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番外編

一途な恋 後編 (エドアルド視点)

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「え……、あの……?」

 動きを遮られて振り返ったリリアの困惑の声を聞く。咄嗟に掴まえてしまったが、今度は易々と離す気持ちになれなかった。至近距離でリリアの温度を感じ取り、エドアルドの体温もじわりと上昇する。

 視線が合うとペリドットのように澄んだ翠の眼が揺れ動いた。

 彼女を困らせているのは間違いなく自分だと気付いている。けれどその瞳に心を奪われて、視線が外せなくなってしまう。

(君は、こんなに可愛い……のか)

 上目遣いでじっとエドアルドを見つめる視線に、また心臓をぐらぐらと揺らされる。心臓ではなく、理性かもしれない。

 見つめ合って身体が密着すると、それだけで身体が反応してしまいそうになる。体温と匂いが傍にあると意識するだけで、目の前にいるリリアを抱きしめて唇を奪ってしまいたくなる。

 いくらなんでもそれは犯罪だろう。いつかはリリアが自分の花嫁になるとしても、今はまだなんの確約もない状態……間違いなく他人である。

 ふとリリアが首から耳まで真っ赤になっていることに気がついた。この状況に動揺しているらしい。

 共学である王立学院に身を置きながら、まるで男性慣れしていない様子に内心ほっと安堵する。その反面、明日にでもこの仕草を誰かに見つけられてしまうのでは、という焦りも生まれる。

「君は、気になる人はいるのか?」
「え……?」

 焦ったせいで、思ったことをそのまま口に出してしまう。

 初対面でそんなことを訊ねる男なんてあまりにも怪しすぎる。しかしリリアの本音が気になるのも事実なので、質問を訂正して言わなかったことにしようとは思わなかった。

「ええと…… 気にしてる人なら、おります」
「!!」

 首を傾げたリリアの回答に、心臓が止まりそうなほどの衝撃を受ける。そのせいで体温……血の気が引いていく気配を自覚する。

 リリアも年頃の女性だ。誰かに恋をしている可能性もゼロではない。その大前提を認識した上で聞けば良かったのに、不用意に訊ねてしまったせいで聞きたくなかった言葉が脳天に直撃した。

「彼女、いつも私の事を振り回すんです。この前も怖い話を聞いたせいで眠れないからって、夜中に部屋を訪ねて来て。結局朝まで一緒のベッドで眠ることになって」
「…………彼女?」
「はい、幼少期からのお友達で……。いつもそんな感じなので、つい気にしてしまうんですよね」

 ――いや。気になる人、というのはそういう意味ではない。リリアの説明が確かなら、それは気になってしまうだろうが、エドアルドが訊ねているのはそういう意味ではないのだ。

「……男性は?」
「え?」
「気になる男性はいるのか?」

 つい先ほど後悔したばかりのくせに、また深く掘り下げる。

 けれどこの際、はっきりさせておきたい。リリアに好いている異性がいるのかどうか。これで『いる』と言われた時の落胆を頭の片隅で感じつつ、ただ期待だけを込めて訊ねる。

 リリアはきっと、何故こんな尋問を受けているのかと思っているだろう。十二年前に会っているとは言え、彼女にとって今のエドアルドはただの卒業生で、初対面の他人だ。

「い、いないです」

 それでもしっかりとエドアルドの問いに答えてくれる。再び頬を赤く染めたリリアの姿を見れば、また思いきり抱きしめたい感情が沸き起こる。その衝動を必死に押さえ込み、何とか胸の中に押し込んで理性の鍵をかける。

 ようやくリリアの腕を離すと、再度瞳を覗き込む。あの日から変わっていない、大自然を思わせる美しい翠の瞳。いつか手に入れると誓った宝物のような色。

「ならば気になる男性など、今後も作らない方がいいな。いつか君のことを心から愛している男性が必ず君を迎えに来るから」

 エドアルドの言葉に、リリアがぽかんと口を開ける。

 一体何を言い出すのかと思われただろう。だが彼女は、エドアルドの必死な表情と語った言葉が全く一致していないことが面白かったらしい。柔らかそうな唇から小さな笑い声が零れ出す。

「ふふふっ……何かの予言みたいですね」

 そう言って笑うリリアの笑顔に、また見惚れてしまう。

 だが最初に予言をしたのはリリアの方だ。彼女はもう忘れているようだけれど。

 今はまだ難しくても、いつかこの笑顔をずっと眺められるようになりたい。リリアだけを傍に置いておきたい。だから。

(君を絶対に、俺のものにする)

 初恋の少女と見つめ合いながら。あの日に思いを馳せながら。エドアルドは十二年前の初恋を必ず結実させると、密かに誓いを立てた。






   *****





「正直、とても驚きました」
「……何の話だ?」

 第二王子の花嫁の親という理由から、レオンの登城の機会は以前より格段に増えていた。今日も婚姻の儀式の段取りを確認するために、レオンは王宮を訪れている。応接間の窓から外の王宮庭園を眺めたレオンが、苦笑と共に呟いた。

「エドアルド殿下が、会ってすぐリリアに気付いたことです。その……名前と身分を隠せば、十六年間全く会っていなかったリリアには気付かないと思っていたので」

 確かにリリアはあの日から十六年間、一度も王宮を訪れなかった。エドアルドがフォルダイン領に足を運んだこともなかった。だからリリアもレオンも、名前と身分を偽ればエドアルドに悟られない自信があったのだろう。

「レオン卿は十六年前の俺の言葉を、子供の戯れだと思っていたようだな?」
「ええと、その……申し訳ありません」
「まぁ……いま甥が未来の花嫁を選んだと言い出したら、俺も何かの冗談だと思うだろうからな。気持ちはわかる」

 兄の子である小さな王子たちの顔を思い出しながら呟く。

 だがレオンの認識は甘かった。あの日のエドアルドは、冗談でリリアを花嫁にしたいと言ったわけではない。子供なりに本気だったのだ。

 そのまま十六年間片想いを続けていたことなど知る由もないリリアとレオンは、ロナ親子の無謀な要求を断れりきれず無理な決断に踏み切った。

 結果を見ればその判断は正解だったと言える。リリアがカティエの侍女として王宮に来なければ、エドアルドは永久に実らない恋を求めて生き続けたかもしれない。

 ははっと一人笑いをすると、レオンが不思議そうな顔をした。リリアと同様、レオンも気付いていない。

 幼いリリアがエドアルドにもたらした影響も。エドアルドの長い片想いも。その想いを抑えきれなくて、実は成長したリリアに一度会いに行ったことも。おかげで侍女としてやってきたリリアの正体を、瞬時に見抜くことが出来たことも。

「エドさま、お父さま。遅くなって申し訳ありません。メイナさまが新しい魔法を見せて下さったので、つい夢中になってしまって」

 出来すぎた話をどう説明しようかと考えていると、メイナの手伝いを終えたリリアが応接間へ入室してきた。

 そしてたったいま見聞きしてきたことを、嬉しそうに話してくれる。幼い日にエドアルドにおとぎ話を語ったときと、同じ笑顔で。

「レオン卿と同じだな。俺も、この笑顔にはどうにも弱い」

 リリアの笑顔は、いつまでも見飽きない。想い人に対する感情と娘に対する感情は完全には一致しないと思うが、共通する感覚もあるだろう。笑いながらそう告げると、正面にいたレオンもだらしなく破顔した。

 一人だけ会話の流れを掴めていないリリアに『実は四年前に一度会っている』と話したら、今度はどんな顔をするだろう。驚くだろうか。照れるのだろうか。

 そんな想像をするだけで、初恋を実らせたエドアルドの日常は、今日も楽しい時間へと色付いていく。

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