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番外編
王子殿下も愛でられる 前編
しおりを挟む◆本編完結後の後日談です。本編のネタバレを含んでおりますので、お読みの際はご注意ください。
◆作者の趣味によるお遊び系のお話です。
「か、か……かわっ……!」
綺麗な瞳をまん丸に見開いて。
小さな口を少しだけ開けて。
びっくりしたようにリリアの顔を見上げてくる、プラチナホワイトの髪とサファイアブルーの瞳を持つ少年。幼い―――否、幼くされてしまった、婚約者。
身体は縮んだが衣服の大きさは変化がなかったので、彼はいま布の塊の中に呆然と佇んでいる。片手をあげると騎士の正服の袖がくたっと折れる。その愛らしい仕草に、思わずきゅぅん、と胸がときめく。
「可愛い~っ!」
「りりあ、くるしい」
リリアに思いきり抱きしめられたエドアルドは、腕の中から困ったような声を出した。
「エド、体調どう? どっか痛いとこある?」
様子を見ていたメイナに問い掛けられ、エドアルドはリリアの腕の中で盛大な溜め息を吐いた。魔法陣を足で踏みつけた時点で、何かが起こることは察していたらしい。
諦めたような目で姉を見上げたエドアルドに、メイナがフフッと笑いかける。
「いま新しい魔法道具を開発してるとこなんだ」
「……魔法道具? これが?」
「そう。夜会で二人を見てた人たちから、魔法院に問い合わせがあるんだよね。身体が子どもの姿になる魔法道具はないんですか、って」
「……」
当然、そんなバカバカしくて実用性の低い魔法道具の用意などあるはずがない。しかし担当している者が『ありません』と回答しても、似たような問い合わせはひっきりなしに続く。貴族たちの強い圧に負けたメイナの部下は、とうとうメイナに泣き言を零しはじめた。
最初はメイナもバカバカしいと感じたが、このひと月ほどでかなりやつれてしまった部下の姿は憐れに思ったようだ。仕方がなく開発に着手したメイナは、とりあえず試作品を完成させた。それがさきほど、エドアルドが踏んだ魔法陣だ。
「俺で試すの止めてもらえませんか?」
「だってリリアはもううんざりでしょ? 小さくなるの」
「自分の部下で試せばいいと思うんですが……」
笑って誤魔化そうとするメイナに、エドアルドがぶつぶつと文句を言う。ちなみに夫であるアンティルムには既に何度も試しているが、感想らしい感想を述べてくれないのでデータだけ採って彼で遊ぶのは止めたらしい。
二人の間に挟まれているリリアは、会話の内容にはほとんど関知しない。代わりに、小さなほっぺたに空気をためるエドアルドの姿に興味津々だった。
「エドさま、おやつ食べませんか? マドレーヌがありますよ」
「今はいい」
普段はリリアに声をかけられれば甘い笑顔を向けるエドアルドだが、今日はそれどころではないらしい。
「どうすれば戻れるんですか」
「内緒」
さらなる問いかけを軽くあしらわれ、エドアルドの眉間にぐっと皺が寄った。しかしイライラとメイナを睨んでも、あまり効果はないらしい。にやりと笑う姉と幼い少年になった弟の戦いは実に不毛だった。
「エドさま、お着替えをしましょうね。こちらにルディアルド様から借りてきたお召し物がありますので」
「……義姉上もグルか」
舌打ちでもしそうな勢いで眉間の皺を更に深める。その後も姉弟の間でいくつかのやり取りが交わされていたが、リリアはそれをほぼ聞き流し、ただエドアルドに子ども服を着せることに専念した。
「エドさま、喉乾いてます? ベリージュース飲みますか?」
「お茶がいい。……というか、リリアはなんでそんなに楽しそうなんだ?」
ようやく目が合ったエドアルドに、また鼓動を高鳴らせながら返答する。
「だって、エドさまが可愛いんですもの」
普段のエドアルドは感情をあまり表に出さない。もちろん怒っているわけでも機嫌が悪いわけでもない。ただ表情の変化から相手に余計な憶測をされないよう、喜怒哀楽を極力表出しないよう努めているとのこと。常に笑顔でいることで本心を悟らせないようにするセリアルドとは、また違った王族特有の処世術だ。
そんなエドアルドが取り乱して、怒ったり焦ったり困ったりしている。しかも、ちっちゃい姿で。人形みたいな大きさと、人形みたいに綺麗な顔で。
これが楽しくないわけが無い。
「で? なんで俺はリリアに抱かれて移動してるんだ?」
「思ったより軽くてよかったです」
メイナとの不毛なやり取りを終え、リリアはエドアルドを腕に抱えて王殿へ戻った。
入り口に待機していた近衛騎士に『メイナさまのいたずらです』と一言添えると『ははぁ』と妙に納得した声を出された。人の大きさが急に変わるという不思議な状況も、スーランディア王宮ではさほど驚くようなことではないらしい。
手を繋いで移動することも可能だったが、可愛いエドアルドを抱っこして持ち上げてみたら離れがたくなったので、結局そのまま王殿に戻ることにした。
幼いエドアルドの姿は、それはそれは可愛らしい少年だった。もちろん普段も、整った顔立ちと綺麗な瞳が印象的な見目麗しい青年だと思う。だが身長が三分の一ほどになり、毒気を抜かれて頼りなげにリリアを見上げる姿は、もはや可愛い以外に表現のしようがない。
よく考えてみると、昔リリアが会ったエドアルドは十歳の頃だった。けれど今リリアの腕の中にいる彼は、それよりさらに若い五歳頃の姿。もはやとても可愛い以外に表現のしようがない。
すれ違う侍女や騎士がエドアルドの姿を見て『まぁ』『きゃあ』『おお』と声を発するたびに、エドアルドは頬を膨らませてそっぽを向く。その仕草が余計に子供っぽくて可愛いらしく、リリアはエドアルドを抱いたまま一人で勝手に萌え続けた。
ちょうど夕食の時間なので、晩餐の間へと足を運ぶ。ふと顔を上げると、入り口が開かれた晩餐の間から王妃が出てくるところだった。
「あら、リリアちゃん。今戻ったの? いつもメイのお手伝いありがとうね」
「はい、只今戻りました」
いつものように軽い挨拶を交わすと、王妃の視線がリリアの腕の中に留まった。そして予想外の存在に気が付くと、一瞬びっくりしたように空気が止まる。
「王妃さま。エドさま、小さくなってしまったんです」
「ま、まあぁ……!」
腕に抱いていたエドアルドと目が合うと、王妃の目が磨き上げた宝石のように煌めき出した。そしてリリアとほぼ同じ反応で、エドアルドの頬をぷにぷにと触り出す。
「か、可愛いわあぁ~! そう、そうよ……エドにもこういう時代があったのよ!」
「このお姿と昔のお姿は、似ていらっしゃいますか?」
「そうねぇ、昔の方が愛嬌があったかしら。ほらエド、笑うのよ。にこーって」
「エドさま、にこってして下さい」
「とうとうリリアと母上が手を組んでしまった……」
リリアの腕の中で女性二人のやり取りを聞いていたエドアルドが、うんざりと項垂れた。リリアに愛でられる分には構わないが、王妃に構われるのは出来れば遠慮したい、と顔に書いてある。
きゃあきゃあと騒ぐ王妃の後を追い、晩餐の間から国王が出て来た。王は王妃と、リリアと、リリアに抱かれたエドアルドの顔を順番に見つめ、一瞬だけ眉間に皺を寄せた。
「………エド?」
「父上」
「………ブフッ! っふ……ククク」
「最悪だ……父上まで加勢してきた」
説明などしなくても、王にはエドアルドの姿がメイナの悪戯によるものだとわかったらしい。顔を背けて肩を震わせる笑い方はエドアルドとそっくりで、それを隠そうとしない事も親子揃って同じだった。
笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を拭いながら、王はリリアとエドアルドの顔を交互に見比べてきた。最初こそ威厳のあるインディゴブルーの瞳を怖いとすら思っていたが、王は意外と気さくな男性だった。
「私たちはもう食事を終えた。リリア、エドの食事を手伝ってやってくれ。どうせその姿では満足に食えん」
「承知いたしました」
王はニヤリと微笑みを零すと、リリアにエドアルドの世話を命じてきた。そのやり取りに、腕の中のエドアルドがむっとした声を出す。
「いくらなんでも、食事ぐらいは自分で出来ます」
「どうかしら。エドは食べものをよく零す子だったわよ」
「いつの話をしてるんですか」
「その姿の時の話に決まってるじゃない」
「……う、ぐ」
王妃に注釈を入れられて声を詰まらせるエドアルドを余所に、ふたりは愉快そうに笑いながら自分たちの部屋へと戻っていった。
晩餐の間に足を踏み入れると、末席から四番目の椅子にエドアルドを座らせ、リリアはその隣の席に腰を下ろす。下の二席はメイナとその夫であるアンティルムが使う席だが、王族ではなくなったメイナとその夫は普段は王殿に足を踏み入れない。よって事実上リリアが最も末の席に腰を落ち着けることになっている。この場所は控えている使用人との距離が近く、頼みごとをしやすいのでありがたい位置だ。
すぐ傍にいた給仕係にお願いして、小さなスプーンを用意してもらう。
「はい、エドさま。スプーンは持てますか?」
「馬鹿にしてるだろう。スープぐらい飲める!」
それをエドアルドの手に握らせると、不満げな声を出された。そのまま器から中の液体をすくって口に運ぼうとしたが、案の定失敗してぼたぼたと零してしまう。
この失敗は、リリアも経験済みだった。
普通は五歳にもなれば、大抵の食事は自分で摂れるもの。だがつい先ほどまで大人だった身体が急に縮んでしまうと、その普通は普通じゃなくなってしまう。距離感を読み間違えて、当り前に出来ていた食事も満足に摂ることが出来なくなるのだ。
ただし順応という点においては、エドアルドはリリアよりも優秀だ。何故ならエドアルドは、最初から普通に会話が出来ていた。
呪いで身体が縮んだ当初、リリアは舌足らずでよく言葉を言い間違えたり噛んだりした。けれどメイナと話すエドアルドの言葉は、最初から驚くほど流暢だった。だからエドアルドは、慣れればすぐに自分で食事を摂れると思う。
けれどリリアはエドアルドに世話を焼きたかった。慣れない身体に困惑して、困った顔をするエドアルドを褒めてあげたかった。頭を撫でたかった。いや、もういっそ全て自分で食べさせてあげたいぐらいだった。
しかしどんなに身体が縮んでしまっても、中身はれっきとした大人なのだ。この点に関しても、リリアは痛いほどよくわかる。
下手に子ども扱いされるとどう反応していいのかわからないし、ましてエドアルドは男性だ。手取り足取り世話をされるのは屈辱的かもしれないと思い至る。
「エドさま、お口拭きましょうね」
「拭くぐらい自分で……んむ!?」
エドアルドを愛でたい欲望を一生懸命押さえ込んだリリアは、彼の口元をナフキンで拭うことのみで譲歩した。
それでもエドアルドは不服そうだったが、じっと見つめ合うと少し沈黙したあとで『ありがとう』と頬を染めてそっぽを向いた。その素直な仕草がまたやけに可愛くて、可愛さのあまり悶絶してしまいそうだった。
食事をおおよそ終えた頃、食後のお茶を待っているとパメラがおずおずと話しかけてきた。
「エドアルド殿下、お湯はどうなさいます? 本日は私どもがお手伝いしましょうか?」
「あ、今日は私と一緒に入ります」
「な、なっ……!?」
パメラの提案はとても有難かったが、リリアはその申し出を丁重に断った。代わりに自分が一緒に入ります、と応えると、隣でエドアルドが悲鳴をあげてわなないた。
「何故だ!? 普段あんなに嫌がって絶対一緒に入ろうとしないくせに、こういう時だけ!」
「暴れないで下さいね。デザートが落ちちゃいますよ」
ようやく扱いに慣れ始めた小さなスプーンの上で、プリンがぷるぷると揺れている。エドアルドは怒りで震えているようだったが、リリアはその感情を笑顔で受け流した。
「もちろん、エドさまを心配しているんです」
「……」
にこっと微笑んで告げると、エドアルドがぽかんと絶句する。もちろんリリアは心配なだけだった。浴場で転んで傷でも出来たら大変だ。
小さなエドアルドが髪や背中を洗えなくて困る姿も見てみたい、という気持ちは少ししかない。きっと泡まみれで格闘する姿も可愛いんだろうな、という気持ちもほんの少ししかない。
本気の心配の気持ちだ。七割ぐらいは。
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