリリアと、リリアの姿を見つけてすぐに駆け寄ってくるエドアルド。
いつも通りの二人の様子を確認すると、リリアの周りにいた侍女や針子たちが一斉にその場に立ち上がった。
刺繍図案を共有しやすいように、そして糸や布などの受け渡しをしやすいように、大きなテーブルを使って作業をしていた。
だがエドアルドの入室を認めると、テーブルの上に広げられていた色とりどりの布地や絹糸、装飾に使うボタンや飾り玉も、手早く片付けられてしまう。そしてエドアルドと入れ替わるように、全員が俊敏に立ち去っていく。
リリアが『え、えっ』と驚く暇もなく、目の前の道具や材料はあっという間に回収されてしまった。リリアの元に残されたのは、手にしていた青い布と銀の刺繍針と白い糸、そしていくつかの待ち針が刺さったままの針山が一つだけ。他には糸屑の一つも残っていない。
最後に退出していった侍女が『あとで焼き菓子をお持ちしますね』との言葉に朗らかな笑みを添えていったので、リリアは侍女たち全員にからかわれているらしいと気が付いた。
彼女たちは普段から表情が乏しくあまり笑わないエドアルドが、リリアにだけは笑顔を向けて猫可愛がりしている様子が面白いらしい。さらにいつまで経ってもエドアルドの戯れに照れているリリアの姿を見ることも、同じように楽しんでいる節がある。
二人に気を遣ってくれているように見せかけて、その裏で彼女たちは二人のやり取りを楽しんでいるのだ。
侍女たちがにこにこと笑う姿を思い出し、妙な恥ずかしさを覚えつつも
「……お疲れさまです」
とエドアルドに声を掛ける。
リリアが労いの声を掛けると、エドアルドの表情はすぐに柔らかなものに変わった。そのまま流れるような動作で隣に腰を下ろしたエドアルドは、襟元の留め具を外してはぁ、と大きな息をついた。
そこで改めてエドアルドの表情を確認したリリアは、ふいに意外な事実に気が付く。
エドアルドは普段から身体を動かすことを好み、どちらかと言えば執務室で政務をこなしているよりも騎士院で訓練をしていることを好むような人だ。昼も夜も体力は有り余っている印象だったが、珍しいことに今日は疲れているらしい。
「いつもよりお疲れのようですね……?」
珍しく疲労を感じさせる姿に疑問を感じつつ、そっと声を掛ける。リリアの問いかけにふっとはにかんだエドアルドは、針山に刺繍針を戻したリリアの腰を抱き、肩に鼻先を近付けてきた。
「そうだな……今日は疲れた」
さらに珍しいことに、エドアルドが甘えたような低い声を零す。まだ陽が高いうちから二人だけの時と同じような声を出すので、リリアはつい焦って談話室の中に視線を巡らせた。
一応、人の気配はない。だが、ほっとする間もなくエドアルドに腕を掴まれて顔を覗き込まれると、人の気配を気にしている場合ではなくなってしまう。
「リリア、膝を貸してくれ」
「え……えっ? 膝、ですか?」
また意味がわからない要求をされている……と思ったが、靴を脱いでソファに脚を上げたエドアルドは、すぐにリリアの太腿に頭を乗せてふっと力を抜いてきた。
ドレスのレースの上からエドアルドの頭の重さを感じる。そこでようやく、求められているのが『膝枕』なのだと思い至った。
「ああ……これはいいな」
エドアルドがぽつりと呟く。首の位置を調整するためか少しの間はリリアの脚の上で首を動かしていたが、そのうち動きを止めてそっと目を瞑ってしまった。
「寝にくいのでは……?」
「いや……柔らかい。気持ちよくて、このまま眠ってしまいそうだ」
リリアの問いかけに、エドアルドが目を閉じたままで笑顔を零す。
侍女たちが焼き菓子を運んで来たら、エドアルドと一緒にお茶の時間にしようと思っていた。しかし彼の様子をみるに、今のエドアルドに必要なものはティータイムではなく休憩の時間だ。
どうしてこんなにもエドアルドが疲れているのかと心配になってしまう。しかしハラハラするリリアの心情を察したのか、エドアルドは静かに瞳を開くと、リリアの顔を見て苦笑いを零した。
「今日は魔力の判定日だ」
「……魔力の判定……?」
「そうだ。魔法院に魔法使用者登録のある者は、年に一度魔力の判定検査を受けることが義務付けられている。俺も魔法はあまり得意ではないが、一応登録はしているからな。面倒でも受けなきゃいけないんだ」
ふう、とため息を吐くエドアルドの説明を聞いて、メイナに『近いうちに魔力の計測日があるんだ』と言われていたことを思い出す。
スーランディア王国では魔法を使用する者に『魔法使用者登録』を義務付けており、登録がない者は原則として魔法を使ってはいけないことになっている。魔法院が魔法使いたちの規律を統一化して監視と管理をすることで、魔法を不正利用したり犯罪へ転用されることを抑止しているのだ。
そしてその一環として毎年実施されるのが『魔力の判定』だ。エドアルドは今日がその判定日だったのだろう。
「姉上は俺のときだけ、判定水準を高く設定してたな。お陰で無駄な体力を使った」
呆れたようなため息を聞くに、エドアルドの魔力判定はメイナが自ら行ったのだろう。詳しい実施方法はリリアには不明だが、王子であるエドアルドの実力を魔法院のいち研究者が測って判定するのは、少々荷が重いのかもしれない。リリアがその立場だったら、恐れ多くて正確な判断が出来ないかもしれないと思ってしまう。
ならばエドアルドの実姉であり魔女であるメイナは、遠慮が不要であるという点ではこの上ない適任者であると言えよう。
しかしエドアルドの嘆きを聞くに、メイナはエドアルドに必要以上の負荷を掛けたのかもしれない。実際、今日のエドアルドは誰が見ても疲労困憊に見えるのだ。
「姉弟喧嘩はだめですよ?」
「喧嘩じゃない。……姉上は、俺が君を独占するから面白くないんだ」
リリアは俺のものなんだ、当たり前だろう、とエドアルドがぶつぶつ文句を言っている。
疲れているのも不機嫌な理由のひとつなのかもしれないが、それ以上にリリアを独占していることをメイナに指摘されたことが面白くないと思っているようだ。どうして姉に邪魔されなければいけないのか……エドアルドの不機嫌の最たる理由はそこにあるらしい。
「リリアは俺の味方だろう?」
メイナとのやり取りを思い出したのだろう。ふとエドアルドが手を伸ばして、リリアの頬に触れてくる。まるで『そうあって欲しい』と願うような口調と視線を向けられ、つい絆されそうになってしまう。
けれどリリアは、にこりと笑顔を浮かべてエドアルドの戯れから逃れた。エドアルドに本気で迫られると拒否できないことは自分でも理解していたし、メイナが自分を可愛いがってくれていることも知っているので、中立の立場を貫きたかったのだ。
「喧嘩両成敗です」
「……なんだ、つまらないな」
エドアルドがふっと表情を崩す。残念そうな口ぶりをしているが、リリアの心情もちゃんと汲み取ってくれたのだろう。それ以上は何も言わず、また瞳を閉じて息を吐く。
「エドさまは、少し頑張りすぎですよ」
魔力の測定など、基準を満たす程度の力を出せばあとは適当に済ませても良かったはずだ。しかし元来の真面目な性格がそうさせるのか、エドアルドはただの測定に本気で挑んだらしい。
もちろん姉にからかわれたことで勝負心に火が付いた可能性もあるが、いずれにせよ真剣に魔力判定に臨んだことは間違いない。
「あまり無理なさらないで下さいね」
そう言って、エドアルドの前髪を指先でさらさらと撫でる。そうすればエドアルドの心を少しは和ませられると思って。
リリアはエドアルドに頭を撫でられるといつも心地よいと感じて、そのうち眠くなってしまう。だからその心地をよさをエドアルドにも感じて欲しいと思った。
「リリア……何か魔法を使ったか?」
目を瞑ったエドアルドにそっと問いかけられ、ぴくりと手の動きが止まる。なにか不快を感じさせてしまったのだろうかと思って、視線と思考を巡らせる。
エドアルドは抜きん出て高身長というわけではないが、それでもスーランディア王国の成人男性の標準身長よりは高いと言えるだろう。ソファに座るリリアの太腿に頭を乗せているので、彼の脚は長さが足りず少しソファの外へ出てしまっている。
しかし気になる点と言えばそれぐらいのもので、リリアに体重を預けてくるエドアルドの身体に大きな変化はない。
「えっと……? 私、魔法は使えませんよ?」
「……そうだったか」
ぽつりと呟くエドアルドの声が、語尾に向かって徐々に小さくなる。
「本当に、……眠って、しま……う」
「エドさま……?」
リリアの問いかけに、今度は答えも返ってこなかった。すう、と大きく息を吐いたかと思うと、そのまま小さな寝息が聞こえ始める。どうやらエドアルドは本当に疲れていて、睡魔の限界を迎えてしまっただけのようだ。
いつもは喜んでくれるリリアのお茶や
もうすぐ運ばれてくるはずのお菓子も待たずに、彼は夢の中へ落ちてしまった。先ほどまではそんな素振りは見せていなかったのに、リリアに身を預けて一呼吸を置いただけでーーあっという間に。
「エドさまこそ、何か魔法を使われたでしょう?」
眠ってしまったエドアルドにそっと問いかける。プラチナホワイトの銀糸に指を滑らせながら、夢の世界にいるエドアルドには届くか届かないかというほどの声量で語りかける。
エドアルドは王族であると同時に、騎士院に所属する騎士でもある。まだ若くありながら騎士院総帥補佐という地位に就くほど優秀で真面目な彼が、昼間からこんなにも無防備な寝姿を晒している。
それはエドアルドが、リリアを信頼して全てを委ねてくれている何よりの証拠だ。リリアがエドアルドにすべての人生を預けて信頼しているのと、同じように。
エドアルドは騎士としても高潔だが、魔法の腕も確かなのだろう。メイナのように強大な力を持つわけではないが、確かに彼にしか使えない魔法が存在する。
「私、しあわせなんです」
それは他でもない、リリアを幸せにできる魔法だ。
エドアルドと触れ合っているだけで、リリアはいつも満たされる。自分が呪いを受けた過去を持つという不安も、王子の妃として振舞うことへの不安も消え、自然とあたたかさを感じる。これはエドアルドにしか使えない、リリアのためだけの魔法だ。
それに比べてリリアが使える魔法といえば、お茶を美味しく淹れることと……せいぜいハンカチにエドアルドの名前を刺繍することぐらいだ。
それでもエドアルドは、大した特技とも言えないリリアの魔法を喜んで褒めてくれる。その笑顔を見ていると、リリアもいつも幸せになれる。
だからこうして、お互いがお互いのためにしか使えないしあわせの魔法を重ね合っていく。
たぶん、この先もずっと。
バルコニーから入ってきた午後のそよ風がふわりとカーテンを揺らす。そんな優しい風の音は、リリアの小さな発見と二人の時間をやわらかく包み込んだ。
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まみむめもンゴリアンチョップさん 感想ありがとうございます♪
すいません、タイトルすごい怪しいですよね! つい出来心で犯罪の香りが漂うタイトルをつけてしまいましたが『読んで良かった』と言って頂けて、とても嬉しいです(*´艸`)
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